隣人は一言多い
あの後改めて外場から提示された仕事内容に私は驚いた。
内容は雑誌のための取材同行とレポート、そして記事の作成。
驚いたのは提示された報酬だ。
「いや、あの外場さんこんなに払えるの?」
こんなに高額な支払いの発注を見たのは久しぶりだ。
外場は力強く頷いた。
「ええ。今から伸びますからね僕は。」
ダメだ。出世払い予定のようだ。
「悪いけどそういう曖昧な契約のお仕事は受けられません。こっちも生活かかってるので。」
「僕もです。この雑誌の先行き如何に生活がかかってます。正直この金額ちゃんと耳を揃えての
お支払いは出来ないんですが・・・色々副業で収入はなんとか・・・かつかつで無いわけでは
ないのでその段階的にお支払いする予定で」
話にならない。
「ダメです。拘束時間が多いのに報酬が不確定なんてお仕事は請けられませんよ。」
「あ~・・・」
先ほどまで続いていた高揚が一気に失われたようだ。少し上気していた外場の顔色が
元の死人めいたものに戻っていった。
「そうですか。そうですよね。ええまあ・・・そうですよね。」
元気が無くなった外場はやはりお化けのように見える。こいつが夜間歩いている
のを撮ればそれだけで記事になりそうだが。
しばし沈黙した外場だったがすぐに顔を上げた。
「でも!怪異の当事者なのは変わりありませんよね!僕が取材にお邪魔するのは
いいですよね!」
「いやそれもお断りしたい。」
更に蒼白になっていく。
「しかし・・・まあ、でもしかし心霊スポットの最中にいる利点は失われていない訳です。
うん、大丈夫。状況が悪くなった訳ではない・・・。」
何かブツブツと呟き始めた。
「・・・すみませんでした。お金が工面できましたら改めてお願いしようと思います。それまでは自力でやっていこうと思います。とりあえずご近所付き合いは末永くお願いいたしますね。」
「いやそれもお断りしたい。」
早くこいつとの関わりを断ちたかった。
外場の顔色はもはやOA用紙のような白さだった。
犯罪者を連行するように外場の腕を掴み玄関まで連れて行きドアを開ける。
掴んだ腕は異様に細かった。そういえばここに運んでくる時も軽さに驚いた。
「大変みたいですが食事だけはちゃんと摂ったほうがいいですよ。」
一言それだけは進言する。単に隣の部屋で餓死していたら洒落にならないなと思ったからでは
あったが他人を気遣う台詞を口にしたのは久しぶりだった。
うなだれるように一礼し外場は背を向けた。向かいのドアの鍵をガチャガチャ
開け、そして言った。
「村上さんの部屋本当に誰か居ますよね。」
「え?」
「ああいうのってよくないんですよ。自分の使う分以外に日用品とか沢山置くの。
“誰か”を許容する枠ができます。空いた枠にはちゃんと“誰か”が入ってくるんです。
それはこの団地全体にも言えてだからここは・・・」
ハッと気付いたように外場は話を中断した。
「それじゃあ気をつけて。」
一瞬肩越しに見えた501号室の中は妙に暗く、しかし荷物の影もなかった。
するりとドアの中に外場は消えた。
発注を断られた腹いせにそんな不吉な事を言ったのだろうか。
今度出くわしてもあいつには挨拶しないでおこう。
そう考え、私は自宅のドアを閉めた。