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国でも入れる保険があるんです!  作者: ぶれ


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4.不信任の火、国境の炎

王都アルビオンの議場は、歴史の中で最も醜悪な熱気に包まれていた。


北の国境、わずか5km先に鎮座する三体の火竜が吐き出す熱波は大気を歪め、議場中央に据えられた巨大な「遠見の水晶球」が映し出す現地の光景を、逃げ場のない現実として議員たちに突きつけている。


水晶球から溢れ出す紅蓮の照り返しは、議場の高い窓から差し込む陽光と混じり合い、白い石壁を血のような朱色に変えていた。その光に照らされた議員たちの顔は、真逆でさながら地獄の亡者のようであった。


「――アルバス・アンガースタイン監理官! 貴公、自分がどれほどの不敬を働いたか理解しているのか!」


円卓の最前列で、バジル卿が泡を飛ばして咆哮した。叩かれた樫の机が悲鳴を上げる。


「わが国の禁書庫、その閲覧権をギルドに売り渡すだと? あれは歴代の宮廷魔導師たちが心血を注ぎ、このアルビオンの地を魔獣の手から守り抜くために積み上げてきた『知の結界』そのものだ! それを、どこの馬の骨とも知れぬ灰色のネズミどもに公開するなど、狂気の沙汰だ。先祖への冒涜であり、明確な売国行為である!」


その言葉を合図に、四方八方から罵声の雨が降り注ぐ。


「事務屋の分際で、国家の魂を帳簿に載せるな!」「家名の恥さらしめ!」「今すぐ契約を白紙に戻せ!」


 怒号、嘲笑、そして水晶球に映る火柱への恐怖からくるヒステリックな悲鳴。そのすべてを、アルバスは嵐の中の岩壁のように無表情で受け止めていた。彼は反論する代わりに、手元の懐中時計を一度だけ確認し、それから脇に控えていたアズールに短く視線を送った。


「……発言を許可しますか、陛下」


アルバスの声は驚くほど平坦で、騒乱を冷水で冷やすような響きを持っていた。玉座で顔を蒼白にさせているアルフレッド三世は、水晶球の中で立ち上る絶望的な火柱と、目の前の「売国奴」を交互に見やり、喉を鳴らした。

「許す。……釈明を聞こう、監理官」


 アルバスは一歩、円卓の中央へと踏み出した。彼が指先を動かすと、アズールが震える手で議員たちの手元に一束の資料を配り始めた。


「議員諸君。皆さんは『誇り』や『魂』という、目に見えぬ美辞麗句を並べるのがお好きだ。だが、現実コストが追いつかぬ誇りは、ただの灰と化す。……隣国オステア公国の現状を考えよ」


 アルバスが指し示した資料の一枚目には、真っ黒に炭化したオステアの地図が描かれていた。


「彼らは保険を惜しみ、自国の魔道騎士団のみで竜を払おうとして敗北した。王都の三分の二が焼失した今、ギルドの監査官ノワールは、その残骸を『商品』として査定している。焼けた土地を二束三文で買い叩き、別の国家を興そうとする者に、より高額な建国保険を売りつけるためにな。……誇り高く戦って滅びたオステアは、今やギルドの帳簿上で転売を待つだけの『土地標本』に成り下がったのだ」


議場が凍りついたような静寂に沈む。アルバスは、バジル卿の突き刺すような視線を真っ向から受け流し、資料の次ページを叩いた。


「わが国も、基本契約のままでは騎士団は半壊、国土の二分の一が灰になる。その被害のさらに『二分の一』で、アルビオンの経済は死ぬ。……だが、今回の特約はその運命を書き換える。禁書庫の閲覧権と引き換えに、我々は『竜を逃さず仕留める盾』を借り受けた。そもそも禁書庫の閲覧権を利用した保険料の代替支払は今回が初めてではない。過去に何度に渡り我が国の苦難を乗り越える手段として活用されてきた一つの手段だ。」


アルバスが提示した数字は、魔法的な専門知識を持たぬ議員たちにも、その「欲」を刺激するに十分なものだった。


「火竜三体から得られる高純度魔石、および対熱硬鱗。これらはギルドが仲介する市場で、追加の保険料を補ってなお余りある莫大な外貨をわが国にもたらす。……保険金で復旧コストを肩代わりさせる今、倒した竜は負債ではない。わが国の国庫を潤す『最高の天然資源』だ。……誇りで腹は膨れませんが、竜の鱗なら金貨に化ける。どちらが事務屋として、そして愛国者として正しい判断か、これでもまだ分からないとおっしゃるか」


 「利益」という名の冷徹な刃。

 それは、さきほどまで議場を支配していた高潔な熱狂を、音も立てずに切り裂いていった。


円卓に並べられた収支予測の数字を前に、議員たちが気圧されたように沈黙する。その静寂を切り裂いたのは、アルバスの懐から響いた魔導通信機の鋭い電子音だった。


 アルバスは無造作に装置を起動し、あえて議場全体にその声を響かせた。


『――監理官、聞こえるか。こちらヴァイオレット』


通信の向こうからは、鼓膜を抉るような凄まじい咆哮と、空間が軋むような重低音が漏れ聞こえる。それは隣国を灰に変えた死神たちが、目に見えない「檻」の中でもがく音だった。


『対象三体、すべてを結界の収束圏内に誘い込んだ。いつでも拘束魔法フル・ロックに移行できるが……指示はどうする? 監理官、そちらで契約の否認と不信任案が可決されるというなら、我々は今この瞬間、契約不履行として魔法を解き、即座に撤収する』


ヴァイオレットの声は、地獄の縁に立っているとは思えぬほど平坦だった。


『……今ここで結界を解けば、国境の山嶺を越えた火竜は十分もあればそちらの王都げんばへ届く。そうなれば、我々の仕事は防衛から「事務作業」に切り替えさせてもらうが?』


議員たちが一斉に、窓の向こうの空を見上げた。


遠くの山嶺で、天を突くような巨大な魔法陣が幾重にも脈動し、狂ったように炎を吐く三体の影を無理やり地面へねじ伏せている。もしあの光が今消えれば、数分後にはこの極彩色のステンドグラスも、自分たちの高価なローブも、すべてが平等に黒焦げの炭に変わる。


「……さあ、判断を」


アルバスは冷たく言い放ち、玉座の王を見上げた。


「誇りを守ってオステアの二の舞を演じ、国を焼き尽くさせるか。あるいは、屈辱を呑んで契約を維持し、竜を資源として刈り取って再起するか。……陛下、わが国の未来を買う決断を」


議場を支配したのは、逃げ場のない重圧だった。先ほどまで「売国奴」と叫んでいた議員たちは、誰一人としてアルバスの目を見返せない。彼らは今、自分たちの誇りという言葉が、水晶球の向こうで咆哮する竜の一吹きで消し飛ぶ、あまりにも軽いものだと突きつけられていた。


沈黙。


窓の向こう、国境の空で脈動する魔法陣が、ひときわ大きく明滅した。竜の咆哮が、防護魔法の結界を内側から食い破らんばかりに議場まで微かに震わせる。


やがて、玉座の肘掛けがみしりと軋んだ。


 アルフレッド三世が、青白い顔を上げ、絞り出すような声で宣告した。


「……監理官、アルバス。余は、わが国を灰に帰すつもりはない」


 王の言葉に、バジル卿が力なく椅子に崩れ落ちた。誇りや伝統を盾にしていた彼の論理は、今、物理的な死の恐怖と、アルバスが提示した数字に屈した。


「契約を、事後承認する。不信任案は棄却だ! ……アルバス、全責任はお前が取れ。この決断がもたらす全ての損失、そして非難を、お前一人で背負うのだ。……直ちに、竜を仕留めよ!」


「御意」


 アルバスは一礼し、即座に通信機へ声を吹き込んだ。


「ヴァイオレット殿。承認は降りた。……『完全固定フル・ロック』を開始せよ」


『了解。――全回路接続、最大出力。逃がさないわ』


 通信の向こうでヴァイオレットが短く応じた瞬間、窓の外の空が白銀に染まった。


 国境の山嶺を覆っていた魔法陣が、一気に収束し、三体の火竜の四肢と翼、そして首を大地へと縫い留める巨大な光の杭と化したのだ。もがき、苦悶の声を上げる竜たち。それはもはや、空を統べる災厄ではなく、解体されるのを待つだけの「獲物」へと成り下がった。


アルバスはすぐさま通信の回線を切り替えた。


「――ガストン隊長、聞こえるか。アルバスだ」

 

通信の先で、出撃の時を今か今かと待っていた砦の騎士たちの、荒い息遣いと剣鳴が響く。


「コストは、わが国の未来を削って今しがた全額支払いを終えた。……あとはお前たちが、その剣で『臨時収入《竜の素材》』を確実に回収してこい。一滴の血、一枚の鱗も、ギルドに値切らせる隙を与えるな。……行け!」


『――応ッ! 総員、突撃ィ!!』


通信越しに、万雷の勝ちどきが爆発した。


光の檻に閉じ込められ、無防備な喉元を晒した三体の死神を目指し、銀色の騎士団が流星のごとく飛び出していった。


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