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若返りの琥珀色   作者: 杜人
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第17話 鏡のまえで決まること

高級サロンのラウンジは、午後の光が柔らかく回っていた。

白磁のカップに注がれた紅茶は香りが淡く、話題は他愛もない。


最近の天気。

会合の多さ。

写真写りの悪さを笑い合う、無害な愚痴。


敦子は終始、穏やかだった。

だが瑞穂は、彼女の指先が無意識に目元へ触れる癖を見逃さない。

芝の上で一瞬走った“影”が、まだ消えていない。


「少し、手を洗ってきます」


敦子が立ち上がると、瑞穂も自然に続いた。


化粧室は静かだった。

大理石の洗面台。

照明は影を作らない角度で設計されている――ここは、誤魔化しが効かない。


鏡の前で、敦子が小さく息を吐く。


「最近……ここ」


目尻に指を添える。

それは愚痴というより、確認だった。


瑞穂はバッグを開け、遮光された小瓶を取り出す。

サイズは小さい。渡すためではなく、使わせるための量。


「順番だけ、守ってください」


説明はそれだけだった。


瑞穂は自分では使わない。

敦子の指に、ほんの一滴だけ落とす。


「ここ。引き延ばさないで。置くように」


敦子は言われた通りにする。

数秒。

何も起きていないように見える時間。


そして、敦子が瞬きをした。


「あ……」


声が低く漏れる。


「……消えてる」


完全ではない。

だが、影がほどけたように、線が途中で途切れている。


敦子は鏡から目を離さず、もう一度、確かめるように微笑んだ。


「これ、教えていいもの?」


「いえ」


瑞穂は即答する。


「“効いた”と感じた方だけが、続けられます。

気づかない人に話すと、面倒が増える」


沈黙。

だが今回は、測るためではなかった。

敦子は、次の言葉を探している。


彼女は小瓶に手を伸ばす。

瑞穂は、渡さない。

代わりに、敦子の掌に小さなメモ――日付と“回数”だけを書いた紙片を滑らせた。


「次は、会の前。二日前」


敦子は紙片を見つめ、理解したように頷く。


「……あなた、どこまで考えているの?」


瑞穂は、視線を鏡に残したまま答える。


「もし奥さまが、本気で――

自民党婦人会をまとめるおつもりなら」


一拍。


「私は、協力します」


敦子の口元が、わずかに上がる。


「“まとめる”じゃないわ」


訂正するように、静かに言った。


「選ぶのよ」


瑞穂は頷いた。


それで十分だった。

この女は、もう順番を間違えない。

そして――間違えない女が、周囲を“間違えさせる”。


化粧室を出るとき、敦子の背中は、さきほどよりも迷いが少なかった。


鏡に映らない変化の方が、

いつも先に、力になる。

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