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閑散矢倉団地  作者: sal
五階の二人
3/9

楽しいひとり出版社

「いやあやっぱり人間持つべきは隣人ですよね。人間はもっとベタベタ隣接すべきなんですよ。

そうすれば世界も平和になるのに。」

蒼白な顔に満面の笑顔を浮かべ、向かいに座る男は意味不明な事を言った。

隣接するから戦争も起こるのだが。


外場は生きていた。


踊り場で頭から血を流していたのを見た時、「死体っぽいのが死体そのものに!」

と慌てて自宅に運び込んでしまった。


だが今は簡単な応急処置でけろりと回復し人の家の飯を食べている。

永らくまともな食事をしていなかったらしく目眩を起こし階段を転げ落ちたらしい。

その異様な外見は不摂生のためだったのか。至近距離で見えると顔立ちそのものは

割と整っていた。食物を摂取し今は目にも生気が戻っている。一応本当に生きている人間だったようだ。

そういえば昨夜も今朝もスーツ姿だが一体何をしている奴なんだろうか。

引っ越し業者の出入りもなくいつの間にか入居しているのも謎だ。


「…なぜマグカップに塩ジャケが・・・。」

外場本人はどうでもいい謎に頭を悩ませている。

ふいにぐるりと人の家を見回した。家の中を不躾にジロジロ隅々まで

観察している。非常識の記録を更新し続けるこの男に頭痛がしてくる。

椅子の数を数え、カーテンを凝視し台所を覗き込み部屋の四隅を

確認する。そして食器棚に詰め込まれた大量のマグカップにその視線が止まった。

「ひとり暮らしですよね?」

「そうだけど」

それを聞くや突然閃いたとばかりに手を打ち合わせた。

「実は見えない住人と住んでいるんですね?」

「は?」

「やった!ホントに噂どおりのオバケ団地だった!」


唐突にわーいと歓声をあげて外場は立ち上がった。

ついでにテーブルに勢いよく片足も乗せ、マグカップがゴロゴロと倒れる。

「隠さなくてもいいですよ?あのマグカップはこの部屋に棲む霊達の

ためのものなんでしょう?お神酒とか捧げちゃう用なんでしょう?

それとも水を入れて悪霊を呼び込むんですかね?いや~あの鬼気迫る数

恐怖を感じずにはいられませんよね!あ!塩ジャケの理由も今分かりましたよ!

供物を捧げる器で食事をする事により体内に邪霊を取り込む呪法だ!違いますか?」

「マグカップが好きで集めすぎただけだ。」

「それだと塩ジャケの理由にならないじゃないですか!あ!ご飯も入ってる!」

「マグカップ買いすぎて食器少ないから有効利用してるだけ。」

「いえ!違いますね!貴方は何かを隠している!」

話を聞いてくれない。

「寂しい独身男性が邪霊と同居し売れない画家は怨嗟をキャンバスに描く!

狂える住人と怪異の織り成すほのぼの恐怖ストーリー!これは売れる!」

「私は女なんだけど」

「え?!とすると僕も女?!」

「悪かったね。女らしくなくて。」

「あ、イケメンだと思いましたよ!いやー僕が女でなくて残念だなー。」

全く嬉しくないフォロー。


ガッツポーズで外場は身を震わせる。

「越してきてよかった!ここなら毎日飽きるほどの恐怖が味わえるんですね!

我が外場出版の未来に光が見えてきました!やったね外場ちゃんお金が増えるよ!」

「おいやめろ」

というか・・・出版?

テーブルに乗った足を払いつつ私は尋ねる。

「出版って?」

「ああ、そうだ。申し遅れました。僕こういうものでして。」

外場は靴下の中から名刺を取り出した。そこから出るのか。

【外場出版 怪奇とてもたのしいマガジン 第一編集部 編集長 外場四郎】


「取材と資金繰りの苦しさからこちらにオフィス兼住居を移転してきたんです。」

この、人を不安にさせるつたない書籍名はなんなのだろうか。

「激烈な過疎化の波に飲まれるここ矢倉団地は心霊、怪奇現象の噂のまさに宝庫でしてね。」

やっと机から足を下ろし外場は語り出す。

「それで取材しつつ仕事も出来て家賃安いならいいじゃんって事で越してきた訳です。」

「って事はこれから他の社員も出入りするようになるって事?」


この迷惑な男が編集長を勤める出版社の社員。嫌な予感しかしない。

きっとこいつと同系統の奴らが大勢やって来て毎日何かとこちらに関わってくるのだ。

集団のわずらわしさから逃げてここに住んでいたのに・・・。ゴーストタウンの

ような不気味な団地だが私はそれが気に入っていた。

それなのに・・・平穏な日々はもう失われてしまうのだろうか。


「社員は僕だけです。」

ああよかった。ん?

「残念ながら他の社員は皆死にました。だから僕が取材し写真を撮り、あまり得意でない

文章を書き自分で校正し、組版してなんかもう色々やって出版してるんです。」

死んだ云々は冗談なのか判断がつかないが・・・1人?

フリーランスの編集出版ということなのか。

「で、残念ながらまだ置いてくれる店もないので雑誌は空いた時間に駅前とかで手売りしてます。」

それは・・・出版社なんだろうか。

「まあ見てて下さい!豊富な題材を得た今、我が外場出版は飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びますよ!

それはもう筍みたく!伸びた暁にはこの団地がまるごとオフィスビルになるでしょう!」

普通のビルを借りた方が多分良い。そもそも伸びしろが見当たらないのだが。

要するに無職の売れない同人手売り作家という事でいいのか。

目の前の男の非常識さが許容量を越え、意識が朦朧としてきた。


「ところで村上さんはこんな所で何のお仕事を?」

一気に喋り落ち着いたのか今度はこちらに水を向けてきた。

前述のように私の職業はライターだが、なんだか知られてはいけない気がする。

「いや、えーと求職中って所かな。」

「求職中!!!」

しまった。逆に私は地雷を踏んでしまったようだった。

「村上さん僕が雇ってあげましょう!いやなんという運命のめぐり合わせ!

取材先が人材も兼ねるとは願ってもない事です!無職バンザイ!あ!ちゃんとOJTもしますからね!」

まずい。介入される隙を作ってしまったことを後悔した。

というかそんな会社モドキに払う給料はあるのだろうか。とにかく急いで撤回する。

「あ、いや、求職中っていっても手が空いた時はってだけで一応ライターとして働いてはいるから

そういうのは無理でその」

「ライター?」


意識が、朦朧としていたので、正常な判断が出来なかったのだ。


外場は居住まいを正し、言い直した。

「お仕事をお願いしたいのですが・・・」


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