第6話 活動資金
何をするにしても、活動資金が要る。
検証も、継続も、いずれ“供給”の手間も増える。――先立つものがなければ、ここで止まる。
はじめが選んだのは、アパートから数駅離れた、幹線道路沿いのうらぶれたスナックだった。
客層は地元の土建屋の親父や、定年後の暇を持て余した老人たち。時代から取り残された男たちが、惰性で夜を潰す場所。
はじめは週に三日、同じ時間にそこへ通った。
名を名乗らない。隅の席で薄い水割りを一杯だけ頼み、スポーツ新聞を広げて黙っている。誰の記憶にも残らない、背景の一部になる。
狙いは店のママ、節子――五十二歳。
かつてはそれなりに繁盛したのだろうが、今は更年期の不調なのか、重い体を引きずるようにしてカウンターに立っている。
酒焼けした声。
生気の抜けた肌。
笑い声の奥に、疲労が沈んでいた。
野村で確かめた。
経口摂取でも効く。タイムラグがある。定着しない。――維持には“更新”が要る。
ならば、ここでも同じだ。
チャンスは、節子が常連の相手で忙しく、カウンターの隅に置いた「上がりのお茶」から目を離した、その一瞬に訪れた。
はじめはポケットから小さなスポイトを出した。
あらかじめ口の中で“調整”した水――自分の体液が極微量混ざった無色透明の液体を、湯呑みの底へ数滴落とす。
混ぜない。揺らさない。痕跡を残さない。
二週間。
一滴の狂いもなく、それを繰り返した。
変化は、野村のときより分かりやすかった。
節子は毎日酒と煙草の中にいる。その“摩耗”が、逆回転を始めると目立つ。
声のかすれが薄れる。
頬の線が持ち上がる。
肌の艶が戻り、目の奥の濁りが晴れていく。
常連がざわつき始めた。
「ねえママ、最近どうしちゃったのよ。どんどん綺麗になるじゃない」
冗談めかして言う男たちの声が、次第に本気の熱を帯びる。
節子自身も、鏡を見る回数が増えた。笑い方が変わり、背筋が伸びる。
五十二歳から、十年、十五年。
不自然な速度で「時間」だけが剥がれ落ちていく。
――三週目。
はじめは、店の灰皿の陰に小さな封筒を置いた。
宛名も差出人もない。中身は、ワープロで打った短い紙片だけだ。余計な感情を混ぜないために、文章は“通知”の形式にした。
『現在の状態は、偶然ではない。
維持には、定期的な更新が必要。
更新を望む場合は、指定の方法で連絡せよ』
連絡先は書かない。
代わりに、次の夜、節子が必ず確認する場所――レジ横の小物入れに、もう一枚だけ差し込む。
そこには、銀行名と口座番号、そして金額があった。
十万円。
節子の反応は早かった。
翌日、はじめが指定した銀行のATMを覗くと、入金が確かに反映されていた。
十万など安いのだ。
この若さを失う恐怖に比べれば。
節子は若返った自分の見た目と空気で、店に来る男たちを巧みに転がし始める。
ボトルが増える。指名が増える。金が回る。
そして、その金の一部が――“更新料”として静かに流れてくる。
はじめは節子と一度も直接言葉を交わさなかった。
必要なのは会話じゃない。接触でもない。
供給と回収。
更新の間隔。
量の調整。
野村で学んだフェードアウトも、ここに使える。
ピークに上げれば壊れる。落とし方を間違えれば反動が出る。――なら、最初から管理する。
はじめは遠くから、店の明かりを見た。
あの中で起きているのは奇跡じゃない。仕組みだ。
(……回る)
金が回る。若さが回る。欲望が回る。
その中心に、自分がいる。
――仕組みは、完成した。
※本作の執筆にあたり、文章作成補助としてAIを使用しています。




