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朝食というからには毎朝のことだ。

たぶんね、ご主人様もこちらの味付けの濃い料理を朝からはちょっと、て思ってたんだと思うのよ。そこに珍しい料理を作る人物が現れたわけで、しかもちょっと薄味であっさりしているものだから飛びついちゃったのね。まあ、甘すぎないケーキを持って行っただけでそう判断されちゃったんだろうし、もしとても濃い料理を私が出した場合はまた元に戻せばいいわけだし。

でも幸いと言おうかなんと言おうか、お気に召したみたいだった。

だから朝ごはんは今のところ継続中。

あとは夜ね。

晩酌はご主人様の気が向いた時だけど結構回数が多い。

呼び出されて、私もお酒好きだからほいほいついて行っちゃってね。まったりしてる感じは苦痛じゃなくて、主従だから良くないことではあるんだろうけれどご主人様が良いなら良いか、という結論。珍しいお酒を出してくれることが多いし。

そして一番重要なのがこれ。『朝のお目覚め係』。他のメイドが起こしに行ってもなかなか起きてくださらないんだそうだ、ご主人様。寝汚いのね。私が物騒なことぶつぶつ言って起こしてしまったから、あれが私の実績とみなされたわけだ。

独身男性の寝室に踏み込んで、不穏なことを呟きつつ時間の経過によっては実力行使によって叩き起こす。重要な任務。

で、おかげさまで早朝と深夜に予定があるから私の睡眠時間は最近全然足りてません。

「だから早く起きてください閣下。トマトスープにタバスコ投入しますよ」

靴を脱いでベッドに上がり、ご主人様の枕元に正座して脅し文句を口にする。

こうして無防備に寝てるところに近寄らせてもらえるのは信頼されている証なんだろう、よくやった私。

ある程度無礼なことをしても怒られないのはやっぱりどこかで私のことを子ども扱いしている部分があるのかもしれないけど、晩酌もして大人だっていう認識はあるはずなんだからここは甘えておこう。

手を伸ばし、肩に触れ、そっと揺する。

「閣下、おはようございます」

おなか減ってるんだから早く起きてください。

揺さぶりながら窓の外に目を遣る。相変わらず今日も晴天だ。

「朝ごはん冷めちゃいますよ、温め直したりしませんよ」

剣とか持ってるんだから訓練してるんだろうに、ていうか、こんだけ筋肉ついてるんだし鍛えてないわけないじゃない。馴染んでない気配が傍に来たらすぐに目が覚める特殊能力とか、漫画みたいな設定はないのかな。それとも自宅にいるから安心しちゃってる?もしそうなら、ゆっくり休んでいただきたいものだけど……は、いやいや、そもそも遅くまで酒飲んでるのが悪いでしょそうでしょ。早い時間に切り上げて睡眠時間を確保すれば良いだけなんだから。

「閣下、朝です!」

「……」

「わぁ!」

パッチリ目が開いてた。

「よく表情が変わるな」

「見られてるって思ってなかったからです。おはようございます、閣下」

ベッドから降りて一礼。

「朝食の準備はできております、閣下もご準備をお願いします」

よし。私の仕事はここまで。速やかに退出して速やかに朝ごはんだ!

「待て」

「え?」

さっさとドアのノブに手をかけていたが呼び止められて振り返る。

「今からの業務は」

「朝ご飯食べて、洗濯をして掃除です。閣下のシーツも洗いますから早く身支度整えてくださいね」

「次の休みは」

「えーと……明後日です」

「休みはきちんと取れているか」

「ええ。最初のお休み以来、定期的にいただいています」

「そうか。わかった。欲しいものはないか」

「支給品だけで十分です」

こういう会話は結構多い。心配してくれているのだろう。

「何度も申し上げますが閣下、朝食が冷めてしまいますのでお早めにお願いしますね」




ここに来て三ヶ月も経つとご主人様にもこの屋敷にも余裕を持って接することができるようになっていた。

早朝、主の寝室にて。

「朝食のメニューはフレンチトーストとコーンサラダ、チキンのトマト煮、あとはアップルジュースです」

淡々と告げて、手に少し力を込める。

「起きてください」

ああ、朝陽が眩しいなあ。寝不足の目には少々辛いものがある。

「朝ご飯食べてからお仕事に行ってくれないと、……どうしようかな」

せっかく料理人と同じ時間に起きて朝食を作っているのだ、無駄にされてはかなわない。

「そうね、塩を効かせた卵焼き、こってりソースたっぷりのステーキ、油を大量に使ってから揚げ、最後にブラックコーヒーうんと濃い目。そういうのを毎日続けてやろうかしら」

「聞いているだけで胸焼けする」

「でしょう。起きているなら素直に起き上ってくださいな」

手首を掴まれて視線を落とせば空の色を映したような青い瞳に睨まれていた。

掴まれている手を振り払い、ベッドから降りて靴を履く。

「おはようございます、閣下。朝食の準備ができております」

恭しく一礼してみせるとご主人様は半身起こして嫌そうな顔をした、何が不満なんだ礼儀に適った対応のはずなのに。

「早く召し上がらないと冷めますよ、美味しいうちに召し上がっていただけないなら、私にも考えがございます」

「聞こうか、その考えとやら」

「確実に冷めてしまいますが、それでも?」

「……」

ご主人様は諦めて肩を竦め、ベッドから降りてきた。

そう、毎日素直に起きてくださると嬉しい。最近は妙に寝起きにダダを捏ねるようになってしまったから。

じゃれあってる暇はないんですよ。

ご主人様が着替えている間に隣の部屋で朝食の準備をする。最近では食堂ではなくこちらで朝食を摂ることが多い。まあ、食堂は広すぎると私も思う。

冷める冷めると言っていたが、実際は保温の魔法があるから料理が冷めることはない。時間が経てば味も食感も変わってしまうだろうが。そこを工夫できるのがプロなのだろうけれど私にそれを求めないでほしい。あくまで侍女だ、できるといっても極められるわけではない。

セッティングしてしまえばあとは冷めるだけ。美味しくなくなるだけ。むむ、と料理を睨んでいると扉が開いた。

「何を睨みつけているんだ」

「閣下が早く召し上がってくださらないかと考えていました」

「……遅かったか?」

「いえ、それほどでもありませんでした。失礼します」

ご主人様の横をすり抜けて寝室に向かう。

扉をきちんと閉めて、まず窓を開け放つ。そしてベッドに戻って毛布をはがし、シーツをはがし、新しいシーツをぴんと張り巡らして、ふうと一息。ベッドが大きいから一苦労だ。これだけでかなり時間がかかるし、それに疲れる。何だってこんなに大きいのさ。

「夜中にごろごろ転がるわけじゃあるまいし」

確かにご主人様は一般人よりは体格が良いから大きめのベッドが必要なのかもしれないが。ああ、結婚すれば相手がここで一緒に眠るから、か。

「……」

一瞬、新婚夫婦の寝室に毎朝踏み込まなければいけないことになるのかと戦慄したがすぐに考え直した。

新婚の夫を起こすのは妻の務めだろう。

「早く結婚なさればいいのに」

「誰がだ?」

早くない、食べるの!?

くるりと振り返り、手にしていたシーツを放り投げる。

「閣下が早く第三夫人くらいまで一気に娶ってくだされば私の勤務時間が減るだろうと考えておりました」

結婚すれば多少は朝も遅くなるだろうし、夜遅くまで晩酌に付き合わされることもない。

無論晩酌自体は嫌ではない、料理も好きだし美味しいと言って食べてくれる人がいるのはありがたいことだ。

だが、こんな毎日では睡眠時間が足りない。

「娶る、だと?」

「ええ、そうすれば私――っ」

ぐい、と、腰に負荷がかかった。

「三人か」

「三人いれば十分でしょう」

五人も六人も必要なのか。いくら一夫多妻が認められているとはいえ、それはちょっと欲張り過ぎだ、少しずつ増やしていく方が良い。

そもそも引き寄せられたこの体勢は何なんですかご主人様。

「閣下、朝食に」

「話が済んでいないが」

「始めた覚えもありません」

至近距離で睨み合う。

「雇用主と見つめ合っていたら、私が侍女長に叱られます。重なれば解雇されます」

「おまえを保護しているのは俺だ」

「ええ、閣下です、感謝しています」

感謝してもしきれないくらいです。

睨み合いから解放されてすぐにご主人様は颯爽と出勤あそばされましたが、何故かその夜からほとんど毎日晩酌に付き合わされるようになりました。

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