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朝一番でアニエスさんによって侍女服を着るよう命じられ、厨房に連れて行かれました。
なんで?
「聞きました、厨房で何か作って差し上げるのでしょう?」
おや。
お世話になっているご主人様の為に健気に手料理で恩返し、みたいに話が伝わってませんか。アニエスさんが妙に慈悲深い表情をしておいでですが。
料理人も妙に生温い笑顔で迎えてくれた。
業務の一端に厨房を加えてくれたら良いなと思ってたのになんだか今日一日ここに籠ることになってるような気配を感じる。なんでだ。
まあいいか、使わせてくれるなら。とりあえず愛想笑いをして自由に使って良い材料を聞いてみる。
「そうだな、何を作る、菓子か?一通り材料はあるからどれでも使って良いぞ」
お菓子で決定ですか。なんだか妙な威圧感がある。
ご主人様にお菓子を作らせていただきます。
「……」
決めたはいいが、この邸は料理人にまで体格を求めているのか全てが大きい。作業台も踏み台を使わないと丁度良い高さにならない。道具も心なしか大きい気がする。
なんだろう、雇う人間にはそれ相応の身体能力を要求している、とか?同僚たちは皆背が高く、女性であってもしっかり筋肉質だった。全員戦闘要員、とか。一番若い侍女でも十代の少女であるのに逞しかった。そんなに物騒なのここ?
「何を作ろうかな」
お菓子のレシピを思い浮かべると、こちらの食材での代替案もでてくるからなんて便利なんだろう。失敗しようがない。
ご主人様が甘いものがお好きかどうかわからないから紅茶のシフォンにしようかな。甘いクリームを添えれば、どちらでも対応できるし。
2ホール焼いて、片方をカットし味見として差し出すとアニエスさんが言った。
「あなたがここに来てから、ずっと気にかけておいででした」
ご主人様が?
「こちらに戻れぬのを気に病まれておいでで」
「……そう、ですか」
お仕事が忙しかったのか。
家に戻れないほどなんて、身分の高い人は大変だ。
「お疲れを癒して差し上げてくださいね」
「はい」
ん、私が?
勢いで頷いてしまったが何か侍女の領分を超えそうな話だな。
「美味いなこれは」
アニエスさんと話しているうちに料理長が1カット既に食べ終えていた。
「ふわふわしていて食感がよく、甘すぎず、物足りなければクリームをつければ良い。今回は紅茶だったが他のものを混ぜても美味そうだ」
「そうですね、果物や野菜でも美味しいです」
「そうか。気に入ってくださるだろうな」
豪快に笑う料理長。料理長にそう言ってもらえると自信がわいてくる!
よし、カットして同僚に分けて、ご主人様に一切れ持って行ってから書庫に行こう。本を読もう。レシピを調べよう。ちょこちょこ厨房に寄らせてもらって馴染み深い料理を作って食べて元気を補充しようそうしよう。
エプロンを外して小さな銀のトレイを用意しようとしているとアニエスさんが柔らかな口調で遮ってきた。
「あなたが持って行くのはこちらよ」
「カート、ですか」
なんだかシフォンケーキがホールのまま乗ってますけど。
ナイフがあるのは良いでしょう、でも取り皿も茶器も二人分あります。
「お客様が、お見えです?」
「あなたがお茶のお相手を」
いきなりハードル高くないですか侍女長。
「二ヵ月間の報告をしていらっしゃい」
有無を言わせぬ迫力で厨房を追い出されてしまった。
そもそも侍女がご主人様のお茶の時間に同席とか、良いんですかそういうの。
でも上司の命令には逆らえないし、そのまた上の上司にいやな顔をされたらすぐに退散すればいいか。
カートを押してご主人様の執務室へ向かう。厨房からは少し距離がある。
無心に歩いてようやくたどり着き、扉を叩いて声をかけると許可されたので中に踏み込む。
執務机に向かっていたご主人様が顔を上げる。
「どうした」
「お茶の時間です。シフォンケーキをお持ちしました」
「作ったのか」
「厨房をお借りしました」
ご主人様が頷いて立ち上がり、隅のソファセットへ移動した。
ケーキをカットして取り皿に乗せ、クリームを添える。蒸らしてあった紅茶をカップに注ぎ、そっとテーブルに乗せた。
「おまえの分も用意してそこへ」
「……ありがとうございます」
アニエスさんと話がついてるっぽいなご主人様。
ソファに腰を下ろしたらあまりに柔らかく沈み込むものだから危うく溺れるところだった。無様に転がってご主人様に助けられてしまった、大失態だ。
だがおかげでご主人様が少し笑顔を見せてくれているのでよしとしよう。
結果オーライというやつだ。
まずはシフォンケーキの味を見ていただいて、それから本題に入ろう。
「……美味い」
じっと見つめていたからだろうか、嚥下したご主人様が居心地悪そうにそう呟いた。
「甘いものが苦手な男性も多いのですが、ご、閣下は大丈夫ですか?疲れた時には甘いものを摂取すると良いんですよ」
「そうか」
見守っているとあっという間に皿の上のケーキがなくなった、クリームも綺麗に拭われている。
「まだたくさんありますよ」
「もらおう」
ご主人様は甘党か。
クリームをたっぷりと皿に盛りつけて差し出すと心なしかご主人様の目がキラキラしているように見えた。気のせいだよね、うん。
大皿ごとテーブルに移動させ、もうなんなら大人食いすれば良いのにと思いつつも甲斐甲斐しく切り分けてクリームを盛って、しばらくはそれの繰り返しだった。ご主人様が食べつくすまで。
「今度はフルーツも入れてもう少し甘いケーキも作ってみましょうか」
「頼む」
わあ。
ギャップ萌えってこういうことか!
え、なに、厳つい顔して可愛いじゃないの。
嬉しそうな顔してご主人様が微笑むものだから、そんな顔してたら私ついつい意地悪したくなっちゃう。って、ご主人様相手にできるわけないし。
冷静さを取り戻し、紅茶を淹れ直す。
「私のいた世界には魔法というものがありませんでした。ポットを保温するのも、夜に明かりを灯すのも、魔法なんでしょう?」
オーブンに火を入れるのも、桶に水を汲むのですら。
電気より便利かもしれない。
魔石という、魔力を込めた石をセットすれば良いだけで、魔力のない私にだって使えちゃうんだもの。
素敵すぎる。
「慣れないか、魔力に」
「よく、わかりません。まだ理解してはいないと思います。でも、使い方はわかったので業務に支障はありません」
「そうか」
「ここでの生活にも慣れました。みなさんよくしてくれています」
「辛いことはないか」
「……ありません。大丈夫です」
強いて言うなら、帰れないことが辛い。
「俺はここから王宮に通う」
「あ、はい」
それはそうだろう、家はここなのだから。
「できるだけ傍にいる」
「え?」
耳を疑った。
別にここで平和にやっていけているし心細いわけでもないから傍にいる必要ないし主人が使用人の傍にいるって何かおかしくないか。
「俺が保護したのだから、最後まで責任は持つ」
「あの、雇ってくださっただけで、私は」
「そのように幼い身で一人異世界に放り出され、心細いだろう」
「いえ、別に……いやいや、ちょっと待ってください、幼い?」
聞き捨てならない言葉を聞いた気がする!
「小さくて細くて、すぐにでも壊れてしまいそうだ」
ご主人様は眉間に皺を寄せてそう言い切った。
「あの、あの、私、とっくに成人してますから!こどもじゃないです、大丈夫です」
「そのような嘘をつかなくてもいい」
「嘘じゃないです、成長しきってます、これ以上どこも成長しません!」
「……」
なんだよその盛大な勘違いは!
「閣下には私が女に見えないんですか」
立ち上がって胸を張ってやった。何もかも平均サイズだと思うのよ。平均なんて知らないけど。