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その日の私は浮かれていた。
久しぶりにショッピングに出かけて、可愛い春色ワンピースを2着と、春色パンプスを一足購入できたからだ。
直感で即決できるけれど、ぴんと来ないものは買わない、という習性のある私は一度の買い物でこれだけの品数を買って帰ることはまずない。だからこそ、嬉しくて帰宅早々姿見の前でファッションショーを始めてしまったのだった。
パステルカラーのストールと合わせて、アクセサリーはこれで、髪型はこんな感じ、メイクもちょっと春っぽく、なんてうきうきと浮き足立っていたのは認める。
でも。
くるりと華麗にターンを決めて、着地したら別世界でしたって、それどういうこと。
はしゃぎすぎて目を回したか、私?
「……」
ふんわりと光の粒子を纏っていた。それは足元から発生していて、目を落とすと足元には黒っぽい地面と、それと、これは映画とかでよく見かける、魔法陣?私それの中心に立ってる?
なにこれ。
あわてて視線を上げて周囲を見渡すと、当然ながら自宅ではなかった。
ざっとみて20畳くらいの部屋だ。石を積んだ壁に、石の床。家具なんかは一切なくて、寒々しい。薄暗いのは明り取りの窓が高い天井の近くに小さくあるだけだからか。
それから、人間が三人。
黒いローブをまとったひょろりとした老人は魔法使いみたいな風貌。
中肉中背の中年男性は口髭を蓄えていて、政治家っぽい貫禄ある佇まい。
あと一人は、二人よりも一歩前にいる威圧感のある男の人だった。体格も良いし、眼光鋭いし、あー、見たくなかったけどその右手を左の腰に回してるのって、剣でも抜く態勢ですか。
剣。
魔法。
ファンタジー?
現実感がないけれど、えーと、別世界に迷い込んだ、みたいな。
日本的に言うと神隠し、かな?
いや、うん、地球上のどこかに一瞬で移動しましたって説明されるよりはよっぽど現実感があるわ異世界の方が。地球にはこういう瞬間移動的な装置とか魔法とかないから、うん。ないない。あったらやだ。
とりあえず、目の前の現実と意思の疎通ができるかどうかだ。
「……どちらさま?」
問いかけてみると彼らはぱちりと瞬きをした。
「兵器には見えないが」
最初に口を開いたのは中年男性だ。
「奇遇だな、儂もじゃ」
老人が言う。
「失敗だ、老師」
剣を抜こうとしている男の人が、振り返らずに言う。
なんだか私が失敗作みたいだからそういう言い方はやめて欲しいな。それからその見上げても足りないくらいの身長とがっしりした体つきで目つきが鋭いと威圧感半端ないです。怖いです。今はびっくりしすぎてちょっと思考が固まってるけどもし道端で出会ったら回れ右したくなると思う。
右手を剣から離して男の人が姿勢を正す。
「老師、場所を移して彼女に説明を」
「ああ……そうじゃな」
老人がぐったり疲れたように弱々しく頷く。
「言葉はわかるな?」
男の人がこちらを見る。
「はい」
頷くと彼は手を差し出してきた。
きょとんとしていると手首を掴まれぐいと引っ張られる。
手、大きい。ホールド感が凄まじい。これはあれだ、逆らっても無駄な力の差だ。
どういう立ち位置かはわからないが、今パニックで暴れたりしたら斬られてしまうかもしれない。
落ち着いて私。
連れて行かれたのは研究室みたいなところだ。
大学の研究室のイメージではなくて、いわゆる、魔法使いが怪しい薬を作ってそうな、そっちの方。
このおじいさん、本当に魔法使いなのかな。
広いのだけれど物が沢山あって狭く感じるその部屋に四人がなんとか椅子を引きずってきて座る。座面が高くて座りにくかったけれどおじいさんはひょろ長いから仕方がなさそうだ。
相変わらず隣にはあの力の強い男の人がいて、片手を封じられていた。威圧感ばかり先に立っていたけれど、意外と若そうだ、青年と言って良い年齢かもしれない。
全員が椅子に落ち着いてから、少し沈黙が落ちた。
「……巻き込んですまんかったの」
おじいさんの声に力がない。
なんだかわからないけれどこっちが申し訳なくなるような弱い声だ。
「私、何に巻き込まれたんでしょうか」
そこで語られたのは、ロマン溢れる壮大なサーガ、では勿論なかった。
異次元から何かを呼び出そうとしていたのだそう。この世界にはない、新しい何か。彼らはそこをはっきりとは言わなかったけれど、そんな配慮は今さらだ。なんせ最初に言っていた、『兵器には見えない』と。だからつまり、強力な兵器を異次元から呼び出そうとしていたのだろうあの魔法陣で。
そして何の手違いか私が現れた。
いや待ってなんで兵器呼び出そうとして生身の人間呼んじゃってんのこのおじいさん。兵士とかならまだわかるけど平和ボケした日本人女子だよ役に立たないよ一切。
そういう間違い方ってありなの?
全然納得できません。
「理解しました。それで、私は帰れるんですか」
魔法なんて理解できないからもういい。
今私が気になるのはそれだけだ、自分の家に戻れるかどうか。
「はっきり言って難しい。が、調べよう。だが何故こんな間違いが起きたのか調べてみんことには……」
そこは『責任もって帰す』って言うところですおじいさん。嘘でも言ってください!
おじいさんは自分の思考に潜り込んでしまったようだ。ぶつぶつと独り言を言いだした。
「調べていただいている間、私の寝食を保証してほしいです。どなたか身元保証人になっていただいて、ついでに働き先を紹介してください」
気を取り直して、今度は強面の青年にお願いしてみる。おじさんも動揺しきってるみたいだし一言もしゃべってない。
「働くのか?いや、しかし……」
「え?働きますよ」
何を当然のことを。と思ったが、すぐに思い直す。
「……動いていないと不安なんです。何か、私にできることはないでしょうか」
しおらしく言ってみるとこれが良かったようだ。
「わかった。丁度侍女を募集している」
侍女か。
無論仕事内容を具体的に想像できるわけもないが、侍女というからにはそれなりの身分の人物の下に仕えることになるのだろうし、そうであれば寝食に欠くことはないだろう。
「よろしくお願いします。私、莉奈と申します。侍女の仕事で何を求められるかわかりませんが、一通り家の中のことはできます」
「そうか、それは助かる」
そう言って青年が手を差し出してきた。