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四:『教都動乱(二)』

「―――っと、こりゃいかん」


 数分程騒乱の中を走った頃だろうか、目的地である騎士寮を目の前にして突然、リーフェイは足を止めた。

 暴れているプレイヤーの中に紛れ込めたのか、ここまでは運良く面倒に巻き込まれず辿り着いたが、どうもそうはいかないらしい。リーフェイはそっと物陰に隠れて、騎士寮の隣の教会に群がるプレイヤー達、そしてそれに向かい合う騎士達と司教の様子を眺める。


「教皇を出せ!出さねば力ずくで押し通るぞ!」

「猊下はお主ら野蛮な輩にはお会いにならぬ!剣を振り回そうが無駄だ、大人しく出直すのだな」

「貴様……ッ!おいお前ら、やっちまうぞ!」

「神官騎士隊前へ!冒険者共を押し返せ!」


 双方の号令に合わせて、騎士とプレイヤーが激突した。

 教会を守護する役目を持った神官騎士(非プレイヤー)達は、他のNPCよりも格段に高いレベルを誇る。平均300レベル、最高450レベルというプレイヤーでも中の上クラスに位置する彼等はまさしく精鋭で、プレイヤー達の猛攻にも対抗出来ていた。が、


「……駄目だな、ありゃ」


 プレイヤーがそれを知らない訳もなく、教会を囲むプレイヤー達は殆どが騎士隊よりも高レベルの人達のようだった。それでもリーフェイのようなプレイヤーである神官騎士が騎士隊にいたら分からないが、見たところいるようには思えない。

 徐々に、徐々にと、騎士達は教会の内部へ押し込まれている。


「何としてでも死守しろ!教皇猊下を危険に晒す訳にはいかん!」


 騎士の後方にいる司教が必死に声を張り上げようが、彼等の劣勢は変わらない。やがて、騎士もプレイヤーも教会の建物の中に消えて―――様々な悲鳴が響き渡った。


「……御愁傷様」


 南無、と合掌を一つ。惨状が繰り広げられているであろう教会を横目に、リーフェイは周囲に誰もいなくなった騎士寮へと歩を進めた。

 騎士寮はいかにも中世の建物といった外見で、内部もそれに似合った装飾となっている。いつもならNPCやプレイヤーを少なからず見受けられる騎士寮も、さすがにこの騒ぎでは人っ子一人いない。

 コツ、コツ、と静まり返った内部に靴音が響き、


「リーフェイ、リーフェイっと……ん、ここか」


 やがて「リーフェイ」と書かれた扉の前で、その音が止んだ。

 ――ホームは、ちゃんとあったのか。

 扉を開け、ゲーム上の部屋と全く変わらないホームの中を眺めながら、リーフェイは心の中でごちる。

 ホームがあるということは、ゲーム内であったものは基本的に全て存在するのだろうか。プレイヤーとしてゲーム内で積み上げた実績―――クエストやイベントのクリア実績など、そういったものもこの世界ではちゃんと存在するのかもしれない。

 それは少々、いや、かなりまずい。


「クエストって、かなりヤバイことに足突っ込むやつもあったもんなぁ……。余計な心配かもしれないけど、さ」


 MMORPGでは当たり前の事だが、クエストは全プレイヤー共通のものを受ける。リーフェイ以外に多数のプレイヤーがこの世界にいる以上、矛盾が起きるような事態にはならない、はずだ。

 とりあえず目の前の問題を片付けようと、リーフェイは部屋の中の一際大きな箱、巨大なアイテムボックスを開けた。そしてその中をゴソゴソ漁り、必要な物だけを選り分けてゆく。


「大事な武器と防具に、回復薬、素材は貴重なものだけ持ってくとして……うーん、食料品も持ってこうかな」


 何が起きるか分からない以上、腰から提げた袋の容量限界までアイテムを詰め込む。やはりこの袋はアイテムボックス代わりなのだろう、とても入りきらないはずの量がスッポリ入っていった。

 パンパンに膨れ上がった袋、それに反比例して中がスカスカになったアイテムボックスを見比べつつ、取り残した物がないか何回も確認。準備万端であることを再度確認し、リーフェイはアイテムボックスの蓋を閉める。そして部屋を出ようとして、


「……」


 ふと、立ち止まった。

 振り返って部屋の内装を眺めると、そこにはいつもの、彼女が利用していたホームがある。ゲームで少なくない時間を過ごし、数えきれない程利用し、時々は友人も招いた、このホーム。

 リーフェイにとって、ミッドガルドでの大切な思い出の場所。


「……行ってきます」


 願わくは、もう一度ここに戻ってこれますように。

 そんな願いを込めながら、リーフェイは部屋の扉を閉めた。






「―――サモンフェンリル」


 騎士寮から出た直後、リーフェイは誰かに気づかれない内にスキルを唱えた。

 彼女の最大MPの殆どを使用するそのスキルは、名前の通りフェンリル―――によく似た巨大な狼を召喚するもので、それに騎乗して移動や戦闘も出来る、神官騎士プレイヤーの御用達スキルである。フェンリルを使役出来るのは約五分と大して長くはないが、それでも戦闘時、あるいは急ぐ必要がある場合にはかなり役に立った。

 騎士寮に向かう時は目立ちたくなかったためリーフェイは使わなかったが、後は逃げるだけである現在、これを使わない手はない。

 リーフェイは何処からともなく現れた白狼に跨がると、門の所へ向かうよう頭の中で念じる。するとそれを理解したのか、白狼はその場で勢い良く隣の教会の屋根に跳び移り、


「グルガァァァァァッ!!」


 その巨体に見合った鳴き声を上げながら建物の屋根から屋根へと跳躍、教都の空を駆け回った。


「な、何だっ!?」


 それを見たプレイヤーの何人かは驚愕の表情を浮かべ、反射的に頭上を飛び越える白狼に矢や魔法を射かける。しかしその殆どは白狼の硬質な毛に弾かれ、白狼の行軍を止めるには至らなかった。

 ――フェンリルには、近接攻撃じゃないと意味がないんだよ。

 知識不足なプレイヤー達が狼狽する様子を見て、リーフェイは嘲るような笑みを浮かべる。

 神官騎士のスキル「サモンフェンリル」で呼び出す狼の特性の一つとして、魔法攻撃や遠距離攻撃が効かないというものがある。これはあくまで狼自身に適用されるもので、近接物理攻撃をくらって狼に設定されたHPが無くなってしまえば狼は消えてしまうし、騎乗しているプレイヤーには普通に魔法攻撃も遠距離攻撃も通るというオマケ程度な特性ではあったが、長いことプレイしている者ならばある程度知っている情報だった。

 ならば近くに寄って攻撃する者がいるのか、と言えばそうではなく。


「うわ、すっげー」

「……おい、何だあれ?」

「騎乗スキルだろ。誰か暴れてんのさ、俺達には関係ねぇよ」


 殆どのプレイヤーは屋根を駆ける白狼を遠巻きに眺めるか、放置を決め込んでいた。

 未だ動乱が継続中である、というのもリーフェイにとってプラスに働き、結果として彼女達に関心を払う者は少なかったのだ。


「……これなら、行きもフェンリルでよかったかな」


 城壁の門が見えてきた頃、ふとリーフェイは胸を撫で下ろして、



「―――動かないでください」



 突然首筋に感じたヒヤリとする感触に、身を強張らせた。


「なっ……!」

「ご心配なく、言う通りにしていただければ危害は加えません。……ああ、振り返らないでください。私の後ろには高貴な方がいらっしゃるのです」


 そう言ってリーフェイの首に刃物を当てているのは、声からすると青年の男だろうか、リーフェイからでは何も確認出来ない。男が後ろにいると言った人物も同様で、彼女がその姿を確認することは出来なかった。

 力ずくで見ようと思えば十分可能だろうが、その場合後ろの二人組は最悪振り落とすことになる。それはさすがに忍びない。

 ――ああもう、面倒なことに巻き込まれたもんだ。

 心の中で溜め息を吐いて、リーフェイは男に問いかけた。


「……いつの間に?」

「実は教会の屋根に登った瞬間、この狼に掴まらせてもらいました。登るのに手間取りまして、貴女の後ろに来たのは先程ですが」

「へぇ、随分身体能力が高いんだな。プレイヤーか?」

「ぷれいやー?我々の正体についてでしたら、高貴な御方とその護衛、とお考えを」

「プレイヤーじゃない……なら、NPCか。驚いた、やっぱこの世界じゃNPCも本物の人間なんだな」

「は……?」


 困惑する男に、リーフェイは『気にするな』と手を振って答えた。


「……随分と変わった方のようですね、貴女は」

「そうか?高速で走る狼に飛び乗って、それに乗ってる奴を脅迫する奴よりはマシだと思うんだがな」

「何分急を要したので、謝罪はまた後程にさせていただきます。……それに、女性の身で男言葉で話す貴女に比べれば、私などは変とは申せませんよ」

「………………事情があるんだよ、事情が」


 実はネカマで元の世界では男だった、なんてNPCに言っても分かるまい。

 第一リーフェイ自身、今の自分が女の身体だという自覚は限りなく薄い。だから今までもいつもの口調、男口調で話していたし、女言葉を使う気にもならなかったのだ。

 ――まだこの現実を受け入れきれてない、ってことなんだろうなぁ。

 今更ながら感じてきた身体の違和感を必死に振り払いつつ、リーフェイは言葉を続けた。


「俺―――コホン、私の口調は関係ないでしょ?とにかく要求は何、それを聞かせてちょうだい」

「おお、ちゃんと女性の言葉でも喋れるんですね。驚きました」

「ははは、振り落とすぞ」

「冗談です。……要求は、我々二人をこの街の外まで送り届けること。出来れば近隣の街まで、この国の街なら何処でも構いません」

「この狼に乗せてけ、っていう話なら無理。そろそろ制限時間が切れるから、乗れるのは門のとこまでだ」

「でしたら少なくとも何処かの人里まで、護衛をお願いします。謝礼は用意しておりますよ」

「……お前―――」


 それは、もはや脅迫ではない。

 刃物は相変わらずリーフェイの首に当てられているが、それは依頼の拘束力としてはあまりに弱かった。ここでリーフェイが頷いたとしても、彼女が約束を反故にしない確約がない。

 つまりこれは頼み事で、しかも切羽詰まった上での、藁にもすがっている人間の台詞だ。

 なら、この状況で、どんな手段を使ってでも脱出しなければいけない人間は誰か。


「……」

「どうです?」

「……門に人を待たせてある。そいつの返事次第だけど、それでいいなら」

「ありがとうございます。では、謝礼の件ですが―――」

「それはいい。代わりに聞きたいことがあるんだが、それに正直に答えてくれ」

「は?分かりました、私でしたら何なりと」

「いや、違う。お前じゃない」






「―――質問に答えていただけますか、教皇猊下?」


 男の後ろの人影―――ルシア・フォルベルンは、その身を小さく震わせた。




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