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閑散矢倉団地  作者: sal
探索する三人
9/9

裸足で駆けてく陽気な霊能者

「うおおおおクソ猫ぁああああ!それを返せええ!!」

閑散とした矢倉団地に可愛らしい絶叫が響いた。だがその内容はあまり可愛くない。

「なんだ・・・?」

私は買出し帰りで団地内の小道をダラダラと歩いていた。マメに買い物に行くタイプでないのでどうしても1回の購入量が増え、かなりの大荷物になってしまう。近所で唯一のまともなスーパーは家から遠く、団地に付く頃にはすっかりヘトヘトだ。

そんな私の買い物袋の脇をすり抜けて猫が走り去る。何か光るものを咥えている。

更に、その後ろから黒い布の塊が走り抜ける。いや違う。布の塊でなく人間だ。しかも女の子のようだ。

猫はギリギリ少女に捕まりそうな距離になるとクルリと踵を返して逆走し少女の足元をすり抜ける。

慌てて少女もターンし追走する。スカートの豪奢なフリルがはためく。ギリギリでその奥は見えない。

あれはなんだっけ、ゴシックだかロリータだか言う浮世離れ系ファッションだった気がする。

あまり服飾に興味の無い私にはアレは過剰な布の塊に見える。

だがその布に包まれている人間は雛に稀な美少女だった。白いが健康的な肌に大きな眼と長い睫毛にツヤのある美しい黒髪。

まるでダークメルヘンの世界から抜け出てきたようだ。猫を追いかけるメルヘン少女なんてまるで不思議の国のアリスだ。

美人が着ると更に浮世離れしているなあと思いながらなんとなく違和感を覚える。何かおかしい。


あのファッションでは靴を手に履くのだろうか。裸足だ。手に厚底の靴を履き、裸足で猫を追いかけている。ああ、走りにくいから脱いで追いかけているのか。

逆に走りにくくないか?それとも足裏が相当丈夫なのだろうか。

「待てええええ!!捕まえた暁には猫鍋にしてやる!」ゴスロリ少女は肉食らしい。

猫は少女をからかうように走り回った末、木の上に飛び乗った。ああやって登るのはいいが降りられなく猫を良く見る。多分あいつも勢いで登ったけど降りられないだろうな。デブだし。

「あっ!お、おまええええ!降りてこい!降りろーッ!!!」

メルヘンの欠片もないセリフで叫びながら木の下で少女は跳ねる。

上から面白そうに彼女を見ていたデブ猫だったが次第に枝の上でうろたえ始めた。

ほら見ろ。降りられなくなった。


仕方ないか。ため息をつき私は木の下でジャンプを続ける少女に近づく。

「もしもしお嬢さん?どうしました。」

「わああ!!」

ゴスロリは甲高い悲鳴をあげた。

「え、あ、その、クソ、いや猫ちゃんが私の鈴を盗ったもので!」

樹上の猫もにゃあにゃあ言っている。私も降りられないもので、とか言ってるんだろうか。

「ちょっと荷物見てて。」ひとまず買い物袋を地面に置き、私は木によじ登った。

昔から木登りは得意だ。枝が無い木でも結構登れてしまう。やっぱり私はゴリラなのだろうか。


猫を片手で掴み上げ、木から飛び降りる。猫はその子の言うように鈴が沢山ついたより紐のようなものを咥えていた。頭を上に反らせ、口を開けさせる。鈴はコロリと地面に落ちたが不思議な事に何の音もしなかった。

「ありがとうございます!」

少女は急いで鈴を拾い上げペコペコと礼をした。

「いやいや、災難だったね。力になれて良かったですよ。」

正面から見ると、彼女の美少女ぶりがより分かる。芸能人以外にもたまにこういうのが居るが良い目の保養だ。ゴスロリはあまり好きでないがこの子にはよく似合ってるように思えた。

間近に美少女を見るのは初めてだったのでついマジマジと見つめてしまう。

「え、あ、あのっ」

少女は顔を赤らめて目を逸らした。

凝視しすぎたか。

「ごめん。この辺で見ない人だったから。」

「あ、あの今日は用事があって人を訪ねて来たんです。あ、あのっ貴方のお名前は?」

「え?いや、名乗る程の者じゃないですし。」

女の子相手でも見ず知らずの人に名前を教えるのは気が引けた。

それに用事が済んだら出来るだけ人との関わりは避けたかった。

「それじゃ、これで。」

私はそそくさと荷物を引き上げ帰路についた。


あの赤黒い手の襲撃した次の日、私は外場と自宅に戻った。

前日に聞いた通り、テーブルに全てのマグカップが出ていたが髪の毛などは入っていなかった。

「どう?あいつは?」

外場は家中を見て回り何かを探していたが、一通り見て回るとガックリと肩を落として言った。

「いなくなっちゃいました。」


外場は落胆していたが、おかげで私は安心してまた自宅で暮らせるようになったのだ。


買ったものを片付け終わり、私は外場へのお礼の品を作り始めた。

あの晩を思い出すとはっきり言ってあの化け物より外場の方が恐ろしい。けれどなんだかんだ言って彼は私を結果的に救ってくれた。

人付き合いは苦手だがここは礼をするのが道理だ。

ミロをあれだけ飲むのだからきっと甘いものが好きなのだろうと踏み、手作り菓子で攻めることにした。

手作りなのは一応の誠意のつもりだ。

菓子を作るのは初めてだけれど、ネットで調べたレシピ通りやれば問題ないはずだ。

消し炭やゲル状物体が出来るのは漫画の中だけ。作る菓子自体それほど無理の無い簡単なレシピを選んだ。私は自分の分を知る女なのだ。

私はきりりと腕まくりをし、早速作業に取り掛かった。



1時間後。

・・・別に菓子である必要はなかったのだ。甘いのが好きなら別に豚の角煮だって甘い方だし、普通にまだまともに作れる料理にすれば良かった。

大分明度の低いクッキーを眺めながら私は後悔していた。消し炭ではないが消し炭の叔母か叔父くらいの親戚だろう。一枚齧ってみると当たり前だが苦い。でも不味くはないし焼きたてで香ばしいとも言える。食えない訳でない・・・と思う。


大丈夫だろう。外場は無頓着な男だ。このくらいはスルーするに違いない。

とりあえず大きな深皿にクッキーを流し込み家を出た。

外場の家のチャイムを鳴らすと開いているとの返答があった。


「だからね。居る所にはちゃんとイケメンはいるのよ。二次元だけじゃないの。分かる?人生にはちゃんと運命の出会いが用意されてるのよ!」

「そうなんですかあ。良かったですねえ。やっと黒森ちゃんにも浮いた話が出ておじちゃん嬉しいですよ。でも次いつ会えるんでしょうねえ。」

玄関に入ると、外場のくたびれているのに妙にテンションの高い声ともう1つ、可愛らしい少女の声が中から聞こえた。

「背が高くてしかも強いの!もう颯爽と木に登って猫をちぎっては投げちぎっては投げ!」

「猫ちゃんバラバラですか。僕は悲しい。」

「お嬢さんハイって鈴を渡してね、切れ長の目にキリッとした眉でちょっとキツそうだけど優しそうで。あと何より美形だしね。そんで私をジッと見つめてた。ありゃ向こうも私に恋してたね。ほら、私ってかわいいじゃん。ラブコメ開始のゴングがハッキリと聞こえたわ。」

「ゴングじゃ始まるのはバトルですよ。ていうか瞬時に相思相愛なんですか。打ち切り漫画みたいだ。」

なにやら会話が盛り上がっているようだ。邪魔をしないように静かに部屋に近づく。


「ああ、でも次はいつ会えるか分からないの。でも障害が多いほど恋愛は燃えるっていうわよね!遠距離恋愛が燃えるのもそのせいよ。」

少女の声は夢見るようだ。余程楽しい話なのだろう。しかしこの近辺にそんな男はいただろうか。

いや、猫云々でもう分かっている。猫をちぎって投げた覚えはないけど。

答えに気付かないフリをして私は部屋に入った。

「あれすぐフェードアウトするじゃないですか。あ、村上さんどうぞその辺座って。」

外場がこちらに気が付いた。外場の正面、私には後ろ向きに座るのは黒尽くめの布の塊。

「う、うわあああああ!!!!」

振り返って叫んだのはやはり先ほどの美少女だった。


「し、四郎!これ!これがイケメンよ!」

「なるほどーこれがイケメンですかあ。」

外場はニヤニヤと私と少女を交互に見ている。

「っつか四郎あんたこの人と知り合いなの?」

「社員兼パトロンですよ。」

なった覚えは無い。単なる隣人だと訂正する。

「村上さん、この子が前話した『知り合いの霊能者』黒森さんです。可愛いでしょう。でも頭がおかしいんです。もう全てが台無し。」

お前が言うな。美少女は外場の知り合いだったのか。容姿とかみ合わない先ほどの奇行に納得がいった。


「村上さんって言うんですか?さっきは本当にありがとうございました!」

花のような笑顔を浮かべ黒森という少女は会釈した。

「またお会いできるなんて夢みたいです!これって運命ですよね!」


また別ジャンルの面倒が舞い込んできた。

私はこれからどう説明しこの場を切り抜けるかを考え、痛む頭を押さえた。



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