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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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エストレラ・オーバーライド

作者: ダデ丸
掲載日:2026/06/24

連載準備中作品の序章のみテスト投稿版です。



 まずい。

 そう思った時には、既に全てが決していた。


 視界の右端で草が揺れ僅かに視線をそちらへ向けた刹那、左手から跳び掛かってきた走竜に動転した私は制御を誤り機体を転倒させてしまった。

 反撃する間もなく先生から借り受けた中型機(ガルド)は四肢のアクチュエータを装甲の隙間から的確に噛み切られ、無防備にその巨体を晒している。


 小規模な小型走竜の群れの駆除。

 新米狩人(アタランテ)の初仕事に相応しい簡単な任務のはずだった。

 オマケにそのサポートを()()先生が買って出てくれて、しかも本来私が乗るはずだった小型機(ヴェルグ)よりも安全だからと密閉型コクピットを持つこの中型機(ガルド)を貸してくれたのだ。


 訓練ではいつも一番だった私は、先生の機体を駆り明らかに増長していた。小型の走竜如きに遅れをとるはずがないとすら思っていた。

 だから、『動くものを見たら静止して俺を呼べ。草むらに踏み込むな』という、その教えを守らなかった。

 武器を構え、深い草むらに踏み込み、今やご覧の有り様だ。

 

 中型機(ガルド)の装甲は小型走竜の牙や爪ではそうおいそれと抜かれる事はないのだから、落ち着いて対処すれば何も問題はなかったはずだし、その訓練も受けてきた。

 しかし、その通りには出来なかった。

 経験不足と言ってしまえばそれまでだ。

 けれど、私は凡百の新人たちとは違うと根拠の無い自信を滾らせていた。

 

 発煙弾の発射ボタンをガチャガチャと連打したが、何も起こらなかった。

 それはそうだ。背部にある発射口は土に埋もれているのだから。

 度し難く愚かで、おまけに間が悪い。

 自嘲の笑みが漏れる。まるで他人事のように。

 

 私はアタランテなのだから、遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。

 思ったよりも、少し早かったけれど。


 ――ガリ、ガリ。

 ハッチから硬い金属で引っ掻くような音が聞こえる。


 スッ――と血の気が引いて後頭部を冷たいものが這い上がる。

 

 そうだ。

 奴らは知っている。

 この中に()()()()()という事を。

 竜の骨をフレームに、その生命を冒涜して造られた機械を駆り竜を狩る、忌まわしき敵がいる事を。


 狩るものと狩られるものはもはや逆転した。

 

 奴はいずれこのハッチを鋭い爪でこじ開け、私を引き摺り出すだろう。

 生きながらに四肢を裂き、腹を破り、骨まで噛み砕き――


 「や……やめっ……!! 開けないで……ッ!!」

 気づけば私は顔面からあらゆる液体を垂れ流しながら、ハッチに向けて懇願していた。


 いやだ。

 死にたくない。


 まだたったの十五年しか生きていない。

 帝都の連中みたいに綺麗に着飾って、美味しいものを食べて――そこまでは望まない。

 あったかい寝床。あったかいスープ。あったかな家。

 家族、恋。

 そんなささやかな望みすら、この世界ではおとぎ話の中でしか叶わない。


 ガンッ!!

 ハッチが歪み、出来た狭間から鋭い爪が差し込まれる。

「い……いや……」

 ギ……ギギ……。鈍い音を立ててハッチがこじ開けられ――その隙間に現れた細い瞳孔がぐるりとコクピット内を見回し、縮こまって震える人間を捉える。

 全身に悪寒が走り、私は声にならない悲鳴をあげた。

 それが事態を好転させるどころか、全くの逆効果である事を分かっていながら、だ。

 

 私の声に共鳴するように、あるいは私を屈服させるように竜が吠えた。

 それはもはや鳴き声ではない。音響の暴力だった。

 狭いコクピットの中で反響したそれは私の鼓膜と脳を揺らす。

 意識の半分を手放した私は、竜が私の上半身かすっぽり収まりそうな巨大な口でハッチをもぎ取って投げ捨てる様子を呆然と眺めていた。


 そして、無数の牙が生え並ぶ口がコクピットの中に侵入し、竜の吐いた息が生臭い風となって頬を撫でる。

 チリチリとした熱を感じる。

「火竜……!?」

 目の前で大きく開かれた口のその奥が赤熱していた。

 コクピット内の温度が急激に上昇し、肩に垂れた髪の毛先がその熱で燃えている。

 浅く早まった呼吸が肺の中を灼く。


 ああ、そうだ。

『竜は人を喰わない』

 先生から教わった事だ。

 奴らはただ、殺すためだけに人を殺す生き物だ、と。


 ずっと男の子みたいに短くしていたけど、先生に気づいて欲しくて伸ばした髪が燃えちゃった。

 結局、先生は気づいてくれなかったけど。

 今際の際に気にすることでもないだろうに、少しだけ恨めしく思う。

 

 死を前に、本能的に意識を失いかけたその時――私の視界は鮮血に染まった。


 眼前に迫っていた竜の頭は微動だにせず、顔を灼く熱気も音もなく消え失せる。

 

 生温かい血のぬるりとした感触と、外から聞こえる竜の咆哮で意識を引き戻された私は窓の外を見た。


 そこで繰り広げられていたのは、私自身には演じることができなかった()()の景色だった。


 小型の走竜と変わらぬ大きさに、解放型のコクピット。

 あれは先生の小型機(ヴェルグ)だ。

 

 小型機(ヴェルグ)が跳び掛かる走竜の爪を血に濡れた右腕のブレードで受け止める。

 火花が散り、力負けしたブレードが押し込まれたその時、刃が弧を描いて走竜を地面に叩きつけた。

 小型機(ヴェルグ)はすかさずその上に跨り、左腕でその首を掴む。

 バシュッ!!

 乾いた射出音と共に突き出した竜穿杭(りゅうせんこう)がその首を貫き、硝煙が上がった。

 その横から跳び掛かった最後の一頭の攻撃を身を屈めて躱すとすれ違いざまにブレードがその腹を切り裂く。金属質の鱗が火花を散らしながら致命傷を防ぐ。

 竜は血を流しつつもなんとか着地し、振り向きざまに口を開いて威嚇――瞬時に距離を詰めていたヴェルグの左腕がその口に捩じ込まれた。

 バシュッ!!

 二度目の射出音が響き、口から後頭部を貫かれた竜は力を失ってその場に崩れ落ちた。


 それは瞬く間の出来事だった。


 あれは普段、私たちが訓練で使っている物と同型機のはずだ。

 反応速度も出力もそう大差は無いはずなのに、これでは私たち訓練生がやってきた事など()()()()()だ。

 

 辺りが静かになったのを見てコクピットから這い出ようとするが脚に力が入らない。

 

 破壊されたハッチから再びコクピットを覗く顔が現れる。

 けれど今度は、先程とは逆に安堵のあまり脱力してしまった。

「せ……先生……」

 その見慣れた顔は大きくため息を吐いてから頭をボリボリと掻き、あらぬ方向に目をやってからようやく口を開いた。

「……無事か。ナトラ」

「……お陰様で」

 にへら、と気の抜けた笑顔を返すと、先生はまた大きなため息をついた。

 また会えたなら真っ先に指示に反した事を謝ろうと思っていたはずなのに言葉にそれはならなかった。

 先生も何か言おうとして飲み込んだ気配だったが。

「……何か、言ってください。叱られる覚悟は、出来てます」

 こういう時、いっその事怒鳴って貰った方が楽なのだ。

「そうするつもりだったが。……哀れになってな」

 分かってる。

 顔はグチャグチャだし、腰は抜けて立ち上がれもしない。

 そして先生が目を逸らすその直前に見ていたのは――

「――ッ!!」

 私自身、声とは呼べない高周波を放てる事をこの時初めて知った。

 濡れた衣服に、座席の下に出来た水溜まり。

 

 「……後生ですから……皆には……」

「言わねぇよ」

 恐らくかつてないほど真っ赤な顔で懇願する私に、先生はぶっきらぼうに返した。

 吐き捨てるような口調だったけどきっと裏切られる事は無いのだろうと、私は確信していた。

 

 「うぅう……!! 私もうお嫁に行けません……!!」

 とは言え、とにかく恥ずかしい。

 私は両手で顔を覆って狼狽した。

俺たち(アタランテ)にそんな概念はない。動けるようになったら立て」

 そう言って差し伸べられた大きな手を掴んだ私は、涙を流しながら大笑いしていた。

 

 何故私は笑ってるんだろう。

 先生も困惑顔でこっちを見てるじゃないか。


 答えは明白だ。


 生きてるから。

 生きていられるから。

 どれだけ生き恥を晒そうが、このクソみたいな世界でも、生きてさえいればこうして笑える時もある。

 生きてさえいれば美味しいものを食べて、温かい寝床で寝て、恋をして、家族を作る。

 そんなささやかな願いが叶う日も――来るかもしれない。


 先生のゴツゴツした手は、きっとその道標だ。


 「腹減ったな。帰ったら飯……お前はその前に水浴びだな」

仰向けに倒れたままの中型機(ガルド)の下に潜り込んでアクチュエータを取り替えながら先生が言う。

「私、竜じゃないお肉が食べたいです」

 差し出された手に工具を渡しながらおどけて言う。

「そんなもん俺も食ったことない」

 先生は工具を受け取ると、呆れたように笑った。

 手が空いた私は、無意識に緩く結って肩に流した髪を撫でた。

 その毛先は燃えてチリチリになってしまっている。

 気にしてないつもりだったのに涙が滲んで、それを悟られまいと袖で素早く拭う。

 

 「……髪は燃えたとこを切ってまた伸ばせ」

 ぶっきらぼうなその言葉に、目の前で雲が開けたような気がした。

 きっと、この気持ちは伝わってはいないけど、それでも見ていてくれたことがただ嬉しかった。


 今は、この人の背を追おう。

 いつか追いついて、その横に並び立てるように。

 

 

 

 

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