呪物博物館
なぜか外場の家には私の買い物袋があった。
「ねえ村上さん。これ食材入ってますよねえ。実は今食材切らしてましてね。2人の夕飯
どうしようかなあと思ってましてですね。」
外場は保冷器を開けてからっぽの中を見せ付ける。
「そしたら拝借したこの袋には食材があるじゃないですか。僕恐怖のあまり慌ててまして、つい。
いやあパクるつもりじゃなかったんですけど結果的に良かったですよねえ。」
「要点を言え。」
待ってましたとばかりに外場は笑みを浮かべた。
「これを夕飯にするしかないですよねえ。」
1人分の食器しか無かったのでご飯茶碗と味噌汁茶碗に料理を分ける。
当初外場が作ると言っていたが人を刺すような持ち方で包丁を握ったので
危機感を覚えた私が代って親子丼を作った。
「あんた料理した事ないの?」
「もっぱらミロが主食です。コーヒーに入れる以外にも、一応鍋でコーヒーと煮るくらいの料理はしますよ。」
「同じだ。」
外場の家にはテレビも無く、暗い室内での食事はなんとも気まずいものだった。
「なんで部屋の電気をつけない。」
「いや、だってこうした方が少しは怖くていいでしょう。」
確かに暗闇に青白く浮き上がる外場の姿はかなり怖い。
「そんなに怖いのが好きか。」
「ええ、僕恐怖中毒なので。」
「恐怖中毒?」
「そうです。怖いのが好きすぎてそれ無しには生きられないカラダなんです僕。背筋に走る悪寒、手足の自由を奪う冷たい緊張感、死と隣り合わせになった絶望感。全て快感と同義です。」
何を言ってるんだこいつは。
「ただね、最近は大抵の事に恐怖を感じられないんですよ。まだまだ怖い思いが出来る村上さんが羨ましくてたまりませんよ。」
「だったらあんたが私の部屋に住めば?」
「嫌です。怖くない上に何かと邪魔そうです。食器勝手に使うんでしょ?面倒です。」
強がりでなく心底面倒そうに頭を振る。
「それなら他の“誰か”が居る部屋に住めば良かっただろ。」
「了承済みの入居してる時点で怖さ激減です。居るのに気付くイベントが一番怖いのに。まるでメインディッシュのないコース料理じゃないですか。」
外場は丼を食べ終え手を合わせる。
「ごちそうさま。おいしかったです。」
「どうも…」
私も少し遅れて手を合わせた。
皿を片付けてからはやることがなかった。外場は好きにしていいと言ったが
この何も無い部屋で一体何をすればいいのか。
外場はパソコンに向かいずっと何かを打ち込んでいる。
今居る部屋はキッチンとリビングが一続きの部屋だ。自宅と同じ間取りだが
がらんどうのためやたら広く見える。
ふと見回して、自宅では寝室にしている部屋に気が付いた。
「こっちの部屋はどうしてる?」
「あ?そっちはあんまり開けない方がいいですよ。」
こちらに目もくれず外場は答える。
「何?見られたらまずいものでも入れてんのか。」
「見てもいいけど多分見たくないものだと思いますよ。」
じんわりと怖気が背をつたう。
「別に怖いものは入ってませんよ。」
その言葉にホッとし私は襖を開いた。
モニターの光も届かない室内は完全な闇に包まれている。
「何も見えん。電気点けてもいいか?」
「えー?…仕方ないですね。どうぞ。」
渋々といった感じに許可が下り、私は
手探りでスイッチを探す。―あった。
チカチカとした点滅の後、蛍光灯は部屋の内部を青白く照らし出した。
そこはリビングとは対照的に様々なものが雑然とひしめいていた。
大きな本棚にぎっしりと詰め込まれた本やDVD。山と詰まれたダンボールにガラスの戸のついた棚。本はほとんどがオカルト関係で異様に旧い新聞のスクラップや詳細不明の紙束も詰め込まれている。
DVDは胡散臭いホラー映画からラベルが無いもの、AVまでが並ぶ。
床に詰まれたダンボールはまだほとんど梱包を解かれていないがその一部は開封され、中から筒状に巻かれた布やアルバムらしきもの、木像などのガラクタが覗く。
不意にごろん、と何かがドア近くの棚から転がり落ちた。
「ん?」
足元に落ちたそれに目をやる。
黒髪の日本人形だった。
「ひぃ!」
思わず飛びずさり、その姿を視認するや体が固まった。
「どうしました?」
それは私にも分かる程の“ヤバい”人形だった。
煤けて傷んだ黒髪に汚れた肌、そして白目の無い異様に大きな目。
口元は微笑んでいるが私を睨んでいるような圧迫感のあるその表情。今にも恐ろしい形相に変貌しそうな生々しさを感じた。
だが私が硬直しているのはそのヤバさが理由ではない。もっと単純なもの。
日本人形の頭以外がおかしい。
「…ギャンだ。」
人形の首はギャンのプラモに接続されていた。
棚に目をやるとギャンの頭をした日本人形が陳列されていた。
何故呪いの人形がガンプラと合体しているのか。
「ああそれですか。呪いの人形って事で知り合いの霊能者にもらったんですけどね。何もアクション起こしてくれないんでちょっと手を加えてみたんですよ。機動力を上げればきっと色々なイベントを起こしてくれると思いまして。でも一向にその気配が無いんですよね。嫌われちゃったのかなあ。」
そう言って外場は悲しそうな表情を浮かべた。嫌われるとかそういう問題だろうか。命知らずというか、罰当たりというか…。
ここまで改造されてしまうと哀れだ。改めて見ると人形の顔は悲しそうにも見えた。
「もしかしてここのダンボールは全部…。」
「ええ、いわくつきの物品がいっぱい入ってます。霊能者にもらったり、自分で入手してきたりした自慢のコレクションです。どれもこれも人を殺すレベルの怪異を起こしてきた逸品ですよ。」
「私の家よりヤバイだろ!」
「いえ、何故か僕の私物になるや何もしてくれなくなるんですよね。残念ながら全て安全です。どうぞ自由にご覧になって下さい。」
安全と言われてもダンボールの中身を検める気にもならない。とりあえず本棚の本に話題を変えよう。
その時だった。
ピンポーン
ドアチャイムが鳴った。
私は思わずビクリと肩を震わせた。
「あれ?もう注文した奴届いたかな。すみません村上さん取って来てもらえますか?」
なんだ。何か通販でもしていたらしい。シャチハタの印鑑を受け取り私は玄関に向かった。
「はいはーい。」
小走りに玄関に向かい、ドアを開けようとした所でふと手を止める。
日中あんな事があったばかりだ。外場に出会った夜の件も思い出し、私はドアスコープを覗き込む。
黄色く濁った眼球が視界いっぱいに広がった。