12
『最近あったこと』なんてない。
と言ってしまってから、アランが気を遣って外に連れ出してくれるようになった。
主に商店街、そしてあの研究室だ。
魔法使いのおじいさんがいる、あの場所。
行けば歓迎してくれる。珍しいものもたくさんあるし、しかも魔法使いのおじいさんは一人ではなかった。全員揃ったところを見たことはないけれど十人くらい在籍しているらしく、常駐しているのは五人ほどだ。
こちらに呼び出された時最初に魔法陣の部屋で会ったおじいさんはジェルマンさん。彼は大体奥の部屋で研究に勤しんでいる。
そしてここでほぼ毎回出迎えてくれるのはクレールさん。こちらもおじいさんだ。見事な銀髪と口髭の好々爺。
「お邪魔します」
何日か通って、ここだけは一人で来ても良いことになっていた。なんだかよくわからないけれど、『わかる』んだそうだ。私の現在地が。だから、行くと伝えていればおじいさんたちが気を付けてくれるらしい。行きも、帰りも、見守られているということだ。わー安心。
まあ別に今更、見張られることにどうこう言いませんけどね。
一人で行動させてくれるなら良いわ。
それに、彼らは私が帰る方法を手に入れることができる人たちだ。懐いておくに越したことはない。
うん、また打算。
一頻り世間話をして、魔法の基本について話を聞かせてもらうというのが毎回の流れだ。誰もが知っている常識的なことまで聞いてしまうのだが、嫌な顔一つせずに答えてくれるからありがたい。
研究所から出るとアランが待っていた。
どうやら行動は筒抜けらしいと、諦めの溜息。
「一緒に帰ろう」
「はい」
『一緒に』と『帰る』は、アランと共有するものではないはずなのに。
「何か買い物でもして行く?」
「必要な物は家に揃っています」
「そうか」
並んで歩いていると改めて体格の差を認識する。
「ん、なに?」
見上げていると気付かれた。
「いえ。やっぱり私、小さいんだなと思って」
「……そうだね。まあ、いろいろ規格外になっちゃうから不便なことはあるだろうけど、閣下もきちんと考えてくださっているよ」
「え?ええ、ああ、別に不満があるわけじゃないですよ。不安ももう、家の中にいる分にはありません。ただ単純に再認識しただけです。それに全員が同じサイズなわけもないでしょうし、世界中探せば私くらいの人もいるでしょう」
ギネスに載るような、世界一背が高い人とか世界一背が低い人とか、そのくらい差があるものだ、極端に言えば。
この世界の人々が平均的に体格が良いとしても、あくまでも平均なのだ。平均以上の人もいれば以下の人もいる。当然のことだ。だって最初にいた三人のうちの閣下とおじいさん以外の中年のおじさんは普通だって思ったくらいだから彼は小さい部類に入るんだろうし。
「前向きだね」
「周りがみんな大きいんだからそう思ってないとやってられませんよ」
今まで生きてきてちびっこ扱いされたことが一度もないから最初はすごく戸惑ったけどもう慣れました。慣れないと上手いこと生きていけないもんね。
「うん、よしよし」
ぽんぽんと、アランが頭を撫でてくる。
「それは子ども扱いじゃないんですか」
「可愛い女の子にはしたくなるものだよ男はね」
「子ども扱いじゃないなら良いです」
ご主人様にもよくされるし。
「今日の夕飯は何かな」
「グラタンです」
「グラタン?」
「茄子を使おうと思ってます」
「茄子!」
アランが首を振った。
「茄子苦手なんだよなあ」
「大丈夫ですよ、苦手は克服できるものです。ゲテモノ出すって言ってるわけじゃないんですから」
「……厳しいな」
苦笑するアランだが譲歩するつもりはない。
「茄子が克服できたら、次回はポテトグラタンにしましょうね」
「ポテトは好きだ!」
うん、知ってる。
男の人は割とポテト好きの人が多いよね。こっちでもそうみたい。
ポテトは次回だって言ったし、そもそもグラタンが何かも知らないはずなのにアランの機嫌は良くなってしまった。なんなんだそれ。
「早く帰ろうよ」
「帰っても待っているのは茄子ですよ」
「……そうだった」
しょんぼりしてる。
「デザートはプリンです」
「ほんと!?」
プリンは何度出しても飽きないらしい。考える手間が省ける。
「早く帰ろう」
手首を掴まれた。いやでもあなたの歩幅に合わせたら走るしかないんですが。
「アランさん」
「え?」
「無理、無理、走れない」
そもそも走りにくい服装なんですってば!
「あ、ごめん」
「もう……手加減してください」
「うん、ごめん」
早足で帰って、客間にアランを通し、食事の準備をする。
ご主人様の家の人でもなければ使用人仲間でもない、私から見ればただの知人のアランに、何故毎日毎日食事を用意しなければならないのだろうと、考えないでもない。
命じられたわけでもなく、進んでしていることでもなく。
「まあ、いいか」
考えたって仕方がない、拒否する権利もないし、拒否するつもりもないし。
今日は大人しく客間で待っているアランに焼き上がったグラタンを持って行く。
グラタンと、サラダと、スープ。
カートに乗せて運んで、部屋の前で立ち止まると勝手に扉が開いた。
「どうぞ」
なんだよ紳士だな。
ていうか、お客様に出迎えられる侍女って。
「ありがとうございます」
素直に受けて、配膳をし席に着く。相変わらず端と端だ。
「いつも思うんだけどどうしてそんなに離れて座るの」
「本来であれば同席するわけには」
「良いって言ってるんだから、良いんだよ。閣下も、近い方が喜ぶ。一人で食事しているみたいで味気ないだろう?ここでは立場なんて気にしなくていい、って閣下も言ってたよ」
おいで、と、アランが微笑む。
「……かしこまりました」
アランの正面の席へ移動し、料理とカートも引き寄せる。
改めて椅子に腰を下ろし、手を合わせた。
「いただきます」
アランも何かお祈りをして、ようやく食事がスタートした。
予定の二十日を過ぎてもご主人様は帰宅しない。
毎日の業務に加えて、『暇な時にやっておこう』と後回しにしていた仕事まできれいに片付いて、なんだかすることがない。
暇になるのは、すごく嫌だ。
余計なことを考えてしまうから。
いつになったら帰れるのか、とか。
ここに私は一人きりだ、とか。
昨日は執事長と侍女長が様子を見に来てくれる日だったから賑やかだったのだけれど、その反動で今日は静寂が余計に焦燥感を生んでいる。
お昼に顔を出したアランはご飯だけ食べてすぐに帰ってしまったし。
「おでかけしようかな」
行先はあの研究所しかないけれど。あそこのおじいさんたちはいつ行っても歓迎してくれるから大丈夫だろう。
手土産に、朝焼いたパン。白くて丸いミルクパンと、芋を練り込んだクロワッサン。クロワッサンは本当はアランに渡そうと思っていたのだけれど彼は慌ただしく出て行ってしまったから渡せなかった。
バスケットに詰め込んで、警備のオジサマに声をかけて、すぐそこだからと同行を断って屋敷を出た。
研究所は本当に近い。
青い空を見上げて街並みを眺めて、そしたらあっという間に到着だ。
「こんにちは」
ぎしりと軋む扉を開けて中に入る。
「おお、よう来たの嬢ちゃん」
出迎えてくれたのは魔法使いのおじいさんその2、クレールさん。いつも通りだ。ジェルマンさんは相変わらず奥の部屋に閉じこもってるのかな。
「お邪魔して大丈夫ですか?」
「もちろんじゃよ、嬢ちゃんが来るのを皆心待ちにしているんじゃからな」
「まあ、うれしい」
応接室に通された、この部屋はさすがに他の部屋と違って小奇麗にしてある。
「これ、よろしければ召し上がってください」
バスケットを差し出す。
ほのかにミルクの優しい甘さの香るパンは、こちらでは珍しいようだから毎回喜んで受け取ってもらえる。まあ、材料はご主人様の懐から出たお金で買ってるんですけど。
クロワッサンは今回初めて。喜んでもらえると良い。
パンは後でジェルマンさんが一段落してからにしようということで、しばらく談笑していると来客があった。
クレールさんが部屋から出て応対して、そして戻ってくるとお客さんを連れていた。
「アランさん?」
「やあ、リナ」
相変わらずの爽やか好青年だ。どこにいたって愛想が良い。
「さっき家で会ったのにまたここで会うなんてね」
「ええ。暇を持て余していたので」
「そうか。……クレール殿、客人を少しお借りしても?」
「構わんよ。ああ、差し入れも持って行くと良い、老いぼれはあまり沢山は食べれんのでな」
バスケットを指されて、しまったと思った。
そうか、ご老人には大量のパンはダメなのか。
今度からもっと食べやすく小さいものにしよう。
そうよね、和菓子的なものが良いよね。見て楽しめて、食べて楽しめて。
「私、もっと技術を磨いて、皆様に喜んでいただける差し入れを作れるようになります」
拳を握るとクレールさんが慌てたように言った。
「い、いやいや、パンがどうのというわけではなくてだな、嬢ちゃんが作ってくれるものは何でも美味しくいただいとるよ」
「ありがとうございます。もっと研究します」
バスケットを手にして頭を下げるとアランが笑っていた。いやこれは呆れている顔だ。
研究所を出てアランについて行きながら、尋ねてみる。
「年配の方に喜ばれるお土産はどういうものですか」
「年配の方はね、リナが笑顔で話を聞いてくれることが嬉しいんだよ」
とってもイイ笑顔で答えてくれた。
「そのパンだってクレール殿は気に入ってるはずだよ。以前、自慢されたことがあるから。ただね、今回はきっとそのパンを手土産にしたら良いっていう配慮だと思う」
「手土産。私、どこへ向かっているのでしょうか」
「ん?内緒」
わー爽やかじゃない笑顔もするんだこの人。




