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国でも入れる保険があるんです!  作者: ぶれ


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2.保障と金貨の秤


 王宮の地下、堅牢な結界に守られた「契約儀式の間」には、戦場の最前線にも似た、ひりつくような緊張感が漂っていた。


「……お久しぶりですね、アルバス・アンガースタイン契約監理官。まさか、緊急(エマージェンシー)呼び出し《コール》があなたから来るとは」


 卓の向かい側に座るのは、漆黒のスーツを隙なく着こなした男、ノワール・ブラックウッド。国際保険ギルドの監査官であり、この世界で有数の「人の不幸を数字に換えるのが上手い」《敏腕営業マン》と称される男だ。


アルバスは、手元の冷めた紅茶には目もくれず、一枚の書類を突きつけた。


「くだらない挨拶はいい。わが国が加入している『対・広域魔導災害保険』に基づき、その付帯条項第五条……『対ドラゴン・緊急災害救済特約』の即時適用を申請する」


ノワールは、薄い唇を吊り上げて笑った。


「流石ですね、監理官。隣のオステア公国は、基本契約すらケチたせいで、今回申請すら門前払いでした。……ですが、残念ながら現状のAランクの火竜三体というリスク係数は、基本契約の想定を超えています。本来なら適用外ですが、まぁ緊急措置として申請は受諾しましょう。……ただし、特約の追加料金プレミアムはいただきますよ」


 ノワールが指を鳴らすと、手元の羊皮紙に数字が浮かび上がる。


「金貨五万枚。および、高純度の魔石で五百個。本来なら、この倍を請求するところですが、お得意様価格です!なんなら勇者招来オプションまでお付けしますよ!」


 通常契約で使われる魔石は魔獣のランクでE~Cランクのため、高純度…それこそ今回襲来している火竜クラス(B~Sランク)を五百個要求されていることになる。


「高純度の魔石五百個……!?」


 背後で控えていた財務次官アズールが、短い悲鳴を上げた。


「馬鹿な! それはわが国の防衛魔石貯蔵量のほぼすべてです! そんな支払いをすれば、国内の防衛魔王は停止、魔導産業も五年は停止してしまう!」


 アルバスは、ノワールが提示した法外な数字を冷徹に見つめ、首を振った。


「アズール、契約交渉中に取り乱すな。逆に足元をすくわれる。……話にならん。ノワール、我々が長年基本料金を払い続けてきたのは、いざという時に国を破産させるためではない。魔石は高純度なら百個。通常魔石なら五百。これが譲歩できるラインだ。」


アルバスはノワールの反論を待たずにそのまま話を続ける。


「そもそも勇者招来オプションなどいらん。あのすべて吹き飛ばす脳筋ポンコツ勇者なんて連れてきてみろ、火竜なんぞ何も残らず消し飛び、壊れる予定のなかった砦まで壊れて余計な被害しな発生せんわ。一応竜の鱗を貫ける魔法剣は騎士団にある。Bランクの土竜程度にしか使えんと思っていたが結界師に火竜を地面に落としてさえもらえれば退治はこちらで可能だ。」


「交渉になりませんね。その程度の魔力では、ギルドが派遣する結界師の『転移費用』と『広域防御魔法』を賄えません。彼らをのんびり歩かせて国境に向かわせますか?」


「不足分は契約特別条項の費用代替権を行使し、わが国の『王立魔導図書館・禁書庫の閲覧権』で補填する。ギルド認定の魔導技師五名に、一年間だ。ギルドの『魔法』開発推進部には魅力的な条件だろう?」


 ノワールの動きが止まる。だが、彼はすぐに冷酷な笑みを戻した。


「……五名で一年? 監理官、わがギルドの解析能力を過大評価していませんか。その程度の期間では、目録もくじを読み終えて終わりです。四名で、三年間。これなら高純度魔石四百個分の価値があると認めましょう」


「禁書庫の機密性が保てん。三年間ならニ名だ」


「いいえ、監理官。人数は三名以上です。人数が欠けすぎれば解析の効率が落ちます。その代わり、期間は二年間。……この条件が、二日に迫った緊急事態である『今すぐ』に結界師を転移させるための最低ラインです。いかがかな?」


 アルバスは数秒、無言でノワールの目を見据えた。


「……承知した。三名で二年間。ただし、閲覧対象は『第一禁書庫』のみに制限する」


「……フフ、結構。せめてトラップ禁書が少ないことを祈りますよ。条件を修正しましょう」


 ノワールが手元の羊皮紙をなぞると、書かれた文字が魔法のように書き換わっていく。だが、ノワールの表情から余裕が消え、ビジネスライクな厳しさが宿った。


「既契約『対・広域魔導災害保険』に基づき、その付帯条項第五条……『対ドラゴン・緊急災害救済特約』の適応。費用は金貨三万枚および、高純度魔石百個または通常魔石五百個。支払期限は一週間以内。対応内容は防衛魔導士三名の派遣による『対火竜用防衛障壁魔法』の行使、および『対象固定魔法』の行使、勇者オプションなしとどめの権利は貴国騎士団に。派遣期間は本日より一週間…でよろしいか?」


アルバスは羊皮紙を確認しながら頷いた。


「では、最後の一点です。保険料の支払遅延、あるいは申請内容の虚偽……それから契約不履行が発生した場合について」


 ノワールが鞄から取り出したのは、一枚の「真っ黒な」羊皮紙だった。


「この契約書自体が、強固な呪いの魔導具です。もし、貴国が契約を破れば、この羊皮紙に封じられた『契約の呪い』が発動。アルビオン王国の王都に張られたすべての既存魔法陣を強制解体し、一帯を魔力空白地帯へと変えるでしょう」


 アズールが息を呑む。魔法が生活の基盤であるこの国で、全魔法陣の解体は、国家としての死を意味する。


「監理官、よろしいですね? 国家保障契約は国を賭けた、重い誓約です」


アルバスはその言葉を聞きながら、脳裏で議会の光景を思い出していた。今この瞬間も、王宮の議場では自分を「売国奴」と罵る声が渦巻いているだろう。事後承認を得られなければ、自分は処刑台に送られるかもしれない。


 だが、アルバスの指に迷いはなかった。彼が恐れているのは、自分の死ではない。かつての魔法災害保険で、救えたはずの数千人が灰になった、あの光景を繰り返すことだけだ。


「――この国を守るコストとして、私の首が並んでいるなら安いものだ」


アルバスは、自らの立場も、未来の評判も、すべてを「損切り」するように、短剣で自らの指先を突いた。


「……わかっている。血と魔力の署名を始めよう」


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