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若返りの琥珀色   作者: 杜人
24/26

次会・控室

控室は、宴会場より暗かった。

 照明は落とされ、壁際のスタンドライトだけが点いている。

 拍手もフラッシュも届かない。ここは「次」を決める部屋だ。


 端岡夫人が入ってくると、女たちの声が下がった。

 十数人。全員が残ったのは偶然ではない。


 テーブルの上に、スタッフが茶と小菓子を並べる。

 端岡夫人は座らないまま、まず全員を見た。


 ――誰が近い。

 ――誰が自然に端岡夫人の正面を避けている。

 ――誰が、敦子の方を先に見ている。


 端岡夫人の視線が、そこで止まった。

 大森敦子。


 敦子は壁際に立っている。

 中央ではないのに、女たちの出入りが彼女を避けて流れる。

 それだけで、端岡夫人には十分だった。


「大森さん」


 呼ばれた瞬間、控室の全員が耳を澄ませる。

 敦子は一拍置いてから、端岡夫人の方を向いた。


「はい、奥様」


「今日は……皆さん、ずいぶんと“お顔”が良かったわね」


 端岡夫人は笑って言う。

 だが、笑いの中身は質問だ。


「写真を見て、はっきり分かりました。

 整ってる方が……増えている」


 敦子は微笑む。

 否定もしない。肯定もしない。


「選挙が終わったからでしょうか」


「それだけかしら」


 端岡夫人は、軽く首を傾ける。

 そして、もう一段だけ具体にした。


「最近、皆さんの間で“良いもの”が回っているって噂を聞くの」


 控室の空気が固くなる。

 誰も口を開かない。


 端岡夫人は続けた。


「もちろん、悪い意味じゃないのよ。

 ただ……派閥の妻の間で、何かが広まるときは、必ず窓口があるでしょう?」


 窓口。

 言い方は柔らかいが、意味は一つ。

 誰が配っているの?


 敦子は、すぐに答えない。

 代わりに、端岡夫人の背後に立つ妻たちを一度だけ見た。

 その視線で、控室の女たちが理解する。


 これは、雑談ではない。査定だ。


 敦子はようやく口を開く。


「窓口……ですか」


 言葉を繰り返す。

 繰り返すことで、端岡夫人の言葉を“公式”にしてしまう。

 敦子は、それを少しだけ遅らせる。


「皆さん、勝手に教え合っているだけだと思いますわ」


 端岡夫人の目が、わずかに細くなる。


「勝手に、ね。でも――」


 端岡夫人は、具体で刺しに行った。


「門田さん。昨日まで、あんなお顔じゃなかったでしょう?」


 名前が出た瞬間、女たちが小さく動揺する。

 門田夫人は、反射的に敦子を見る。


 その一瞬で、端岡夫人は確信に近づく。


 敦子は、門田夫人に目を向けない。

 向けないことで、門田夫人の“答え”を消す。


「奥様。門田さんは、昨日もきちんとされていましたよ」


 端岡夫人は笑う。


「そうね。私の目が疲れていたのかしら」


 しかし、話は戻さない。


「大森さん。

 私が聞きたいのは“誰”じゃないの。

 どういう経路で回っているのか、だけ」


 敦子は頷いた。


「経路なら……簡単ですわ」


 端岡夫人の顔がわずかに緩む。

 答えが出る――と思った、その瞬間。


「“欲しい人”が、寄っていくだけです」


 端岡夫人の表情が止まる。

 敦子は続ける。言葉はやわらかいまま、内容は固い。


「奥様のところだって同じでしょう?

 皆さん、奥様にお会いしたいから、ここに残っている」


 控室の女たちが息を呑む。

 端岡夫人の支配を否定していない。

 でも、同列に置いた。


 端岡夫人は、すぐに笑顔を戻した。


「……なるほど。上手い言い方ね」


 端岡夫人は、そこで方針を変える。

 “窓口”を言わせられないなら、切り口を変えるしかない。


「じゃあ、こうしましょう。

 今度、あなたと二人でお茶がしたいの」


 敦子は即答しない。

 一拍置いてから、頷いた。


「ご都合が合えば、ぜひ」


 端岡夫人は、控室を出る直前にもう一度だけ振り返った。

 女たちの視線が、端岡夫人ではなく敦子に寄っているのを確認する。


 端岡夫人は笑って去る。

 だが心の中では、笑っていない。


(誰が配っているかは、まだ言わせていない)

(けれど――あの女の周りで回っている)


 扉が閉まる。

 控室の女たちが、ようやく呼吸を戻す。


 敦子は、門田夫人を一度だけ見た。

 門田夫人は、すぐに頷く。

 「余計なことは言わない」という合図だ。


 敦子は微笑んだ。

 この場で必要なのは、勝利ではない。

 沈黙の統一だ。

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