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三:『教都動乱(一)』

 オーディアルス教。

 ミッドガルドの殆どの国で信仰されるその宗教は、現実世界で北欧神話と呼ばれる神話の神々を信仰する、教皇をトップとした教会組織である。教団の名を取って名付けた教都オーディアルスに本拠を構え、そこを中心とした国家「神聖アルトリア教国」は、教会が治める国家として世界中に知れ渡っていた。

 四大国の一つであるこの国家が国を保っていられるのは、軍事力でも法制でもなく、ただ教会の直接統治下にあるという“不可侵性”にある。

 少なくとも教皇―――第五十二代教皇ルシア・フォルベルン自身は、そう考えていた。


「猊下!一大事で御座います、猊下!」


 執務室の中に、一人の男性が血相を変えて飛び込んできた。男は教皇の前にかしづくと、頭を下げて教皇の言葉を待つ。

 教皇、ルシアは今しがたまで書類に走らせていたペンを置き、その男に返答した。


「……騒がしいのぅ、何事じゃ」

「はっ!教都の冒険者共が一斉に騒ぎだし、その一部が暴徒化しております!」

「ならば警備兵を回せ。止めぬなら認可を取り消す、と言えば収まるじゃろう」


 冒険者プレイヤーは行ったことのない国に入る場合、冒険者としての認可をその国から受ける必要がある。ゲームで「認可クエスト」と呼ばれるのがそれで、プレイヤーはそのクエストをクリアしなければ、その国に入ることすら出来ない。そして認可は永久ではなく、その国のトップ(ゲーム内では運営)が『この冒険者は自国にとって不利益になる』と判断した場合、制裁として認可を取り消すことがあるのだ。

 そうなった場合その冒険者は二度と認可を貰えず、再び国内に立ち入ることは出来ない。その仕組みがあるおかげで、冒険者達は常にある程度の節度を守っていたと言えよう。しかし、


「それが……冒険者共は警備兵の警告や制止を聞かず、それどころか兵を返り討ちにしてしまったとのことで」

「な―――ッ!?」


 容易くその一線が踏み越えられたことを知り、ルシアは驚愕した。

 警備兵を攻撃するということはその都市、その国に喧嘩を売ったのと同義だ。認可の取り消しも考えると、冒険者がとる行動としてはあまりに考えられない。メリットデメリットの問題ではない、選択肢として上がること自体があり得ないのだ。

 何よりここは教都オーディアルス、つまりオーディアルス教の聖地かつ本拠であり、問題を起こそうと思う者はそうそういないだろう。

 ――ならば、裏に煽動した輩がいるのだろうか。

 そう予測をつけたルシアの耳に、再び男から目を見開くような情報が入る。


「そ、それで、ですね。暴徒の一部が教会や神殿に群がり、神官騎士隊が必死に防いでるのですが……」

「……持ちそうにない、か?」

「……はい、猊下」


 教会を襲う。それはルシアの知っている冒険者達なら、絶対にやらない行為だった。

 いや、もしかしたら冒険者と名乗っているだけで、本当は他国の工作員か何かなのかもしれない。だがそうだとしても、大抵あり得る事態ではなかった。神聖アルトリア教国に手を出すということがどういう事か、理解出来ない国は存在しない。

 ならば、どちらでもないならば……教会に迫っているのは“誰”なのか。教会という不可侵に土足で踏み入ろうとするのは、どんな人間なのか。


「いったい……いったい、何が起きているというのだ……」


 ルシアの声に答える者はまだ、ない。













「じゃあ、お前もあの騒ぎから逃げ出してきたのか?」


 自身に群がる魔物―――ウルフを手に持った剣で斬り裂きながら、リーフェイは傍らで魔法を唱える少女に尋ねる。

 少女、リンは小さく頷くと、唱え終わった魔法を遠くのウルフに向けて放った。


「……あのまま街にいたら、巻き込まれそうだった、し。それより、冷静なあなたといた方が、いい」

「巻き込まれるって、パニックに?」


 リンの魔法で黒こげになったウルフを横目に見つつ、リーフェイが言葉を返す。すると再び頷いたリンは、街の方を指差しながら小さく、剣を振るい続ける女騎士に答えた。


「騒ぎの中に、煽動してる人、いた。このままだと、もっと、ひどくなる」

「煽動って……ハハッ、そんなのに流される訳ないだろ、常識的に考えて」

「……パニックになってる人達は、簡単に暴走する。その方向を導くのは、とっても、簡単」

「……」

「例えばプレイヤーの優位を教えて、NPCを攻撃させる、とか。下手をすれば、反乱、かも」

「……マジか」

「……可能性の、問題。でも自分がこの世界で強いって分かったら、みんな、力、使うはず」


 リーフェイは、思わず顔をしかめた。もしそれが本当なら、騒ぎから逃げ出して解決を待っている彼女の行動は裏目だ。酷くなった騒ぎを誰かが収めるまで、彼女達はオーディアルスに入れない。そしてその解決にかなりの時間がかかりそうだ、ということは容易に分かる。

 いや、それならまだいいのかもしれない。もし騒ぎを誰も押さえられず、プレイヤー達が暴徒と化したら。ミッドガルドをプレイしていた熟練者達とも言える彼等が、教都で暴れまわったらどうなるか。最悪彼女が生活の拠点としていた都市が、利用出来なくなるかもしれない。

 それは彼女にとって、出来る限り避けたいことだった。


「……“この世界”について何も分かってない以上、腰を落ち着けられる場所は必要だしなぁ」


 MMORPG「ミッドガルド」に酷似しているとはいえ、ここがどんな世界なのかも分かっていない。本当にミッドガルドのままなのか?ゲームの中に入り込んだだけなのか?ミッドガルドに似ているだけで、ここは全くの異世界なのか?現時点では答えようのない疑問がいくつも浮かんでは消え、彼女を悩ませる。

 袋小路に入り込みかけた思考をパッパッと払い、リーフェイはもうウルフが近くにいないことを見ると剣を納め、教都を顎で指した。


「じゃ、とりあえず騒ぎを止めに行くか。教都が壊滅しても寝覚めが悪いしな」

「……さすがにそこまではいかないと思う、けど。でも、行くなら早い方が、いい」

「よし、決まりだ。一緒に?」

「行く」


 二人はコクン、と頷きあうと身を翻し、教都から来た道を引き返すために、一歩、




「ぎゃああああああっ!?」




 踏み出しかけた瞬間、耳をつんざくような悲鳴が辺りに響いた。


「お、おい、今の悲鳴……」

「……ッ、教都の方、から!」


 そう言うが早いか、二人共に教都へと全力で駆け出す。途中にいた魔物にも目をくれず、煙も上がり始めた教都目指して必死に走った。

 フィールドを駆け、門をくぐり、石で鋪装された道を駆けて街中に向かう。すると聞こえてきたのは、逃げまどう人々―――都市の住民(NPC)だろうか―――の悲鳴、騎士らしき人物とプレイヤー達が剣を交える剣戟、叫びを上げる兵士達の怒声。プレイヤー達がまるで魔物を狩るように攻撃を加え、都市の人々を襲っているのが見えた。


「……何だよ、これ」


 目の前に広がる光景に、思わずそう呟くリーフェイ。信じられないのか、呆然とした様子で惨劇を見つめている。


「プレイヤーが、街、襲ってる」

「いや、それは分かる、分かるんだけど……。どうしてこうなった?」

「……多分、私の想像通り、かも」


 リンは暴動の中心、街の広場の辺りで一際声を張り上げている集団を指差した。

 重装騎士(戦士系の職業の一つ)の男を中心に、四、五人の男女が周囲に何かを伝えている。それが何かは周囲の騒ぎに消されて聞こえないが、男の声に合わせてプレイヤー達が行動しているところを見ると、何かしらの指示を男が飛ばしているらしい。

 ――煽動してるって奴は、あいつらか。

 リーフェイが見た感じでは成程、人の中心に似合いそうな偉丈夫である。その雰囲気でもってパニックを収め、プレイヤー達を統率、暴動を唆したのだろうか。


「とりあえず……んー、こりゃどうすっかな。街の警備兵も役に立ってないみたいだし、二人でこの暴動を止めるのは―――」

「無理。相手の数、多すぎ」

「……だよなぁ」


 口で説得出来る状態ならまだ何とかなるかもしれないが、暴動ともなると力ずくで抑え込むしか方法がない。いくらリーフェイとリンが高レベルと言っても、一対多で長時間立ち回れる程の強さはないのだ。

 もし玉砕覚悟で突っ込んだとしても数分、いや十分集団の動きを止められればいい方で、結局は数の暴力に飲み込まれて終わるだろう。死んだらどうなるか分からない今、無闇な行動はとれない。

 実際問題、二人がとれる手段など幾つもなかった。


「―――よしっ」


 パンッ、と自らの掌と掌を合わせ、リーフェイは自身にスキルをかけた。

 フェンリルズレッグ―――自分の移動速度を十数分間上昇させるスキルで、スキルを使ったリーフェイの脚部が青白い光を帯びているのが分かる。

 それを確認した彼女はリンに顔を向け、城壁の門を指差しながら言葉を続けた。


「俺はこれからあの集団を突っ切ってホームに戻り、どうしても大事なアイテムを回収してくる。もし待つつもりなら、門のところで十分だけ待っててくれ」

「ん。……それが終わったら、次は?」

「とりあえず、逃げる。暴動がどうなるにしろ教都に留まるのは得策じゃないし、別に他の街や国に行っても問題はないしな」


 行く宛がある訳じゃないが、と付け足してリーフェイは背を向ける。


「それじゃ―――GO!」


 その言葉と同時に踏み出したリーフェイは、数秒も経たぬ内に騒ぎの向こうへ姿を消した。





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