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素直な気持ち

「じいちゃ?その子だーれ?」

 ワシの家に神也がきたのは十年前の夏のことだった。

 当時ワシの研究を手伝っていた神也の両親が実験中に死亡。

 身内がワシしかいなかった為引き取ることになった。

「じいちゃ?」

 仏壇の前で、前の家とは違う畳の床に慣れないのかモゾモゾと足を動かしながら孫が呼びかけてくる。

「ん?なんじゃ神也?」

「庭にいる子はだーれ?」

「あぁ、あの子は一ちゃんじゃよ」

 縁側から見える縁側に立つ子供を指差す神也に笑顔で答える。

その頃は孫の同年代ということもあってか、ワシは近所の工藤さんの子供さんを可愛がっていた。

 工藤一、この年代の子は性別が分かりにくく最初は男の子だと思っていたが、ちゃんとした女の子だった。

 その日も、一ちゃんのご両親が家を空けるというのでワシが預かっていた。

「おじいちゃん、その男の子、誰?」

 たいして広いわけでもないがそれなりに手入れをしてある庭で、恐る恐るといった感じにワシに聞いてくる一ちゃん。

 一ちゃんも神也も、初めて会ったせいか緊張しているようだった。

 この年代の子は人見知りが激しいからしょうがないが、今日から神也はここに住む。

 近所という事もあるし、いずれ仲良くなって一緒に遊んでくれるじゃろう。

 ……ワシ、独りぼっちになるかな?神也がかまってくれるよう明日からがんばろう。

「おじいちゃん!あの子、誰?」

「あぁ、すまんね一ちゃん。あの子はワシの孫の神也じゃ」

「しんや、くん?」

 実の孫のように接してきたせいか、一ちゃんはとまどったように本当の孫の神也を見ていた。

 神也は神也でどうしていいか分からないようで、座敷の上で硬直していた。

 ふふ、ウイウイしくてみてるワシが恥ずかしいわい。

「一ちゃん。麦茶でも入れてくるから座敷で待っててくれんかのう?」

「ん、分かった」

 縁側からトテトテと走ってくる一ちゃんと、それを見てビクッとする神也の反応を楽しみながらワシは台所に向かった。

「一ちゃんって、男?」

「女よ!馬鹿ぁ!」

 後ろから聞こえてくる二人の声に、笑いをこらえながらグラスを取り、氷をいれ、麦茶を注ぐ。

 そういえば、ワシも初対面の一ちゃんに「男の子かい?」と聞いて怒られたの。

 ははは、女心がつかめないのも遺伝じゃな。

「ほい一ちゃん、神也。麦茶じゃよ」

 座敷に戻ったワシは神也と一ちゃんに冷たい麦茶を手渡し、ワシ自身も冷たい麦茶を喉に通した。

「じいちゃ!一ちゃんが足蹴ってくるよぅ!痛いよぉ!」

「私のこと、男とか言ったからよ!おじいちゃん!私、この子嫌い!」

「僕こそお前なんか嫌いだ〜!うわぁあん!」

 小刻みに神也の足を蹴っている一ちゃんを落ち着かせ、泣いている神也を泣き止ませ、どうにか二人に麦茶を飲ませ。

 そんなことをしているワシが多少おかしく思った。

 こうみえても、その世界ではマッドサイエンティストの名をほしいままにしているワシが、子供相手にオロオロするなど滑稽でしょうがない。

「一ちゃん、神也も悪気はなかったんじゃろうから許してやってくれんかのう」

 当時はまだ引っ込み思案の神也にかわって謝ると、神也も無言で頭を下げていた。

 なんだかんだ言ってまだ子供、相手に悪いことをすれば素直に「ごめん」といえるのだ。

 そんな素直な子供の態度は同じ子供にはしっかり伝わるようで、とまっどたように一ちゃんも頭を下げた。

「私こそ、ごめんなさい」

「えっ?なんで?」

「あ、足……蹴ったりしたから」

「だいじょうぶだよ!僕は男の子だもん!」

 さっき泣いていた事を棚に上げて神也が一ちゃんに胸を張ると、それがおかしくて笑ってしまった。

「じいちゃ、どうしたの?」

「おじいちゃん、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

 二対の真摯な目に見つめられ、なんとか笑いをこらえながら思う。

 ワシも、こんな風に素直に謝ることができればどれほどの事に後悔がなかっただろう。

「じいちゃ、麦茶おかわり!」

「私も!」

 いつの間にか空になった二人のグラスを持つと、再び台所に向かう。

 こんな生き方もいいかもしれないと思いながら麦茶を入れなおす。

 でも、そんなワシがなぜか悔しくていじわるな考えが頭をよぎる。

「そうじゃ、せめて神也が自分自身を男だというにふさわしくなるまでしっかり育ててやろう」

 とりあえず、明日から家の改造とかして神也にトラップとか仕掛けるか。

 それはそれでマッドな考えが頭の中をよぎる。

 そして十年後、過去のプロジェクトの事で新たな事実が判明した。

 そして、開いてはならないパンドラの箱を開いた結果孫達にも災厄は降りかかった。

「おい爺さん!大丈夫か?しんみりしやがって」

 いまや百のトラウマをもつ男の名を持つ男の異名を持つ孫が昔より大きな姿になって目の前にいた。

 ある意味、男という名がふさわしい男になったんだろう。

「神也……」

「なんだ?爺さん」

「すまんかったのう」

「……」

「こんなことに巻き込んでスマンかったのう、いままで酷い仕打ちをしてスマンかったのう。……お前の両親の事も、スマンかったのう」

 自然と涙が出ていたんじゃと思う。

 たぶん、今まで素直にいえなかったから素直になった分流さなかった涙も流れたんだと思う。

「爺さん、一応俺は感謝してるんだぜ?」

「……」

「そりゃ酷い仕打ちもあったけど、今俺が俺でいれるのはそのおかげだし。今考えてみればめったにできない経験だし」

「……」

「それに、爺さんがいなきゃ俺はきっと孤児院に入ってたんだろ?だから、両親がいなくても俺は爺さんに感謝してる」

 そんな光景が昔の神也と一ちゃんの姿とかぶって、また涙があふれる。

「おい、じいさんどうした!?なんか悪いこと言ったか俺?むしろいい事言ったつもりだったんだけど!」

「神也……」

「どうした!?」

「ありがとう」

 いままで言えなかった。言ったこともなかった言葉。

 きっとワシの孫はこれから様々な苦難にあうじゃろう。

 でもきっと大丈夫じゃろう。

 わしが鍛えた立派な男の子なのじゃから。


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