四天王最弱
月曜日の朝というものは、それだけで人の気持ちに、少なからず曇りをもたらす。
足元を濡らしながら出社した私は、仕事に取りかかる前の、ささやかな気分転換の儀式へと向かった。
給湯室のポットから、心地よい沸騰音が広がる。
私はアッサムティーの茶葉を用意し、カップを軽くゆすいでから、丁寧に拭いた。
そのときだ。
小さく、押し殺したような声が、背後から飛び込んできた。
「聞いた? あの部長、やられちゃったんだって」
「あの……なんか、やたら長ったらしい部署の?」
「そうそう。
なんとかイノベーション殲滅事業部」
一拍置いて、くすりと笑う気配。
「名前だけは立派なのにさー。
やってることは、村長の孫娘に呪いかけるとか。
セコくない?」
「なにそれ。
そんなんだから、しょせん四天王最弱なんじゃん」
私は、ティーポットに湯を注ぐ。
ふわりと、香りが立ちのぼった。
ティーバッグも悪くはない。
けれど――
茶葉がしっかりと開き、風味と立体的な味わいが引き出される。
やっぱり、私はこちらの方が好きだ。
「だいたいさー。
偉そうなんだよね。若い子にKPIがどうとか」
「ああ、言ってた言ってた。
どっかから仕入れてきた言葉使ってさ。中身、スカスカなくせに」
「言い過ぎー。でもさ、あの必殺技。
なんだっけ……インフィニティスクアッド・斬?」
「だっさ」
クスクスと、ポットの湯気の向こうで笑いが溶けていった。
――そうなのかな。
私は、彼のことをよく知らない。
けれど。
流れるような熟練のポイズンタッチで、冥王竜の配下を退けた――
そんな話を、納会の席で年配の社員がしていたのを、ふと思い出す。
最弱って、なんだろう。
誰の評価なのだろう。
茶葉がゆっくりと開いていくのとは裏腹に、私の思考だけが、底へ沈んでいった。
「そんなわけで、次の部長、あいつらしいよ。
私、人事に聞いてきたから。セクハラ大将」
「うわー。最悪。
あれ、自分のこと潤滑油だって本気で思ってるし。
なんで、こんなんしか残らないんだろ。
……うち、やばくない?」
ティーポットから、カップに琥珀色の液体を注ぐ。
残りは保温の水筒に移し、後で楽しむ用だ。
引き出しには、先週いただいた出張土産のクッキーがあったはず。
私の思考は、四天王最弱から離れ、ほのかな甘味へと移っていた。
そこに。
「――さんは、次の四天王最弱って誰だと思う?」
声が落ちてきた。
最弱って、なんだろう。
誰の評価なのだろう。
私はゆっくり振り向いた。
「え……。誰だろ。
火属性とか、一見最強っぽいけど、実はー……とか?」
「あ、上手いこといって。
私もあいつに一票かな。
知ってる? 奥さん実はさー……」
私は足元に残る冷たさを感じながら、月曜日の朝の給湯室に、答えのない微笑みを残した。




