表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
若返りの琥珀色   作者: 杜人
13/26

第13話 間章:銀座

※本話は第13話・第14話の前段となる、銀座で起きていた出来事を描いています。


由美子視点(『ル・シエル』)


クラブ『ル・シエル』のオーナーになって、十年以上が過ぎた。

男の欲、見栄、嘘――顔を見ればだいたい分かる。

銀座はそういう街だ。


それでも、最近の店内には説明のつかない“偏り”があった。


「瑞穂さんに、知り合いを連れて行きたいんですが」


その電話が、毎日のように鳴る。

しかも一人や二人じゃない。

断っても、相手は怒らない。値切らない。駆け引きもしない。


「分かりました。では、待ちます」


待つ。

その言葉が、妙に重かった。


不思議なことに、瑞穂はアフターが多いわけじゃない。

むしろ少ない。

そして――たまにアフターに出た客は、その後、店に来なくなる。


普通なら最悪だ。

次につなぐためのアフターなのに。


けれど、瑞穂を指名する新規は増え続ける。

売上は落ちない。文句も出ない。

誰も困っていない。


だから由美子は、考えないことにしていた。

オーナーとして、それが一番安全だからだ。


――その日までは。


瑞穂視点(朝の洗面台)


朝の光は、夜より正直だ。


洗面台の鏡に映る自分の顔を、瑞穂は一秒だけ長く見つめる。

目尻。口元。

化粧で隠せる。でも「増えてはいけないもの」は確実に増えている。


三十二歳。

数字が、指名の席順に直結する世界。


夜の照明は味方をしてくれる。

だが朝は違う。

昨日まであった余裕が、静かに剥がされる。


(――まだ、終わってない)


そう言い聞かせるのは、自分自身に対してだ。


バッグの奥。

小さな遮光瓶が、指先に触れる。


飲むか、飲まないか。

瑞穂はまだ、決めていない。


怖いのは、効くことじゃない。

効いてしまったあと、やめられなくなることだった。


邂逅(高岡)


その男は、最初から「選ぶ側」の顔をしていた。


スーツ。姿勢。声の張り。

年齢は隠せないが、肩書がそれを補っている。


会話は噛み合っている。

だが瑞穂は、分かっていた。


――この人は、若さを欲しがっている。


性急ではない。

露骨でもない。

それが、かえって危うい。


ホテルへ行くかどうかは、重要じゃない。

重要なのは、この男が「自分はまだいける」と信じていることだ。


瑞穂は、踏み込まない。

与えすぎない。

期待だけを、ほんの少し残す。


その夜、何があったか。

それは副作用にすぎない。


由美子視点(昼・銀座の外)


平日の昼。

デパートの紳士服売り場。


由美子は、常連の誕生日用にネクタイを選んでいた。

仕事の延長だ。銀座ではよくあること。


そのとき、聞き覚えのある声がした。


振り向いた瞬間、息が止まる。


背筋が伸びている。

肩の線が若い。

頬に、たるみがない。


――誰?


声は確かに、二ヶ月前に会った男だ。

だが、目の前にいるのは四十代前半にしか見えない。


由美子は、その場を離れた。


美容でも、健康法でもない。

偶然で済ませるには、出来すぎている。


(……選ばれた?)


そう思った瞬間、由美子はその考えを押し殺した。

見なかったことにする。

それが、この街で生き残るやり方だ。


瑞穂視点(実験)


飲むのは、全部を渡す行為だ。


だから瑞穂は、飲まなかった。


遮光瓶を傾け、指先に一滴だけ取る。

目尻。戻りかけていた線の、途中にだけ触れさせる。


数分後、影が薄くなる。

消えない。

だが、止まる。


瑞穂は理解する。


若さは、浴びるものじゃない。

指定するものだ。


量。場所。頻度。

管理できる。


(――これは、賭けられる)


初めて、恐怖が計算に変わった。


結語(由美子)


その夜、店のフロアで、由美子は確信に近いものを抱いた。


瑞穂は、売れっ子じゃない。

女王でもない。


――選別装置だ。


店に残す男と、

店の外へ行かせる男。


そして、一度外へ行った男は、戻ってこない。


由美子は、何も言わない。

止めない。

理由も探さない。


売上は上がっている。

客は増えている。

誰も文句を言わない。


それでいい。

それが、銀座だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ