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夜中に目が覚めても、今までだったらそのまま起き上がったりしなかった。起き上がってしまったのは明かりがついていたからだろうし、毎日あまり眠れないことの一因でもあるのだろう。

喉が渇いた、と手燭を持って廊下に出る。夜中でもお邸の周りは警備されているらしくて頭の下がる思いだがきちんと覚醒していないので深くは考えられない。

この、夜着がネグリジェっていうのはこっちの定番なんだろうか。ひらひらして最初は可愛いと思ってたけど、パジャマの方が動きやすいよね。

真っ暗な廊下をぼんやりと明かりで照らしながら歩いて、キッチンに辿り着く。

テーブルに手燭を置こうとして、不意に気付いた。

誰かいる。

「……っ!?」

驚くと声が出なくなる。

息を詰め、手元が狂って手燭を取り落としてしまった。まあ、炎じゃないから平気だけど。

「リナ……?」

「……は、ぁ、閣下?」

詰めていた息を吐いて、ドキドキする胸を押さえて声を絞り出す。

なんでこんな時間にこんなところにいるの怖すぎるんだけど!てか、なんで帰ってきてるの。

「あの、お戻りとは、存じませんで……お帰りなさいませ。え、っと、何か、お作りしましょうか」

手燭を拾い、動揺を殺しながらテーブルに置く。

「起こしてしまったか」

ご主人様がぽつりと言った。

いやいや、キッチンは部屋から結構距離があるんだからここの物音で目が覚めるわけがない。

「いえ。お茶にしますか、お酒にしますか」

「……何でも良い」

じゃあ、お茶ですね。

湯を沸かし、お茶の準備をしている間に軽く摘まめるサンドウィッチを作る。パンに野菜とハムを挟んだものだ。夕飯時に残っていたスープも温める。主人に対して残り物はどうかと思うけど、今から作り直す気力はないし、ご主人様も気に入ってくれているパンプキンスープだから妥協してほしい。

ご主人様の前に軽食を並べてから、水を飲んで喉を潤す。

「食器は朝片付けるので、そのままにしておいてください。朝食はいつもの時間でよろしいですか?」

「……ああ」

「では、失礼します」

「待て」

いつまでも寝起きの姿を晒しておくのは不作法すぎると、裾を引いて礼をしたのだけれど呼び止められた。

「他にも何か?」

「座れ」

「……はい」

えーなんで引き止めるのー眠いー。

「倒れたと聞いた」

「……自己管理ができておりませんでした」

アランがしゃべったな。もう。

「自己管理の問題ではないだろう」

ご主人様の言葉は重々しい。

自己管理の問題ではない、え、どういうこと。

責任感の欠如とか、侍女として不適格とか。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。今後はこのようなことがないように」

「違う」

「え?」

謝罪を全否定された。なんなの。

「そうではない。そうではなく……」

苛々した様子でご主人様が髪をかき混ぜ、テーブルの上の拳を強く握る。

「え、あの、ご不快にさせて」

「そうではない!」

強い口調に、口を閉じた。

なんでこのひとこんなに怒ってるの。私が怒らせた?

謝った方が良いのかな。

「……怒鳴って悪かった」

まさかのご主人様が謝罪。

「いえ」

「最近なかなか戻れず、おまえを一人にしてしまってすまなかった。心細い思いをさせたな」

「え?」

「どうしても職務上帰宅できないことが多い」

「はい、承知しております」

「ここにおまえを一人にしておくのは心配だ。あんなことがあった後でもある、警備は増やしたが傍にいられぬのでは守ることもできない。おまえが一人体調を崩し倒れたとしても、駆けつけることすらできぬ」

「閣下」

珍しく饒舌なご主人様の手の甲に自分の掌を重ねるとぴたりと話が止まった。

効果あるんだ、これ。

「閣下が責任を感じていらっしゃること、承知しています。使用人の身には余る配慮を頂き、感謝しております。でも……」

ご主人様がすっと私の手の下から拳を引き抜き、がたりと音を立てて立ち上がった。そしてそのまま回り込んで来たご主人様が大きな体を折り曲げて私の体を抱き込む。

同情なら、要らないんです。

なんて、そんなこと言い出せる空気じゃなかった。

体温に安心して強張った体から力が抜けてしまったから。




しばらく言葉もなく抱き締めて、そしてまた無許可でキスをした。

普通に考えれば、拒絶しなかった時点で答は知れるんだろう。

もうなし崩しでも良いんじゃないか、そう考えなかったわけじゃない。だけど、私は良くてもご主人様は良くないはずだ。

先には進めない、このままでもいけない。

静寂が続いた後ようやく口を開いたご主人様が、心配なんだと呟いた。

抱き締められたまま、絶対ご主人様はこの体勢辛いだろうなあと考えながら静かに話を聞く。

「言ってほしい。俺は察することが苦手なようだ。辛い目に遭ったおまえを、あんな言葉をかけておきながら放置してしまった」

あんな言葉っていうのは、プロポーズみたいなあれのことか。

確かにプロポーズの後放置で私が倒れちゃったりしたら罪悪感あるだろうなあ。

「閣下」

「……なんだ」

「閣下は、どうしてそういう形で責任を取ろうとなさるんですか?一生私を庇護するつもりなんですか?」

「責任、だと?」

「確かに私は被害者だと思います。だけど別に閣下が私を呼び出したわけでも、呼び出す決定をしたわけでもないでしょう。閣下が一人で責任を負う必要はないと思います」

抱き締める腕に力を込められた。

「おまえは、俺がただ責任感だけであんなことを言ったと思っているのか」

違うとでも言いたげですね。

「もし帰れないとしたら私は、きちんと一般常識を身に着けてからここを出て、どこか外で働いて、出会った誰かと家庭を持って平凡に一生を終えるんです」

「……」

「非凡な経験はここに来ちゃったことだけで十分。――死ぬかもしれない心配なんて、したくないんです」

ご主人様がぎゅうぎゅうと締め上げてくる、苦しいけど言える雰囲気じゃない。

伝わったんだろう、この間みたいな誘拐劇に巻き込まれたくないしあなたの傍にいればずっと心配しなくちゃいけないんでしょ、って。

「閣下は主で、私は使用人で、きっとそれが一番丁度良いんです」

「リナ」

「そうじゃなくちゃいけないと思います。閣下だって使用人に対してそんな感情持たないでしょう」

言った瞬間に、ぐいと椅子から抱え上げられた。

え、まずい、怒らせた?

言い過ぎたか、でも今言っておかないといけないことだったし。

うんまあ、私もそんなふうに言われたらイラっとするよ、わかるけど。

ご主人様は無言のままどんどん歩いていく。玄関の重い扉をいとも軽く押し開けて外に出たところで、あれ私このまま外に放り出されちゃうのかなとぼんやり考えた。せめて今までもらったお給金は持ち出したいんだけど。

無言、怖いんだけどそれでもご主人様の腕は安心できるなんておかしな話だ。

ご主人様は馬を繋いでいる場所まで歩き、立派な黒い馬の上に私を放り投げた。

「え、え」

「じっとしていろ」

馬の上ってすっごく高いんだ知らなかった。

後ろに乗って来たご主人様にしっかり抱き抱えられるようにして、馬が走りだした。

パジャマですけど私ー!

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