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閑散矢倉団地  作者: sal
五階の二人
6/9

不本意な外泊

外場の家は越してきてから日にちが経つにも関わらず、家具がほとんど置かれていなかった。

デスクトップパソコン、保冷器、ポット、布団。めぼしいものはこれくらい。しかもこれらが全部床に直置きされている。

窓には遮光カーテンがかけられ室内はパソコンのモニターの明かりにのみ照らされていて暗い。


「大丈夫ですか。」

外場は熱いコーヒーを淹れてくれた。

「ありがとう。」

痛む後頭部を押さえつつカップを受け取る。

「ミロは何杯入れる人ですか?」

「ミロ?!いや、そんなのは入れない。」

そうですかと外場は自分のコーヒーにミロの粉末を大量に入れスプーンでかき混ぜた。コーヒーに溶けきらない粉が島を作り回転する。なんて気持ち悪い飲み方をする男なんだ。

いや、塩ジャケをマグカップで食べる私が言えた義理ではないが。


「村上さんが気絶するタイプの人で良かったです。怪異から確実に助かる方法ってご存知ですか?そう、気絶回避という奴ですよ。気絶すれば怖い体験もそこで強制終了、目が覚めたら万事解決っていうまさに究極奥義です。」

「いや、気絶したのはあんたのせいだ。」


あの赤黒い何かに出会った時。私の叫び声を聞き、外場はすぐさま駆けつけた。

「大丈夫ですか村上さん!」

そして勢いよくドアを開け中に飛び込み三和土で颯爽と転んで私の後頭部にヘッドロックを食らわしてくれたのだ。

おかげで私は外場の言う究極奥義を発動する羽目になり目が覚めると外場の家に居た。

「ああ、だったら僕に感謝して下さいね。いや~ご飯の恩返しが出来て僕嬉しいなあ。」

「あんたはアレを見たのか。」

「アレ?」

赤黒い腐った人影。夕闇の中でもそのように視認できたアレ。こいつが言っていた“誰か”…


「いや?そんなもの見てませんけど。村上さん疲れて幻覚でも見たんじゃないですかね。」

「はあ?!」

予想外の返答に声が裏返る。

「ちょ、あんた散々何か居るとか言っといてその反応…」

「僕が見たのはテーブルにぎっしり並べられたマグカップだけですよ。」

「え…」

マグカップは出る前に全て洗って片づけた筈だ。

そう伝えるとヒヒヒと笑いながら外場はキーボードを叩き始めた。

「全てのマグカップの中に長い髪の毛が入ってましたが恐怖感はイマイチでしたね。髪の毛は色んな場所に一本ずつか、何かの拍子に大量にってのが一番グッとくる。下手を打つ奴だ。30点くらいかな。ましてや」

格好つけたかったのか。ッターン!とキーを高らかに叩く。エンターキーが外れて飛んでいった。

「ちょっといじってすぐ姿なんか見せたらそれこそ素人ですよ。幸いそれは無かったのでまだ見所のある奴だと信じたいですね。」

まるでホラー映画への批評のようだ。


「怖くないのか。」

「今回のはもう一つでしたね。もうちょっと長い溜めかインパクトが欲しかったかな。他には何かありました?」

「いや、何も…」

そうですかと外場は手を止めた。


「それじゃあお疲れ様でした。取材させて下さり感謝いたします。お帰り頂いて結構ですよ。」

やっぱり助けに来たのではなく取材のつもりだったか。

何故かがっかりしている自分に自分で少し驚いた。こんな奴に何を期待していたんだろう。


外場に玄関まで見送られ靴を履いた所で足がそれ以上進まない事に気付いた。

「どうしました?」

あれから一時間近く経ち、もう日はすっかり落ちていた。

今自宅は夕闇から本当の闇に支配されているのだろう。そしてアレが居るのだ。

「帰るのが怖いですか。」

怖い。自宅に戻りたくない。少なくとも今晩だけでも自宅以外でやり過ごしたい。

過疎地ゆえに近くにネットカフェもない。24時間空いている店といえば大分歩くが国道沿いのコンビニか。

不審に思われるかもしれないがそこで今夜は乗り切るしかなさそうだ。幸い買い物帰りのまま財布もポケットに入ったままだ。不本意な外泊になるが仕方が無い。

そう決めるとやっと足を進められるようになった。

「それじゃお邪魔しまし…」

「村上さん今晩うちに泊まったらどうです。」

「は?」

「どうせ家帰らないつもりなんでしょう?この辺何もないしコンビニで朝までやり過ごそうと思ってんじゃないですか?」

こいつ、頭がおかしい癖に察しが良い。

「アレ場所変えても今日は多分村上さんに付いていくんじゃないですかねえ。気絶回避されたリベンジしてくるかもしれませんよ。」

またそういう事を…


「それはそれで記事が増えて良いんですけどね。うっかり死なれたりしたら今後の供給が無くなっちゃいますし。」

「縁起でもない事言うな。」

「あとそれなりに心配してるんですよ。さっきの悲鳴で本当に女性なんだなーって分かりましたし。キャーとかその容姿で言ってるかと思うと本当に背筋が凍りました。珍しく恐怖を感じる事が出来て嬉しかったです。思わぬところに真の恐怖が転がってるものですn」

私の拳が外場の鳩尾に突き刺さる。

さっき飲んだコーヒーを吐き出しながら外場は床を転がった。

ビクビクと体を痙攣させながらも外場は続けた。

「こ、このくらい力量差もありますし、なにも、し しませんよ、しょ 食指も動かないですし」

今度は腹に右足を振り下ろす。くの字に体を強張らせた後芋虫のように丸まった。

「申し訳ないけどお言葉に甘えようか。」

「そ、ですか・・・」

がくりと頭を落とし外場は動かなくなった。



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