行方不明だった老人
「お帰り神也、一」
一と一緒に家に帰ると、すでに雀はついていた。
綺麗な黒髪を方までのばしたこの男も、やはり俺の幼馴染だった。
俺や一とは頭の出来が違うため、違う学校に通っている。
それでも、毎日のように遊び続けているコイツと俺は『親友』だ。
「スマン雀、奴を阻止できなかった」
「いいよ、ビデオなら何でも良かったんだろ?はい、フランダースの犬」
「フランダースの犬かよ……」
一には聞かれないように、男同士の話を進める。
つーか、フランダースの犬ってどんな趣味だよ……
「なに二人だけでこそこそ話してるのかな?」
「いや、ちょっとな」
のけ者にされていた一が小刻みに俺の足を蹴ってくる。
いつものことだから雀もニコニコしながら傍観しているが、冗談じゃない。
こんなの毎日くらっているせいで、俺の脚は鋼鉄の足になってしまっているんだぞ?
いまや、ムエタイとかローキックとか大得意になってしまったし。
「そういや神也、どうして今日は映画鑑賞会なの」
「えっ!?映画鑑賞会だったの?」
雀のおかげでやっと蹴りが止まった。
まぁ確かに驚くよな、高校生にもなってお友達と映画鑑賞会。しかも当初の予定だと男二人。
更にフランダースの犬というのが哀愁を漂わせる。
しかし、今回は違う!
「ふふふ、君達はこの私がただの変人には見えまいな」
「うん」
「非凡な変態に見える」
「くっ、まぁいい。今日は多少の戯言も許してやろう」
そう言いながらも俺たちは居間に向かう。
そこには万年コタツと化した堀ゴタツがある。
そこに、昨日俺が見つけた大いなる遺産があった。
「これを見ろ!」
余談だが、うちの爺さんは科学者だった。しかもマッドのつく。
今は家でただの駄目老人と成り果てているが、昔はそれなりの権威だったらしい。
この家だってカラクリ屋敷みたいにできているし、いまだに良く分からないスペースもある。
(たまに学者さんたちが探索に来るしなぁ)
そんなカラクリ屋敷に住む俺は、おもむろに掘コタツのなかの灰を押す。
「火も入れない堀コタツなんておかしいと思ってたんだ」
まぁ、昨日偶然足をつっこんで発見しただけなんだけどね。
今まで気づかないのおかしいとかそういうツッコミもスルー、それが俺流。
まぁ、そんなわけで重い音とともに掘コタツの底はその口をあけ始めていた。
「たぶん、これが爺さんの最大のギミックだろうね」
そういって開いたコタツ、そこには地下へと伸びるはしごがあった。
「この下だ」
俺は冷たく堅いハシゴに手をかけると、そこを降り始めた。
上を見ると、一と雀も降りてくるのが分かった。
「上を見るな!!」
どうやらお気に召さなかったらしい、決して大根には見えないその足から容赦のない蹴りが飛んできた。
一、まだ女の誇りはあったか……
5メートルほど降りたところで、ハシゴは終わっていた。
全くの暗闇なので、ハプニングに見せかけ一の胸を……と思ったが、異様な殺気を感じたので昨日見つけておいた電気をつける。
どうやら上の入り口と連動しているらしく、上からは重い遮蔽音が聞こえてくる。
それと入れ替わるように転々と点く人口の光に、巨大なモニター俺たちの前に現れた。
「「なにこれ!?」」
「驚いただろう。爺さんのコンピュータと思われる物だ」
実際はなんだか分からないけど、うちの爺さんの物だからそんなんだろう。
あのジジイ、七十五にもなって趣味がゲーム、パソコンいじり、昼寝というニートっぷりだったからな……。
彼らは大きさのみに目を奪われていたが、実際その性能も化け物並であった。
モニターに隠れて見えないが、本体が部屋一つ分あり、メモリーが100ギガ、ハード容量200テラという化け物だ。
「これで、映画鑑賞」
「「すげぇ!!」」
ちなみに、このことは家族にも教えてない。
っていうか、親は昔死んでいた、だから顔も合わせられない。
ちなみに、
「早く見ようよ!」
意気込む一を手で制しながらこの化け物を調べ始める。
ちなみに、八畳はあるだろうこの部屋は、殺風景でソファが一組あるだけだった。
他には良く分からない機械がごちゃごちゃしていたが、その辺は俺は気にならなかった。
今気になるのは、この化け物で見た犬と人。きっとライオンキングとギガンテスに見えるんだろうなぁ。
「っていうか、これどうやって電源つけんだろ?」
自分のパソコンとおんなじ感覚でやればいいと思っていたが、複雑にできている爺さんのコンピュータは想像以上に厄介なものだった。
「早くしろよー」
「所詮フランダースだけどな」
くそっ、言いたい放題言いやがって!えっと?この配線がこうなってるから?つーことは、電源コッチか?いやいや、爺さんはひねくれてるからきっとこっちに……。
そんな風に頑張っている俺はどうでもいいらしく、一と雀は部屋の観察を始めたようだった。
うん、暇だったら手伝って欲しいなぁ、マジで。
「すごーい!」
「よくわかんないけどね」
「っていうか、神也遅すぎない?」
「大変なんだよ、そんな事言わないの」
後ろから、一の小言が俺の背中に突き刺さる。
そんな言葉の刃を知らない振りしながら、俺は必死に電源を探す。
不意に、赤く光るボタンを見つけた。
どうやら、モニターが暗くなっていただけで、コンピュータの電源はついていたらしい。
肩をおろす俺の横に、ようやく手伝いに来たらしいアホがいた。
まぁ、そのアホは俺の想い人でもあるのだが……。
「どう?」
「電源ついてたっぽい」
「あほ」
「くっ、否定できない……」
アホにアホといわれて若干屈辱にまみれながらもマウスを取り、ブラックアウトしているモニターをつけようとした。
その時だった。
「神也!一!神也の爺さんが倒れてるぞ!」
「えっ!?」
突然の情報に耳を疑う。
爺さんが?たしかに二・三日前から見ないとは思ってはいたけれど……、昨日来たときは気づかなかったぞ?
雀のほうを向くと、確かにそこには爺さんが倒れていた。
急いでマウスを置くと、爺さんのほうへ駆け寄った。
どうやら、それと一緒にモニターもついたようだった。
そんなことは気にかからなかった、行方不明だった爺さんがなぜここにいるのかが重要だった。
だから、気づかなかった。
モニターの中でうごめく英数字に。
勝手に打ち出される俺達の名前に。
そして、打ち出されていくENTERという文字に。
「爺さん!」
腕に爺さんを抱いた瞬間、部屋は光に包まれた。
急に光りだしたモニターに目を眩まされ、不意に襲ってきた眠気に意識をさらわれ。
俺達は暗転の中、不思議な世界へ誘われた。