やっとの決断
その日、私は、普通に職場に出勤し、普通にルーティン作業をこなし、単発的な仕事もこなし、一日を終えようとしていた。
今のところ、夫の暴力は影を潜めていたので、『元気はつらつ』とまでは行かなくても、なんとか普通に日常を過ごしていた。
上司は、その日海外出張していて、一人きりの部屋で作業をこなしていたが、仕事を終え帰る前にメールチェックしてみると、一通のメールが届いていた。
『田上さん、お疲れ様! きっと、田上さんのことだから、部屋に一人きりなのに、真面目に仕事をしたんだろうね。 明日、下記のことをしてもらいたいので、お願いします。・・・・』
と、明日の支持のメールだった。
忘れないように、プリントアウトし、バッグに押し込んで、今日は帰ることにした。
子供を迎えに行き、家に着くと、家事の始まりだ。
夕食の支度をして、子供をお風呂に入れて、子供を寝かしつける。
夫は、殆ど飲んで帰ってくるので、家で食事を採ることはないのだが、一応用意しておく。
でないと、用意していないことに腹を立てて、また暴力が始まってしまうからだ。 食べもしないのに。
翌日の私の食事になるだけだから、それほど無駄にはならないのだけど。
子供を風呂に入れている最中だった。
勢いよく、夫が風呂場の扉を開けた。
「てめーは!」
そう言うと、いきなりずぶぬれの私の髪を掴み、引きずりだした。
何が何やらわけがわからなかった。
ご飯も作っておいたし、他に何が原因なのか。
そして、いつものように暴力が始まった。 裸のままで。 その痛さは、それまで味わった以上のものだった。 何しろ、直接肌に触れるわけだから。
「意味が・・・意味がわからない。」
なんとか、口を開いた。
「わからねぇだと?! これを見てみろよ!」
差し出したのは、上司からの支持のメール・プリントだった。
ますます、意味がわからなかった。
「それの・・・何が・・・」
それ以上、口が動かなかった。 その後、大量に吐血した。
「男だろ?! 職場に男ができたんだろ?!」
そう凄んだ夫は、さすがに私の大量の吐血に驚き、おろおろし出した。
私は・・・
朦朧とした意識の中で、
『これで、やっと死ねるのかな』
と、ほっとしていた。
気がつくと、私は、普通に布団の上に寝ていた。
死ねなかったらしい。
それほど、人の命は簡単には無くならないようだ。
氷嚢を変えに来た夫が、おろおろしながら、
「気がついたか。 大丈夫か。 お前が・・・お前が男なんて作るから・・・」
涙ぐんでいる。
だから・・・男なんていないってば。
そう、心の中では笑いながら言ってるけど、口が開かないこともあったけど、もう、この人に何を言っても無駄なんだと、やっと諦めがついていた。
なんて、私ってば、気が長い人間なんだろう、と、客観視すらしていた。
こんなに血を吐くまで、決断できなかったなんて。
夫は、きっと、私とは別れたほうがいい。
それは、勿論私にとっても、そして、夫本人のためにも。
そして、病院にかかったほうがいい。 カウンセリングを受けたほうがいい。
それが、壊れたこの3人家族の取るべき選択のような気がした。
だから・・・
弁護士さんに相談することに決めた。