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国でも入れる保険があるんです!  作者: ぶれ


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7.胃袋の中の『ボーナス?』

夜明け前のカセル砦は、昨晩の狂乱が嘘のように冷え切った静寂に包まれていた。


アルバス・アンガースタインは、わずか数時間の仮眠を終え、既に王都への帰還準備を整えていた。彼の目の前には、昨晩の検品結果を反映した膨大な報告書が積み上がっている。


そこへ、足音もなく一人の男が歩み寄ってきた。


「――おはようございます、監理官。貴方の朝は、騎士団の誰よりも早いようだ」


監査官ノワールだった。その手には、昨日までの「冷徹な査定役」の仮面を少しだけ緩めたような、不気味な笑みが浮かんでいる。彼はアルバスの視線の先に、一通の追加査定書を滑らせた。


「出発前に、一つ『素晴らしい報告』があります。昨日深夜、個体Aの胃袋の洗浄を行っていた解体師が、予定外の収益を発見しました。……これですよ」


ノワールが差し出した銀のトレイの上には、禍々しいほどに赤く、そして内側から脈動するような光を放つ握り拳大の結晶――「火成極魔石」が鎮座していた。


その結晶が放つ熱量は、地下倉庫の冷気を一瞬で塗り替え、傍らにいたアズールが思わず気圧されたように息を呑んだ。


「……これは、通常の火竜が持つ心臓核コアではありませんね?」


アルバスは、眉一つ動かさずに問いかけた。


「ええ、その通り。本来の個体が持っていた魔石よりも遥かに純度が高い。おそらく、この火竜が他の同族の老種、あるいはさらに上位の火山種を捕食した際に、未消化のまま残っていたのでしょう。……鑑定の結果、これ単体で市場価値は金貨十万枚を下りません」


十万枚。


その単語が地下倉庫に落ちた瞬間、空気の重みが変わった。


アルビオン王国の年間予算が金貨百万枚であることを考えれば、たった一個の石が、国家予算の「十パーセント」に相当する。今回の火竜襲来に伴い、アルバスが議会で罵倒されながらも強行した「特約保険料」が約五万枚。つまり、この石一つで今回の全てのコストを相殺し、さらに国庫に五万枚の純利益をもたらす計算になる。(魔石は別計算・・・)


「……おめでとうございます、監理官。これで貴方の『運用実績』は、議会の老害たちを黙らせて余りあるものになった。オステアを滅ぼした災厄を、わずか一日のうちに王国の利益へと変えてみせたのだ。これは歴史的な『棚ぼた』ですよ」


ノワールは、まるで自分のことのように上機嫌だ。だが、アルバスはその赤い結晶を凝視したまま、微動だにしなかった。


事務屋としての直感が、帳簿の上に落ちた「あまりにも綺麗な染み」を警戒していた。


「火竜が、これほどの魔石を消化できずに胃に留めていた、か」


「稀にあるケースですよ。強欲な個体が、分不相応な獲物を飲み込み、消化器官を損傷させていた。それゆえにこの個体は気が立っており、人里へと降りてきた……物語の整合性ロジックとしては完璧でしょう?」


ノワールは指先で魔石をなぞり、アルバスの顔を覗き込んだ。


「今すぐギルドがこれを買い取り、王国の口座へ『即時入金』する手続きも可能です。そうすれば、貴方は王都に到着した瞬間、金貨十万枚の受領書を突きつけて、不信任案を叩きつけてきた貴族を潰すこともできるでしょう」


「利益」という名の甘い誘惑。


それは、事務屋が最も渇望する「数字による勝利」の形そのものだった。


だが、アルバスは十万枚の輝きに目を眩ませることなく、ゆっくりと眼鏡を指で直した。


「……即時売却は拒否する。この石は現物で王都へ運び、わが国の魔導解析局で再鑑定を行う。査定書には『未確定不純物を含む希少素材』として記載しておけ」


アルバスの決断に、ノワールの瞳の奥がわずかに細められた。


「おや、意外ですね。即座に現金化して、勝利を確定させないのですか?」


「……不確定な利益は、往々にして負債の先払いに過ぎない。理由のない幸運は、後の計算が合わなくなる最大の原因だ」


アルバスは、傍らのアズールを振り返った。


「アズール。この石を特殊封印容器パッキングに入れるよう指示しろ。輸送中の魔力漏洩も、外部からの干渉も一切許さん。十万枚の金貨ではなく、一個の『不純物』として厳重に管理しろ」


「は、はい! 承知いたしました!」


慌てて作業指示にかかるアズールの横で、アルバスはノワールに静かな視線を向けた。


火竜の生態に詳しいわけではない。だが、隣国オステアを絶望に叩き落とした災厄の腹の中から、その絶望を相殺するような「幸運」が転がり出してきたことに、彼は拭い去れない違和感を覚えていた。


もし、この魔石が「偶然」胃の中にあったのではなく、何者かがこの石を竜に飲ませ、人為的に暴走させたのだとしたら――。


「ノワール。ギルドの『査定』とは、常に真実のみを裏付けるものか?」


「……我々は数字に嘘を吐きませんよ、監理官。ただ、数字が全てを語るとは限らない、というだけです」


ノワールはいつものように優雅な一礼をして、影の中に消えていった。


残されたアルバスは、封印されていく魔石の赤い光を無表情に見守っていた。


金貨十万枚の利益。それは本来なら称賛されるべき成果だが、アルバスの脳内にある帳簿では、その額がそのまま「未解明のリスク」として赤字で計上されていた。


「……事務屋は、棚ぼたを信じない。……行くぞ、アズール。王都で待っているのは、金の亡者どもと、底の知れない禁書庫の知識に飢えた魔導士だ」


アルバスの呟きは、夜明けの冷たい風にかき消された。


国境の山嶺を越え、王都アルビオンへと戻る彼の懐には、巨額の利益と、それ以上に重い「疑惑」が収められていた。

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