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若返りの琥珀色   作者: 杜人
18/26

第18話 ――周辺に効かせる

敦子は、その夜の席順を変えなかった。

あえて、だ。


自分が中央に座れば、空気が固まる。

今日は“中央が動かない日”にする。


場所は、都内の私的サロン。

公式行事でも、会合でもない。

それでも集まる女たちは、全員が分かっている。


――ここで遅れると、次はない。


紅茶の温度は一定に保たれ、

菓子は誰の地元でもない、無難なもの。

派閥色を消した設えは、敦子の指示だった。


「今日は、軽くね」


敦子は笑った。

だが、その目は一人ひとりを正確に測っている。


若手議員の妻。

比例復活組の妻。

地方から上がってきたばかりの、やや浮いた装い。


共通しているのは、

“次の写真”を恐れていることだった。


「最近、乾燥ひどくない?」


敦子は、自然な調子で切り出す。

政治の話はしない。

する必要がない。


「会が多くて……。気がつくと、ここ」


最初に反応したのは、敦子の右隣に座る女だった。

目元に指を当てる癖。

昼間のゴルフで見た、同じ仕草。


敦子は、頷いた。


「分かるわ。ここは戻りにくいの」


その言葉だけで、

他の二人の視線が集まる。


敦子はバッグを開ける。

出てきたのは、見覚えのない小さな容器。

瑞穂から“預かっているもの”だ。


――渡すな。使わせろ。

――順番を守らせろ。


思い出すのは、あの声だ。


「量は、ほんの少しでいいの。

使うのは、大事な日の前だけ」


敦子は、自分が言われた通りの言葉を、

そっくりそのまま、なぞった。


「これ、特別なものじゃないのよ」


そう言ってから、

“特別”という言葉を、あえて使わない。


「いつも通りに塗って、最後にここだけ。

引き延ばさない。置く感じで」


最初の女が、戸惑いながらも従う。


数秒。

沈黙。


「……あれ?」


声が低く漏れる。


完全ではない。

だが、影が途切れている。


その瞬間、

周囲の女たちの呼吸が、一斉に浅くなる。


敦子は、そこで止めた。


二人目には、使わせない。

三人目にも、渡さない。


「今日は、ここまで」


ざわり、と空気が揺れる。


不満ではない。

渇きだ。


「大森さん、それ……」


「毎日は使えないわ」


敦子は、穏やかに遮る。


「大事な会の前だけ。

それと――順番があるの」


誰の名も出さない。

だが、全員が理解する。


――順番とは、席順のことだ。


「気づいた人だけ、続けられる」


それは選別だった。

そして、忠誠の確認でもあった。


帰り際。

玄関で靴を履きながら、

比例復活組の妻が、小さく声を落とす。


「……次は、いつですか」


敦子は、少しだけ考えるふりをした。


「地方の祝賀会の前。

写真が一番残るでしょう?」


それだけで、答えになった。


一人になったラウンジで、

敦子はソファに深く腰を下ろす。


掌の中には、

まだ使っていない分の容器。


自分では使わない。

それが“役割”だと、もう分かっている。


(選ぶのね)


口元が、わずかに上がる。


まとめるのではない。

使わせ、焦らし、

並ばせる。


妻たちが並べば、

夫たちは、その後ろに立つ。


鏡に映らない変化の方が、

いつも先に、政治になる。

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