第13話 間章:銀座
※本話は第13話・第14話の前段となる、銀座で起きていた出来事を描いています。
由美子視点(『ル・シエル』)
クラブ『ル・シエル』のオーナーになって、十年以上が過ぎた。
男の欲、見栄、嘘――顔を見ればだいたい分かる。
銀座はそういう街だ。
それでも、最近の店内には説明のつかない“偏り”があった。
「瑞穂さんに、知り合いを連れて行きたいんですが」
その電話が、毎日のように鳴る。
しかも一人や二人じゃない。
断っても、相手は怒らない。値切らない。駆け引きもしない。
「分かりました。では、待ちます」
待つ。
その言葉が、妙に重かった。
不思議なことに、瑞穂はアフターが多いわけじゃない。
むしろ少ない。
そして――たまにアフターに出た客は、その後、店に来なくなる。
普通なら最悪だ。
次につなぐためのアフターなのに。
けれど、瑞穂を指名する新規は増え続ける。
売上は落ちない。文句も出ない。
誰も困っていない。
だから由美子は、考えないことにしていた。
オーナーとして、それが一番安全だからだ。
――その日までは。
瑞穂視点(朝の洗面台)
朝の光は、夜より正直だ。
洗面台の鏡に映る自分の顔を、瑞穂は一秒だけ長く見つめる。
目尻。口元。
化粧で隠せる。でも「増えてはいけないもの」は確実に増えている。
三十二歳。
数字が、指名の席順に直結する世界。
夜の照明は味方をしてくれる。
だが朝は違う。
昨日まであった余裕が、静かに剥がされる。
(――まだ、終わってない)
そう言い聞かせるのは、自分自身に対してだ。
バッグの奥。
小さな遮光瓶が、指先に触れる。
飲むか、飲まないか。
瑞穂はまだ、決めていない。
怖いのは、効くことじゃない。
効いてしまったあと、やめられなくなることだった。
邂逅(高岡)
その男は、最初から「選ぶ側」の顔をしていた。
スーツ。姿勢。声の張り。
年齢は隠せないが、肩書がそれを補っている。
会話は噛み合っている。
だが瑞穂は、分かっていた。
――この人は、若さを欲しがっている。
性急ではない。
露骨でもない。
それが、かえって危うい。
ホテルへ行くかどうかは、重要じゃない。
重要なのは、この男が「自分はまだいける」と信じていることだ。
瑞穂は、踏み込まない。
与えすぎない。
期待だけを、ほんの少し残す。
その夜、何があったか。
それは副作用にすぎない。
由美子視点(昼・銀座の外)
平日の昼。
デパートの紳士服売り場。
由美子は、常連の誕生日用にネクタイを選んでいた。
仕事の延長だ。銀座ではよくあること。
そのとき、聞き覚えのある声がした。
振り向いた瞬間、息が止まる。
背筋が伸びている。
肩の線が若い。
頬に、たるみがない。
――誰?
声は確かに、二ヶ月前に会った男だ。
だが、目の前にいるのは四十代前半にしか見えない。
由美子は、その場を離れた。
美容でも、健康法でもない。
偶然で済ませるには、出来すぎている。
(……選ばれた?)
そう思った瞬間、由美子はその考えを押し殺した。
見なかったことにする。
それが、この街で生き残るやり方だ。
瑞穂視点(実験)
飲むのは、全部を渡す行為だ。
だから瑞穂は、飲まなかった。
遮光瓶を傾け、指先に一滴だけ取る。
目尻。戻りかけていた線の、途中にだけ触れさせる。
数分後、影が薄くなる。
消えない。
だが、止まる。
瑞穂は理解する。
若さは、浴びるものじゃない。
指定するものだ。
量。場所。頻度。
管理できる。
(――これは、賭けられる)
初めて、恐怖が計算に変わった。
結語(由美子)
その夜、店のフロアで、由美子は確信に近いものを抱いた。
瑞穂は、売れっ子じゃない。
女王でもない。
――選別装置だ。
店に残す男と、
店の外へ行かせる男。
そして、一度外へ行った男は、戻ってこない。
由美子は、何も言わない。
止めない。
理由も探さない。
売上は上がっている。
客は増えている。
誰も文句を言わない。
それでいい。
それが、銀座だ。




