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国でも入れる保険があるんです!  作者: ぶれ


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5.死骸の上の帳簿

三体の火竜が沈黙し、国境の山嶺を覆っていた紅蓮の炎が消えた。


王都アルビオンは勝利の歓喜に沸き、議場の窓からは、凱旋する騎士団を祝う民衆の歌声が遠くに聞こえていた。


だが、その熱狂から切り離された議場の一角で、アルバス・アンガースタインは独り、山のように積み上がった戦果報告書と対峙していた。


「……監理官、回収作業の初期報告です」


アズールが疲弊した顔で戻ってきた。その手には、ギルドから送られてきたばかりの「暫定査定書」が握られている。


「ノワール氏が、現地の解体所で不当な難癖をつけています。このままでは、想定していた素材利益が大幅に削られます」


アルバスは無言で査定書を手に取った。そこには、王国の勝利に冷水を浴びせるような一文が並んでいた。


『――火竜の個体B、およびCにおいて、頸部に契約外の過剰な損傷を確認。素材の市場価値低下を理由に、保険金の一部を相殺、および技術支援超過料として、支払額に15%のペナルティを課す』


「……ふざけている。こちらが命がけで手に入れた利益を、手数料で食い潰すつもりか」


アズールが声を震わせた。


そこへ、漆黒の外套を纏ったノワールが、影のように音もなく現れた。


「お見事でした、監理官。ですが騎士団の皆様は少々、興奮しすぎたようだ。あのように心臓を突き崩しては、魔石に微細なヒビが入るのも当然かと。わが社としても、品質の保証できない素材を全額補償するわけにはまいりません」


ノワールは、獲物を追い詰めた蛇のような目で微笑んでいた。


「規約第12条。被保険者の過失による資産価値の毀損は、支払額からの控除対象です。……文句はありませんね?」


「……ノワール監査官。君たちは過去に禁書庫の閲覧権を得た際、わが国の『魔法構築理論』を自由に研究する権利を得ていたはずだ」


アルバスは資料から目を離さず、静かに、だが鋭く問いかけた。


「中々古い記録を持ちだされますね。ええ、それがその時の対価でしたから」


「ならば、その理論に基づき、わが国の騎士団が用いる『魔力付与剣』の衝撃波が、拘束状態の竜の鱗をどう粉砕するかは、事前に予測できたはずだ。……違うか?」


ノワールの笑みが、わずかに固まった。


「ギルドが提供した結界の強度が、わが国の標準的な攻撃出力を考慮せず設定されていたのであれば……これは被保険者の過失ではない。ギルド側の『調査不足』だ。大陸魔法契約法に基づく『聖域仲裁裁定所』へ持ち込めば、そちらの重過失が問われるだろう」


「……ほう。本気で仲裁(裁判)を?」


「ああ。ただし、裁定が下るまでの間、禁書庫の閲覧権は『係争中の凍結資産』として、一切の使用を禁ずる。……君たちのギルドの研究家達が、この二年間という貴重な研究時間を棒に振ることを許容するなら、喜んで訴えに応じよう」


二人の間に、戦場よりもひりつくような沈黙が流れた。


ノワールは、アルバスが「ギルドが最も欲しがっているもの(禁書庫の閲覧時間)」を、即座に交渉の盾として使い、自分たちの利益を「割引」させまいとしていることを悟った。


「……クスクス、素晴らしい。監理官、貴公は騎士団よりもよほど、血の気の多い戦い方をなさる。つくづく今のあなたの役職を勿体なく思いますね。……分かりました。ペナルティは取り下げ、規定通りの買取額に査定を修正しましょう。わたくしの『計算違い』ということで」


ノワールは優雅に一礼し、影に溶けるように去っていった。


「ですが、お忘れなく。契約はまだ始まったばかりだ。……次は、これほど簡単に『割引』はさせませんよ」


ノワールが居なくなったことを確認すると、アズールは大きく息を吐き、その場に崩れるように椅子へ座り込んだ。


「……生きた心地がしませんでした。ギルドの監査官を相手に、あんな脅しが通じるとは」


「脅しではない。単なる契約不履行の指摘だ」


 アルバスは表情を変えず、手元の修正された査定書に承認の印を捺した。


「彼らは効率を重んじる。裁判で時間を浪費するコストと、今ここで15%の利益を譲るコストを天秤にかけ、後者が安いと判断しただけだ」


アルバスは立ち上がり、窓の外でまだ鳴り止まぬ凱旋の鐘の音に目を向けた。


「アズール。騎士団長に書状を。……今回の防衛戦における騎士団の消耗を鑑み、監理官名義で『全軍の緊急再編および三日間の休養』を王へ勧告した。どうせ今日も明日も飲み明かしたら明後日は二日酔いで使い物にならん……陛下も、勝利の直後に軍の不満を買いたくはないはずだ。すぐに受理されるだろう」


アズールは目を見開いた。


「……直接休めと言うのではなく、王室を通じた『勧告』ですか。相変わらず、手続きが回りくどいですね」


「事務屋のやり方だ。……だが、彼らには今のうちに体を休めてもらわねば困る。今回の竜の襲撃、あまりにも『タイミング』が良すぎだ」


アルバスの瞳に、勝利の喜びとは無縁の、鋭い疑念が宿る。


「ギルドの結界師たちが禁書庫に入り、騎士団が休息に入る。……その隙に、次の『事態』が起きないという保証はどこにもない」


アルバスは、まだ血の乾いていない万年筆を胸ポケットに収めた。

 

「行くぞ、アズール。騎士団には休暇があるが、我々にはない。……次の作業はこのノワールの査定結果のチェックだ」


窓の外では、民衆の歓声が夜の帳を揺らしていた。


英雄譚の裏側で、冷徹な帳簿の音が静かに響き続ける。

 

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