五:『教都動乱(三)』
「……どうして分かりました?」
ルシアの代わりに、男が平坦な口調で言葉を返した。
だが正体がバレることは予想していたのだろう、男に焦る様子はない。冷静に、しかし気を張り詰めて、リーフェイの返答を待った。
「そりゃお前、この状況で何がなんでも逃げ出さなきゃいけない、なんて人間は自ずと限られるだろ。プレイヤー―――冒険者達は優勢みたいだし、誰かを探してるみたいだったし?」
「それだけでしたら、まだ証拠が弱いですね。保身に走った誰かが逃げ出したのかもしれませんよ?」
「生憎オーディアルスの教会関係者は敬虔な教徒ばかりだ、って知ってるんでね。教皇猊下を置いて逃げる奴はいないし、皆猊下の為に命張る奴等ばっかだから」
「……その言い方では、教会の内部にお詳しい方のように聞こえますが」
「ああ、うん。一応俺も神官騎士だし」
リーフェイの言葉に、男は驚愕の表情を浮かべる。やがて喜び、怒り、困惑、何とも言えない顔つきに変わると、平坦な口調のまま言葉を返した。
「神官騎士が戦いもせず、教皇猊下よりも先に逃亡ですか……。嘆かわしい」
「俺は正規の騎士じゃなくて、冒険者からの臨時騎士なの。信仰心が薄くたって仕方ないってば」
ゲームでの設定では、神官騎士等の「公職」関係のキャラは大きく二つに分けられた。
一つは「正規雇用」されたキャラクターで、国や組織から正式に雇われた人間を指す。騎士団などの公的組織に所属するNPCがこれに値し、プレイヤーがなることはまず無かった。
もう片方は「臨時雇用」で、これは冒険者をその職業として扱う際の肩書きのようなものだった。プレイヤーが職業に就く際の扱いがこれで、実質的に他の冒険者と変わらないくらい自由に動ける代わりに、「ミッドガルド」で頻繁にクエスト等で描かれる職業の特権、身分の格差など、そういったものの恩恵に預かることもない。
その設定はこの世界でも存在するようで、男は苦々しく顔をしかめる。
「冒険者上がり……まさかとは思いますが、貴女も下で暴れている連中の仲間ですか?」
「そうだったら今逃げ出してねぇよ。……それより、そろそろ質問させて頂いても宜しいですかね、猊下」
ピクッ、と人影が男の後ろで小さく揺れる。しばし躊躇うように男と視線を交わし、男が頷いたのを見て、一息。
意を決して教皇、ルシア・フォルベルンは口を開いた。
「……答えれば、私達を無事に逃がしてくれるかの?」
「それは貴女の答え次第ですよ、猊下。俺も突然のことに戸惑っていまして、とにかく情報が欲しいんです」
「ふん、不敬者めが。……まぁいい、質問を申せ」
そのルシアの言葉と同時に、リーフェイの首筋に当てられていた刃物の感触が消えた。振り返ると、いつの間にか男が彼女から少し離れた場所、ルシアの近くに移動している。
――教皇が質問を受け入れたから、一応警戒を解いたってとこか。
そう一人結論付け、リーフェイはルシアに問いかける。
「ではまず、冒険者が暴動を起こした理由に心当たりは?」
「それが全く無い。前日まではいつも通りじゃったからの、突然奴等がおかしくなったとしか思えん」
「おかしくなる前に何か、兆候のようなものは?例えば冒険者が苦しみだしたとか、大地が震えたとか」
「おかしくなる瞬間を見た訳ではないし、天変地異は起きとらんが―――いや待て」
ルシアは口に手を当て、何やら考える素振りを見せる。
思うところがあったのか、二言三言呟くとハッと顔を上げ、答えを続けた。
「あった、あったぞ。暴動が起きる前に、小さく地面が揺れていたわ」
「地震があった、と?」
「うむ。じゃがそう大きなものではなかったし、すぐに止んだからのう。それが原因とは思えん」
そう言ってルシアはもう一度記憶を探る、が、どうもそれ以外に思い浮かばない。
やはり分からない、と口を開きかけ、
「………………」
真剣な表情で考え込んでいるリーフェイを見て、その言葉を飲み込んだ。
リーフェイが思い出せる最後のミッドガルドをプレイしていた記憶は、ユグドラシルダンジョン―――彼女が目覚めたフィールドで狩りをしていた時の事。その狩りはとても順調にいっていて、さぁ続けようと意気込んだ瞬間、“地面が揺れた”。
そこからの記憶が、彼女にはない。
「地震、ねぇ」
十中八九、それがこの不可思議な夢、彼女がミッドガルドの世界にいたことに関係している。
だがそれが何なのか、いったい何が起きたのかすら、この場にいる誰もが分からない。それがゲーム上で「神の御遣い」と呼ばれている教皇であっても、だ。
「……本当に、心当たりはないんですね?」
願望を込めてリーフェイがもう一度問いかける、が、
「くどいの、分からんと言ったら分からん。分かりそうな奴の心当たりもない」
それをルシアがバッサリと切り捨てる。
――現時点で元の世界に戻るのは不可能、か。
未だ燻っていた未練を諦めて、リーフェイは別の問いに頭を切り替えた。
「分かりました。では次に、この世界の事についてお聞かせ願えますか?」
「……また随分と抽象的じゃのう。この世界の何じゃ、理か?」
「そうですね、とりあえず全部。歴史とか、常識とか……いや、不審がるのは分かりますがね。事情があるんです、答えてください」
訝しげな視線を向けるルシアに、リーフェイは苦笑を交えながら答える。怪しみながらも答えを返したルシアの話を聞いて、この世界―――自分が今いる場所はやはりミッドガルドなのだと、リーフェイは確信した。
世界観、歴史、国家、「ミッドガルド」のバックグラウンドとして語られているそれらの全てが、ルシアの話に当て嵌まっている。NPCはこの世界の住民として暮らし、システムとして設定された「ステータス」や「スキル」すら、この世界でも“当たり前の事”として認知されているという。
「ステータスは強さを数値化し、指標とするために編み出された点数表のようなものじゃ。スキルは魔法、技術、特殊能力、そういった『自分が出来る事』を簡単に表すために出来た組分けなのじゃが、半ばそれ自体が技の代わりと化しておる」
「ふむ……。では、ウィンドウはどうです?」
「……ウィンドウ?」
「ほら、頭の中で念じれば出てくるじゃないですか。ステータスやスキルを一覧に表せるあれですよ、あれ」
「すまんが、全く分からんの。そんな便利なものは存在せんし、話すら聞いたこともない」
そう言ったルシアの顔は心底不思議そうで、嘘を吐いている様ではない。不審に思ったリーフェイが自身のステータスを開示しても、ルシアや男はそれに気づくこともなく、ただ首を傾げるばかりだった。
リンはそれを認識していたことを考えると、ウィンドウはゲームと同じくNPCには扱えない、「プレイヤー」のみの特権なのだろうか。
――だとすれば、これは使える。
プレイヤーにしか出来ないことがあるなら、この世界でプレイヤーとそれ以外を見分ける手段があるということだ。
リーフェイは質問を続けようと口を開き―――視界に捉えた小さな人影を見て、それを止める。
「っと、そろそろ門に着きます。待たせている奴がいますので、猊下達をお連れするかどうかは彼女との相談次第になりますが」
「……真に薄情な輩じゃのう、お主。質問には正直に答えたぞ?」
「と言われても、そちらの男がいいと言った事ですし。彼女との約束もありますんで、俺の一存じゃどうにも」
「しかし、私は教皇―――」
「教皇だろうが冒険者だろうが関係ないです。先約は先約、それだけですよ」
ルシアが何かを反論する前に、リーフェイは白狼を屋根上から跳躍、門の前に着地させてリンの前へと降り立つ。
杖と壁に体重を預け待っていた彼女は、白狼から飛び降りたリーフェイの姿を見ると凛と背筋を伸ばし、トタトタと彼女に駆け寄った。
「……大丈夫、だった?」
「大丈夫大丈夫、問題ない。十分かからなかったろ?」
「うん。……えと、それで」
チラチラと、男とルシアへ探るような眼を向けるリン。
訝しげ―――と言うよりも、警戒するような視線。リーフェイはそれに気づき、「ああ」と一拍置いて二人に顔を向けた。
「あの二人は、俺達にクエストを持ちかけてきたんだよ」
「……クエスト?」
「そう、護衛クエスト。『教皇猊下とお付きの男を守れ』、だとさ」
「教皇?……オーディアルス教の?」
「そして神聖アルトリア教国の元首、プレイヤー達が探してる尋ね人、な」
そう言って二人を見るリーフェイの顔からは、『面倒だ』という気持ちがありありと見てとれる。やりたくない、と言うよりやった際に降りかかる影響を懸念するように、小さく「どうする?」と付け加えた。
メリットは、ある。これを機に上手く立ち回ればこの世界での保護、身の安全を確保出来るかもしれないし、国と教会組織の最高権力者ともなればそれこそ絶大なコネクションを得られるだろう。だがそれ以上に、考えられるデメリットが大きすぎる。権力者と関わるということは、ゲームや物語のように単純には考えられないのだ。
教皇というう存在は、大きい。大きすぎるが故に、余計な影響を勝手に及ぼす恐れがあった。
「……教都は多分、プレイヤー達の手に落ちる。首都を取られたアルトリアがどう動くかは知らんが、間違いなく面倒な事態に発展するだろうよ」
「……巻き込まれるの、嫌?」
「嫌だね。お前はどうだ、この世界に来てまで面倒事に足を突っ込みたいか?」
リーフェイの問いに、リンは少し悩むような素振りを見せる。が、すぐに彼女へ向き直ると、
「嫌。自由に動ける方が、色々、便利」
そうキッパリと告げた。
リーフェイは意地の悪い笑みを浮かべて手を一拍、話は終わったとばかりにルシアと男へ向き直るとあくまで残念そうに、大きな声で二人に話しかける。
「という訳です、申し訳ありませんが護衛の話はなかったことに!本当にすいませんね、こちらにもこちらの事情がありまして……」
「なっ!?」
「……」
驚きとも怒りともつかぬ声を張り上げたルシアとは対称的に、男は平然とリーフェイの言葉を聞き、頷いてそのまま一礼。怒りの言葉をぶつけようとするルシアを手で制すと、礼の言葉でもってリーフェイに答えた。
「街外への脱出の御協力、真にありがとう御座いました。猊下の御身を救う手助けをしていただいた事、このアイゼン・リーデルが教会を代表して感謝します」
「いいって、強制的に助けさせられただけだろうが。報酬はいらねぇからさっさとどっか行け、そんであんまり俺達と関わるな」
「ぶ、ぶ、無礼者め!なんと破廉恥な、仮にも神官騎士ともあろう者がこの私に対してそのような口を―――」
「はい、承知しておりますよ。それでは猊下、一先ず近隣の教会へと向かいましょうか」
アイゼンと名乗った男はそう言うが早いか、怒り狂うルシアの口元を押さえつつ抱え上げ、ぎゃあぎゃあと暴れる少女―――教皇ルシア・フォルベルンを何とか宥めながら、教都から伸びる街道に沿って歩き出した。
リーフェイの記憶では、オーディアルスから伸びる大きな街道を辿っていくと小さな村に辿り着く。そこは小さいながらも拠点として利用出来る最低限の設備、商店や教会等の各種建物が揃っていて、道中に出現する魔物も大したことないものが殆どであり、初心者御用達の拠点としてミッドガルドではそれなりに知られている。
――そこに行くっていうなら、問題はなさそうだな。
小さくなっていく二人の姿を見送りながら、リーフェイは多少感じていた心配を頭の隅に追いやると一転、リンに向かい合う。そして「さて」と前置き、気楽そうに彼女へ問いかけた。
「とりあえず、これからどうしよっか。行く宛とかある?」
「……特に、ない」
「え、ホントに?世話になったギルドとか、よくつるんだ友人とかは?」
「ずっとソロプレイ、だった、し。……そう言うリーフェイ、は?」
「俺か?そうだな、無い訳じゃないけど……連絡のつけようがない以上、どうしようもない奴等ばっかだな」
自身の友人の面々を思い浮かべて、リーフェイは思わず苦笑する。
神官騎士という差別されがちな職業でも、ネカマという嫌悪の対象となる人間であっても、構わずに絡んできた彼等。リーフェイと同程度のレベルの者も、それより高い者も低い者もいたが、皆総じて楽しそうにミッドガルドを遊んでいたのだ。
もしこの世界にいるとすれば確実にこの状況を楽しんでいるであろう彼等を思うと、彼女は想像した光景につい笑みを漏らした。
「……リーフェイ?」
「ん……あ、ごめんごめん。何でもない」
リーフェイはハッと我に帰ると、誤魔化すように咳払いを一つ。中断していた先程の問いに、答えを返した。
「とりあえず、俺にも今のとこ宛はないな。適当な街に行って情報収集、ってのがいいと思うんだけど」
「……?」
「ほら、元の世界に戻る方法とか、一応調べといた方がいいだろ。お前が戻りたくないならそれもいいけどさ、俺はやっぱり戻りたい訳で」
「……ああ。ネカマ、だから?」
「そうそう……ってあれ、お前に教えたっけ?」
驚くリーフェイに、リンは小さな微笑みを向けて曰く、
「バレバレ。仕草も、口調も、考え方も、全部男のまま。……どう見ても怪しい」
そういう事だとのこと。
「……怪しいかね、俺」
「怪しい。せめて人目につく場所、では、女の子のふりした方が、いい」
貴女が言う面倒事にならないためにも、と付け加えてリンは口を閉じ、リーフェイの返事を待つ。
――確かに変だよなぁ、まあ。
アイゼンにも言われていたことではあるが、男口調で喋る女性というのは普通ではない。故に純粋な興味、あるいは奇異の目を持たれることは珍しくないだろう。そしてそれが余計なことに繋がらない、という保証は何処にもないのだ。
リーフェイもそれは分かっているが、女のふりをしろ、というのは何とも言えない抵抗感を禁じ得ない。特にチャットのみだったゲームとは違い、今現在では自分自身で演じる必要があるというのだから、尚更だ。
「そりゃあ分かるけどさ……。やっぱいざやるとなると、何て言うか、凄い恥ずかしいって言うか」
「……女の子言葉、出来ないんだ」
「出来ないんじゃなくてさ、なんかやりたくない、みたいな」
「出来ないんだ」
「……いや、だから」
「出来ないんだ」
「……」
「出来な―――」
「ああもう!分かったわよ、こういう口調で話せばいいんでしょ!これで満足!?」
やけくそ気味に大声を上げるリーフェイに、リンは拍手と共に悪戯が成功した子供のような笑みを送る。
はぁ、と心底気疲れした溜め息を一つ吐いて、リーフェイは会話の話題を戻した。
「……それで、次に行く所だけど。俺、じゃなかった、私としては交易都市グラーフがいいと思うんだけど、どうかしら」
「グラーフ……ヨハネス共和国の?」
「そう。人が集まる所には情報も集まるし、場所もそう遠くないはずだから歩きでも行けるしな―――行けるしね、デメリットはあまりないわ」
「……そこは大丈夫、かな、治安」
「暴動が起きたか、って話なら知らん、ゴホン、分からないわよ。でもじっとしてるよりは生産的だし、ヤバイことになってたら逃げればいいだけでしょ?」
「……」
リンはじっと、静かに考え込む。熟考、と形容しても過言ではないそれは、周囲の情報をシャットダウンするかのように目を閉じ、思考を巡らせている。
やがてゆっくりと顔を上げ、その顔に微笑を浮かべて小さく、首を縦に振った。
「よーし、決まりね。グラーフまではこの道を道なりに行って、途中の分岐路を右に曲がれば行けるわ。時間もかかるしさっさと行くわよ、ほら!」
そう言って、リーフェイは大きな街道から横に枝分かれした道の一本を指差し、その道に向けてテクテク歩き出す。
リンも続いて彼女の後を追い、隣に並ぶと歩調を合わせて二人一緒、多少急ぎ足でグラーフへの旅路を歩いた。
「……あ、そうだ」
「ん?」
「私と二人だけの時は、男言葉にしても問題、無いと思う」
「………………先に言えよ」




