第6話 依存関係 変更
一九九七年、春。
はじめの部屋には、紙袋に分けられた現金が増えていた。札束というより、生活臭のある「厚み」だ。
節子からの更新料に加え、節子経由で繋がった金のある女が二人。地元の実業家が一人。
全員が同じものを抱えている。
失われた時間への渇望。
それを、いま手の中で掴んでしまった者の、恐怖に近い執着。
はじめは徹底して姿を見せなかった。
会う必要がない。声もいらない。顔が割れた瞬間から、管理ではなく交渉になる。
供給は「物」にして渡す。
郵便局留め。私書箱。あるいは節子を中継点にした置き場所。
小さな茶色い薬瓶。中身はただの透明な水にしか見えない。
だが、それで充分だった。
彼らは“効いた”ことを知っている。
だから、成分も理屈も聞かない。聞けない。
アパートの一室。
はじめは簡素なノートに、リストを更新していた。ページの端には日付、体調の変化、反応速度。数字だけが並ぶ。
【アクティブ被験者(更新管理)】
A(節子) :更新 14日/目標 10年前/入金 月15
B(田所) :更新 10日/目標 12年前/入金 月20
C(笹川) :更新 12日/目標 8年前 /入金 月18
D(梶原) :更新 7日 /目標 15年前/入金 月25
金額は“価格”じゃない。
更新頻度と、求める戻り幅。依存度。それらを数字に置き換えただけだ。
梶原が、いちばん厄介だった。
六十三歳の建設会社社長。
若さが戻った途端に声が大きくなり、動きが速くなり、欲が雑になる。
愛人を作った。
髪が黒くなったことを自慢した。
「いまならまだ攻められる」と、事業の拡大にまで踏み出した。
要求は週に一回。
その分、支払いは破格。だが支払いが破格なほど、要求は図々しくなる。
(供給が途絶えれば、全員が崩れる)
はじめはペン先を止めた。
野村で分かった。若さは定着しない。
止めれば戻る。しかも、戻り方には反動がある。焦りが出る。取り返しが効かないと思った瞬間、人は“探す”。
探す対象が、供給元――つまり自分だ。
窓の外。春の陽光が、錆びた非常階段を照らしている。
平和な光だ。だから余計に、この部屋でやっていることが浮き上がる。
彼らは自分という仕組みに依存している。
同時に、自分もまた彼らの依存によって縛られている。
止めれば、生活が楽になる。
だが止めれば、彼らが動く。
必死に供給元を探すか。
節子を揺さぶるか。
金で探偵を雇うか。
あるいは――警察に泣きつくか。理由は何でも作れる。
「……リスク管理が必要だ」
はじめは立ち上がり、クローゼットの奥から古いアタッシュケースを引きずり出した。
中身は、現金と、最低限の“移動”のための準備だった。
顔を変える必要はない。
ただ、消えるための手順がいる。
番号を変える。
受け渡し場所を変える。
中継点を切る。
更新の周期を、少しずつずらしていく。
段階停止――フェードアウト。
急に切れば、相手は暴れる。
だから、相手が「自分で落ち着いた」と錯覚する速度で、量を下げる。
野村にしたのと同じだ。
ただし今回は、一人ではない。四人分の“日常”が絡んでいる。
ノートの端に、はじめは短く書き足した。
【次工程】
・供給経路の分散
・中継点(節子)の負荷低減
・梶原の要求を“仕様変更”で抑える
・緊急停止の手順(退避)作成
ペンを置く。
紙の上では整っている。だが現実は、整っていない。
人間は、仕様通りに動かない。
はじめは現金の厚みを見た。
そこにあるのは自由ではない。鎖だ。
それでも――
(回る)
金が回る。若さが回る。欲望が回る。
その中心に、いま自分がいる。
そして中心にいる限り、逃げる準備が必要になる。
※本作の執筆にあたり、文章作成補助としてAIを使用しています。




