虎太郎
◇
どんよりとした鉛色の雲が空を覆い、ちらちらと雪が落ちる寒い日の事だった。
何だか同じような服を着た人間が大勢やって来て、家から家具を運び出していた。
特等席のソファも、毎晩お母さんと寝ていたベッドも、機嫌が悪い時に良い隠れ場所になったタンスも、全部。
「ごめんね虎太郎、新しい家は猫を飼っちゃいけないんだって、お前の事はご近所の方達に頼んだから元気にしているのよ」
お母さんは白い息を吐きながら悲しそうな顔で言う。
どうしてこうなったんだろう?
でも俺は長年人間と暮らしていたカンで、もう、お母さんも、お父さんも、子供達も、ここには帰って来ない事が分った。
どんどん空っぽになってゆく家。
子供達が泣いている。
生まれてからずっと暮らしていた家から離れなきゃならない寂しさと、俺と別れなきゃならない寂しさで。
「いやだよう、コタも連れてくんだ。コタも一緒じゃなきゃいやだよう」
マサル、男の子が泣くんじゃない。
「コタちゃん……コタちゃん……えーんえーんてしてる」
何を言ってるんだエリ、俺は泣いてなんかいないぞ。泣いているのはお前の方じゃないか。
……みんな、元気でな。
いつかお前らのどちらかが大人になって、この家を買い戻すのを待ってるよ。
お前らが無理なら、お前らの子供が。
ずーっと、ずーっと、待ってるよ。
それからどのくらい経ったのだろう?
暑い暑い夏と寒い寒い冬が何度も何度もやって来た。
そんなある日
家に人間が入って来て、壁紙を剥がして新しいのに取り替えたり、台所や風呂場をいじっていた。
「やめろ!ここは俺んちだ!勝手に触るな!」
僕は威嚇したけど、奴等は全然無視だ。
全く、何だと云うんだ?
……はっ、もしかしてみんなが帰って来るのか?
だから、家を綺麗にしてくれてるのか?だったら、威嚇なんかして悪かったかな?
お母さん、お父さん、マサル、エリ。
早く帰って来い。