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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

かつてパーティを組んでいた俺と親友とその妹は、もうあの頃に戻れない

作者: はぢてる
掲載日:2026/10/04

短編です。こういうのはあんま書きたくない。

「カイル、依頼がある」


 冒険者ギルドに顔を出して早々、ギルマスに声をかけられた。


「明日じゃ駄目か?今、オーク狩りから帰ってきたばかりなんだ」


 疲労から思わず不満が声に滲んでいた。

 人里に帰ってくるのは一週間ぶりだった。疲労も勿論だが、装備の損耗も激しい。


「お前のためだ」


 その時、俺は初めていつもは笑みを絶やさぬこの中年男がひどく神妙な顔をしていることに気が付いた。

 黒光りしたタコみたいな禿頭で人から怖がられることの多いこの男なりの世渡り術のようなもので、あるとないとでは印象がまるで異なる。


「…分かった。聞こう」


 内密な話だと言うのでギルドの奥にある執務室に通される。

 秘書に人払いを頼んで扉が閉じられると、彼は俺の方へ一枚の手配書を差し出してきた。

 人相書きを見て、俺は息を呑んだ。はずみで掴んだ紙の端がくしゃりと音を立てる。


「今朝方来たばかりだ。まだ掲示板には張り出していない」

「アラン…」


 多少髪型が整っていたり、顎髭が伸びていたりと別れてからの年月の重さが見て取れたものの、人相書きに描かれているのは確かにかつての親友だった。

 左目に入った斜めの傷跡もあるので間違いない。

「アラン・バンクス」と手配書には名が記されていた。


「姓を授かったようだな」


 ギルマスが言った。ギルマスもまだ現役だった頃にアランと会っている。というか、俺達に冒険者のいろはを教えてくれたのは他でもないこの人だ。

 罪状は「殺人未遂」と記されていた。


「一体誰を…」


 未遂にしては「生死を問わず」などと物々しい文言が並んでいる。手配書も通常の依頼書より上質で、依頼主が王都のギルドか高貴な人物であることを窺わせる。


 ギルマスが手元にあった別紙の内容を確認しながら。

「公爵とその子息だ」


 がつん、と頭を打たれるような感覚があった。


「公爵…!?」


 少なくとも自分のようなしがない冒険者には雲の上の存在だ。そんな大人物を狙うとは、アランの奴も何を考えていたのか…。


「ウチの次に王都から近いギルドにもこの手配書が明日にも届くはずだろう。今日のうちならまだお前だけだ」

 

 ギルマスとして冒険者に依頼を斡旋するなど優遇するのはあまり褒められた行いではないが、こればかりは有難い。


「……わかった。すぐに出る」


*****


 アランと俺は同じ村で生まれ育った幼馴染だった。

 幼い頃に戦火で両親を失った俺は、その友人だったアランの両親によって育てられた。父親のケヴィンは魔物との負傷を機に引退した元王都の騎士で、母親のクラリスはその現役時代に何度か共闘したという魔法使いの冒険者だった。


 俺達は二人が話す冒険譚が大好きだった。

 いつしか俺達は自分たちもいつか冒険者になることを夢見るようになっていた。


 おじさんから剣や弓矢の手解きを受け、おばさんからは魔法を。

 暇を見つけては鍛錬に精を出した。


 二人はそんな俺達を見て少し寂しそうな顔をすることがあったものの、決して反対はしなかった。

 

 村を出たのは十三の時だった。

 おばさんが病に罹り、彼女のために薬草を取りに森へ入った父親が魔物に襲われ重傷を負った。薬草を持ち帰って煎じ飲ませることには成功したものの、おばさんは隣のベッドでおじさんを見送ると、自分も後を追うように翌日息を引き取った。


 自分達に何かあった際にと生前渡されていた袋の中には、二人が作物を売って得る利益から少しずつ貯めていた貯金や、俺達のために中古の道具屋で購入したと思しき装備一式に、冒険者として最低限の心得を記した薄い手書きの冊子などが入っていた。


 家を焼きその跡に両親の墓を作って村を出た俺達は、一週間ほど街道を歩いた先にある王都にほど近い街に辿り着き、そこに冒険者ギルドの門を開いた。

 冒険者になれるのは十四歳からだと知った時は愕然としたが、それにより当時まだ現役だった現在のギルマスからみっちりしごかれたおかげで、晴れて冒険者になってからは瞬く間にランクを駆け上がれたことを考えると僥倖だったと言わざるを得ない。

 

 十八を迎える頃にはA級冒険者資格を獲得し、引退したギルマスに代わりギルドのトップパーティとして名を馳せていた俺達は、他のギルドから依頼を受けて遠征することも増えていた。ちょっとした有名人になっていた。


 騎士にならないかと誘われたのは、騎士団と共同で魔物の集団を討伐した帰りのことだった。

「君の実力であれば王都で十分活躍できるだろう。待遇も今よりずっと良くなる」とはアランの活躍を目の当たりにした団長の言葉。


「俺はこの話を受けようと思う」


 ギルドに帰ってきて数日後、アランが言った。

 その手には騎士団長から渡された推薦状が握られていた。


「…そうか」


 推薦状はアランにだけ渡されていた。


 翌日、パーティを正式に解散し、アランは王都に旅立った。

 以来、俺はソロで依頼をこなすようになった。


*****


 ギルマスによると王都から逃亡したアランはそこから西に位置する森の中に逃げ込んだということだった。


 昔、まだパーティを組んでいた頃にそこで一緒にゴブリンの殲滅依頼を受けたことがあった。

 巣があった洞窟。あれを覚えていれば身を隠すにはうってつけと言えるだろう。


 ギルドから宿に戻り、最低限の食料と予備の装備を取りに帰らねば。ポーションは補充する必要がある。薬草はまだ余裕があるな。あと、刃毀れしている剣と替えの矢……。


「俺は……」


 アランに会って、何をするつもりなんだ。

 逃がすのか。

 殺すのか。


「……とにかく会ってから考えよう」


 思い直してドアノブに伸ばしかけた手が止まる。

 部屋の中から音がした。


 深呼吸を一度。扉の前からドアノブの壁際に移動し、静かに扉を開けた。部屋の中から何も飛び出してこないことを確認し、鏡で中を確認ー。


「……!」


 俺はゆっくりと開け放された扉の前に立った。


「ミサ」


 アランの妹、ミサが部屋の真ん中に立っていた。


「お久しぶりです、カイル様」


 最後に見た際は俺がプレゼントした赤茶色のローブに身を包んでいた少女は、外出用の軽装とはいえ貴族風のドレスを身に着けた立派な淑女になっていた。

 恭しくこちらに頭を下げる様子もたてについている。


「……様なんてよせ」


 喉から出た声は掠れていた。

 

 ミサは少し逡巡するように目を伏せ、それから「カイル兄さん」と言い直した。

 懐かしい響きが耳孔から胸に届き、じんわりとした温かみを巡らせた。


「久しぶりだな、ミサ」

「うん」


 化粧をしていても微笑みはかつてと変わらない。


*****


 ミサはアランの二つ違いの妹で、俺とも同じ家で生まれ育った。

 大人しく人見知りな彼女は幼い頃、どこに行くでも俺の後を追いかけてきた。

 鍛錬の時もシャツをしっかり握って離そうとしなかった。

 冒険者になった際、激しく動き回る攻撃スタイルで前衛となったアランに対し、俺が防御を優先しつつ攻撃するスタイルになったのは、ずっと背後に控えていた彼女の影響が大きい。


 母親譲りの簡単な魔法を使えた彼女は冒険者になった俺達の三人組パーティで後衛として主に回復や支援を担当した。


 さほど興味がなさそうだったし、彼女が十四歳になった当時、アランと俺は既に二人組パーティとしてそれなりにやっていけていたので、彼女は別に冒険者にならなくても良いのではないかと意見したものの、彼女は頑として俺達のパーティに加わることを譲らなかった。

 結果的に、能力的な部分のみならず気持ちの面でも彼女に助けられたことは少なくなかった。


 アランが騎士団からの誘いを受けて王都へ旅立った時、俺は彼女にもついていくよう勧めた。

 アランも妹にはついてきて欲しがっていたし、俺もアランにはミサが必要だと思った。それに何より、危険が伴う冒険者としての生活にこれ以上ミサが付き合う必要はないと思った。


 彼女はかつての両親を思わせる寂しそうな顔をしたが、最後はそれほど反対することもなくアランに伴い王都へついていった。


*****


 こんな状況でなかったらその変わりようとそれでも変わらない彼女に冗談でも飛ばしていたかも知れない。

 そう、こんな状況でさえなければ。


「アランのことだな」


 笑みを消した彼女はこく、と頷いた。

 マナーを仕込まれたのだろう、礼儀正しく体の前に重ねていた両手は微かに震えていた。

 最後に会った時よりいくらか…いや、だいぶやせ細っているようで、指に骨の輪郭が浮かんでいた。


「…全部、私のせいです」


 騎士団に迎え入れられたアランは団長の言っていた通り王都でも十分通用する実力で瞬く間に頭角を現した。立て続けに手柄を立てて騎士の位を正式に授かり、巷では剣豪などと持て囃されるようになった。


「私はお兄様……兄さんの後見人となってくれた騎士団長の屋敷に預けられ、彼の一人娘であるお嬢様の侍女として教育を受けることになりました」


 騎士団長の娘やアランに伴い社交界の場に出る機会も徐々に増え、やがてある公爵の子息に見初められた。


 一目惚れだったという彼はミサを目にした翌日にはもう彼女の素性を調べ上げ、アランや騎士団長のもとへ直談判しに行ったのだという。最初はアランも騎士団長も渋った。終いには身分の差のことも持ち出したものの、先方は折れなかった。それどころか自身と結婚すればアランも爵位に近くなると言ったらしい。


「私は正直気乗りしませんでした…けれど」


 最後はアランも納得し婚約を強く勧めるに至り、彼女はその申し入れを受け入れざるを得なかったという。


 ミサはその日から正式に結婚する準備をするため公爵の屋敷に預けられ、淑女となるべく教育を受けることになった。

 貴族の妻となるからにはかつての自分をきれいさっぱり洗い流す必要がある。

 そう言われてアランがミサに再び会うことができたのは、彼女を送り出して一年後だったという。

 

 しかし。


「最初から妾にするつもりだったようです」


 騎士団長の屋敷に送り返された妹の姿を見てアランは愕然としたという。


 公爵の子息にはミサと正式に結婚する気など毛頭なく。

 屋敷に幽閉された彼女は”淑女教育”という名の虐めを受け、奴隷のようにこきつかわれ、辱められた。

 アランに出した手紙は全て握り潰され。彼女から何の音沙汰もないことを不審に思った騎士団長の娘が知り合いの使用人に探りを入れて貰い、ようやく事態が発覚した。

 公爵に抗議したところ、捨てるように彼女は屋敷を放り出されたという。


 変わり果てたミサを見たアランは公爵の屋敷に乗り込んだ。

 すると公爵は「お前達のような田舎の貧乏人が我々貴族に目をつけられただけありがたく思え。お前だって爵位をちらつかされて妹を売ったのだから同じだろう」と言った。

 アランはその場で公爵子息の両腕を斬り落とした。だが公爵自身にはいま一歩及ばず、逃亡の身となった。


*****


「私が兄さんを止められていたら…」

「ミサのせいじゃない」


 実際、俺がアランの立場であっても同じことをしていただろう。

 腸が煮えくり返る思いだった。


「カイル兄さん…」


 ミサが消え入りそうな声で俺の名前を読んだ。


 公爵の屋敷でひどい目に遭ったせいで頬がこけ、疲労と苦悶の跡が色濃く残っていたが、見上げるその瞳は幼い頃から変わらぬ、母親譲りの吸い込まれる青空のような色をしたミサの瞳だった。

 気がつけば彼女の肩を自分の方に引き寄せていた。


「カイル兄さん、私……」


 俺の胸の中に顔を埋め、頬ずりする彼女の頭を撫でながら、俺は「大丈夫だ」と繰り返した。

 昔、彼女の両親が亡くなった時も。騎士団に誘われたアランについていくよう勧めた時も。同じようにした。


 一体何が大丈夫だというのか。

 そんなこと何一つわからないのに。

「大丈夫だ」と繰り返すと、胸の中でミサは「うん」と何度も返してくれる。

「ごめんなさい」とミサが呻くと、俺は一際強く抱きしめて「大丈夫だから」といくらでも繰り返す。

 

 それはミサと俺だけの儀式であり、何の意味もない慰めだった。


 彼女の頭を自分の方へさらに寄せて、その上に自分も頬を乗せた。


「大丈夫だ」

「うん」


 彼女の顔が上を向く。


「ごめんなさい」

「大丈夫だから」


 俺の顔は下へ。

 甘く、懐かしい臭いが鼻腔をくすぐる。鼻先と鼻先が掠めた。

 唇が重なる。

 柔らかい口を吸うと、彼女はいやいやするように少し顔を逸らしたが、強引に再び重ねると今度は応えた。


 泡沫のような口づけが終わる。


「…ここで待ってろ。俺はアランを追う」


 ゴブリンの巣は入り組んでいて簡単に見つかるような場所ではない。

 一ヶ月でも二ヶ月でも潜伏させて、追手の手が緩むのを見計らって国境まで送り届けることは難しくない筈だ。

 ミサも先行させるか?いや、その前に…。


 考えている時間が勿体ない。

 冒険者に依頼書が出ているならとっくに公爵から直々に雇われた連中やアランの所属していた騎士団が動いているに違いない。とにかくまずは奴らに先行してアランを見つけて、その後は出たとこ勝負だ。


 俺はミサの方へ向き直ると、もう一度「大丈夫だ」と言った。


「何も心配するな。俺がなんとかする」


 彼女は潤んだ瞳で俺の方を見つめ返し、安心しきったように目を細めると今一度頷く。


「…うん。兄さんをお願いします」


 俺は再度ミサの体を自分の方へ引き寄せ、もう一度口づけをした。

 

 ミサの唇が小さく震えるのがわかった。


*****


 森の入口で騎馬が嘶いていた。

 焚き火の周りに五人ほどの騎士。少し離れたところで腕に怪我をして手当を受けている者がいた。

 見覚えのある顔。

 アランの所属していたという騎士団だろう。

 俺は闇に紛れて森の中に分け入った。


 寒い。

 体が芯から冷えていた。なのに吐く息は白い。

 口元を布で覆った。機械的に足を数歩進め、周囲を見回す。


 件の洞窟にはゴブリンがまた巣を作っていないか討伐後も何度か足を運んで確認している。だが闇夜なので油断すると道を見失ってしまいそうだった。ようやく洞窟に辿り着いた時には日付を跨いでだいぶ立っていた。


 入口の前に立つと、微かに血の匂いがした。

 持ってきたカンテラに火を灯し、足を踏み入れる。

 かつて討伐の際に作った地図を道中で頭に叩き込んでいたので、最奥部に辿り着くのにさほど時間はかからなかった。森から洞窟に来るまでより容易だった。


 そしてそこに。


「アラン」


 手負いの獣みたいな臭気を放つ、かつての親友がいた。


「…カイルか」


 こちらに向けていた殺気が僅かに緩んだ気がした。


「何をしに来た」

「………」


 カンテラの灯りに照らし出されたアランは、目が落ち窪んでおり、髪はボサボサに乱れ、身につけている衣服や防具もズタズタになっていた。手配書にはなかった口ひげが無造作に生えていた。


「相変わらずだな、お前は」


 だがそういう彼の声には時の重みを感じない。

 それがまた、俺の心を底冷えさせる。


「……ミサが死んだぞ」


 アランが息を呑むのがわかった。


「喉を突いて自害した」


 俺が最低限の装備を買いに出た、僅かな時間にミサは自らの首に刃を突き立てた。帰ってきた時には既に事切れていた。

 ミサの体は今も俺の部屋のベッドに寝かされている。


「そうか」

「それだけか…!」


 ようやくアランの口からそれだけ発せられると、咄嗟に噴き出た怒りを押さえられなかった。


「俺に全てを打ち明け、最後までお前を助けたいと願いながら死んだんだぞ。他に何か言うことはないのか」

「……俺はどこまでも兄貴失格だ」


 アランは喉奥から絞り出すような声で呟く。

 しばらく俯いていてから顔を上げて問うた。


「ミサを……会いに来たミサを抱いたか」

「突然何だ」

「抱いたのか」


 俺は何も言わなかった。

 そしてアランはそれを答えと受け取った。目を伏せ「兄貴も馬鹿なら妹も、か」と自嘲気味に嗤う。


「せめて今際の際でくらい、正直になれば良かったものを」


 そう言って鞘から剣を引き抜いた。


「やるのか」


 俺も柄に手をかけると、アランも腰を低くした。


「どちらかがミサの後を追っかけてやらないと寂しいだろう」


 人見知りの癖して寂しがり屋な子だった。


 地面においたカンテラが僅かに揺れた。


 視界の隅できらりと光が走った。

 後ろに避けて躱すと、風圧が顔の横から叩きつけた。

 間髪入れずして反対側から殺気。

 今度は剣で弾いた。火花が散る刹那、獣のように歯を剥くアランと視線を交わした。

 俺の顔も醜く歪んでいただろう。


 アランの剣は速く、重く、自在だ。

 獲物を狩る冒険者の剣が、騎士団の訓練でさらに洗練されて最早踊りのようだった。

 予測がつかない。僅かな灯りと殺気だけで、ギリギリのギリギリを躱す。


 防戦一方だ。

 元々、瞬発力も爆発力も前衛を務めていたアランの方が上だった。

 騎士になったとあれば差は開きこそすれ、縮まろう筈がない。


「俺はミサを幸せにしたかった」


 闇から声がした。

 白刃。

 籠手を掠める感覚があった。


「爵位などいらなかった。あいつにもっと良い暮らしをしてほしかっただけだ」


 再びアランが潜り込んだ闇から漏れ出すような声。


「その結果がこのザマだ。ミサも……他の男の存在など気にするお前じゃなかろうに!」


 構える間もなく、右から左から剣戟が放たれる。

 シャツの脇がぱっくりと割れ、洞窟の冷たい空気が汗ばんだ肌に触れた。


「大馬鹿者だ、俺はっ」


 正面からの刺突を弾くと、がら空きになった胸にアランの足裏が叩きつけられる。そのまま押し込まれ、よろめいた。

 咄嗟に体を捻るのと同時、すぐ横に線が走った。

 バランスを崩して地面に体を打ち付ける。

 土を掴み、気配がする方向へ投げた。


「うっ」


 そのままゴロゴロと横に転がり距離を稼ぐ。


「はあ…はあ……」


 息が荒かった。

 顔を上げるとアランも肩で息をしていた。

 

 体を起こそうとすると、肩口に痛みが走った。片膝をつきながら左の二の腕を押さえると、ぬるりとしたものを指先に感じた。

 浴びた一太刀は深くないが、戦いが長引けば長引くほど尾を引きそうだった。


「次で決める」


 剣を構え直したアランから溢れ出る闘気が一気に膨れ上がった。

 

 俺は体を斜めにし、腰を大きく落とす。

 

 一対一でアランとやり合って勝てた試しはない。いつだって俺はー。

 

 アランが地面を蹴る。

 俺はそれを迎え撃つべく、全身に力を漲らせた。


 その時。

 ふと甘い匂いがした。

 抱き寄せた時の残り香か。あるいは。

 

 振り下ろされた剣と入れ違いになるよう刃を滑らせた。


 肩のプロテクターが割れ、鋭い痛みが駆け抜けた。

 堪えて。

 前のめりに倒れてきたアランの体を抱きとめる。


 剣が鈍い音を立てて地面に落ちた。


 アランの背中に手を回し、顎を肩に乗せてやる。


「そうだよな……」


 湿った呼吸が耳朶をくすぐる。


「お前の後ろには…いつも……」

「ああ」


 いつもシャツにしがみついて離れなかった。鍛錬の時も。だから守りながら戦うようになった。


「あいつは…」


 アランの体が重くなっていく。


「ミサは……お前といた時が一番幸せそうだった」


 支えきれず、一緒に膝を着いた。

 友の顔から流れているのが血なのか涙なのか、最早わからなかった。


「いつもお前の姿を目で追っていた。どこへだってついていった……。お前じゃなきゃ……駄目だったんだ」

 

 声が徐々に小さくなり、聞き取りにくくなっていく。

 微かな最期。


「俺達は二人とも大馬鹿者だ」


 俺は言った。

 表情は見えなかったが、アランが笑ったような気がした。


「カイル、お前は、どう……して………」


 それきり何も言わなくなった。


*****


 道を歩く。

 いつの間にかギルドへ戻る道とは異なる方向へ進んでいた。

 まあ、いい。どうせ公爵を生きたままバラバラにした以上、王都やその近くにはもういられない。

 

 ふと、後ろから誰かが追いかけてくる気配がした。

 彼女は俺の隣に並びー。


 その時、一際強い風が吹いた。


 それきり気配は二度と感じられなかった。

あまりに救いがないのでマシなエンディングにしたのを書いたんですが、蛇足感があってどっちが良いか自分では判断つかなかったのでそちらは「カクヨム」の方に載せました。気になる方は同じ作者名とタイトルで載せているので探してみて頂ければ幸いです。

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