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怪異収束機関〈コンバージェンス〉 - 夜を視る少年  作者: Serizawa


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第5話 虚ノ王のささやき

 怪異収束機関〈コンバージェンス〉の“入り口”は、意外な場所にあった。


 学校から電車で二駅。

 繁華街の外れにある、築年数の古い雑居ビル。


 その三階――「心理カウンセリング・ルーム」と書かれたプレートのかかった扉。


 「ここ?」


「ここ」


 蓮は鍵を開けて、中へ招き入れる。


 白を基調とした小さな部屋。

 柔らかいソファと、観葉植物。

 壁には抽象画が数枚飾られている。


 ぱっと見は、どこにでもあるカウンセリングルームだ。


 「表向きはね。

  ほら、こっち」


 蓮が絵の一枚を横にスライドさせると、

 その裏から電子ロック付きの小さな扉が現れた。


 指紋認証。


 ピッという電子音とともに扉が開く。


 その向こうに広がっていたのは――


 「……地下?」


 無機質なコンクリートの壁。

 蛍光灯に照らされた階段が、さらに下へと続いている。


 「ようこそ、コンバージェンスへ」


 蓮の背中を追って階段を降りると、

 地下フロアには、いくつものモニターが並ぶオペレーションルームのような空間が広がっていた。


 SNSのタイムライン、ニュースサイト、監視カメラの映像、

 そして、地図上に点滅する赤いマーカー。


 「これ全部……怪異のログ?」


「の一部ね。

  全国にある拠点と連携してるから、ここはそのサテライトみたいなもん」


 説明しながら、蓮は一枚のファイルを手渡してきた。


 「霧島夜斗。白鐘いろは。

  ――君たちの“簡易プロファイル”」


 そこには、俺たちの名前と、簡単な経歴、

 そして“判定:怪異関連事象との関与濃厚”とだけ書かれていた。


 「勝手に調べてんじゃねぇよ」


「仕事だから。許して」


 苦笑する蓮。


 「で、本題。

  霧島夜斗くん」


 急に真面目な目つきになって、蓮は俺の目を見る。


 「君、怪異の“依代”だよね」


 空気が、一瞬凍りついた。


 いろはが小さく息を呑む。


 「……依代、って」


「怪異の力や呪いを、自分の中に溜め込める人間のこと。

  普通の人がそんなことしたら、すぐ壊れちゃうんだけど――

  君みたいな“器がでかい”タイプは、ある程度までなら平気」


 蓮は、机の上のペン立てからボールペンを一本取り出した。


 「例えば、こういうの」


 そう言って、

 自分の腕にボールペンで、ぐりぐりと何かを書き始める。


 “見ないで”。


 漢字で、そう書かれていた。


 「普通の人は、こういう簡単な呪詛でも、

  皮膚がひりひりしたり、気分が悪くなったりする」


 蓮は、腕を俺の前にかざした。


 「君、どう?」


「……なんとも」


 嘘偽りなく答える。


 むしろ、腕にまとわりついていた“もや”みたいなものが、

 じわりと俺のほうに流れ込んでくる感覚さえあった。


 「ほらね」


 蓮はボールペンの文字をアルコールで拭き取りながら言う。


 「君、無意識に“呪いを吸ってる”んだよ」


 依代。


 器。


 その言葉が、妙に頭の中で反響する。


 (俺は、そんなふうにできてるのか?)


 それとも。


 (“そういうふうに作られた”のか?)


 口の中が、乾いた。


 いろはが、おそるおそる手を挙げる。


 「あの、じゃあ、私は?」


「白鐘いろは。

  君は……ああ、これか」


 蓮は別のファイルを捲る。


 「巫女血統だね」


「みこ、けっとう……?」


「ざっくり言うと、“封印側”の人たち。

  怪異や呪いを、“外に出さないように祈る”ことができる血筋」


 蓮は、いろはの額にそっと手をかざした。


 「君、たまに頭痛くなったりしない?

  人混みとか、変な場所行ったあと」


「……めっちゃします」


「それ、たぶん無意識に“祈ってる”からだよ」


 いろははぽかんと口を開ける。


 「依代と、巫女血統。

  怪異と世界のあいだでバランス取るには、

  本来セットで必要な存在」


 蓮は、俺といろはを交互に見た。


 「君たちが同じ学校にいる時点で、だいぶ運命感じるよね」


「感じたくない運命だな」


「私、ちょっとだけ感じるかも」


 いろはは、小さく笑った。


 「だって、今まで一人で視えて、一人でビビって、

  一人でネタにしてきたけどさ。

  やっと“共有できる相手”できたんだもん」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。


 蓮は、満足げに頷く。


 「というわけで、正式にスカウト。

  怪異収束機関〈コンバージェンス〉、見習いメンバーとして、

  うちで一緒にやらない?」


 ――そのとき。


 視界が、揺れた。


 蛍光灯の光が、ぐにゃりと歪む。

 モニターの画面がノイズを走らせ、

 世界全体が、ほんの一瞬だけ“薄く”なった気がした。


 (……なに、これ)


 胸の奥で、何かが蠢く。


 ぼこ、と液体の表面に空気が浮かぶみたいに、

 俺の内側から、黒い何かが浮かび上がってくる。


 耳鳴り。


 遠くで誰かが俺の名前を呼んでいる。


 蓮か、いろはか。

 それとも――


 『――また会えたな、器よ』


 頭の中に、声がした。


 低く、深く、底なしの闇から響いてくるような声。


 『ずいぶんと、いい環境に育ててもらっているようだな』


 視界の端に、“影”が立っている。


 人の形をしているようでしていない、

 輪郭だけの真っ黒なシルエット。


 目も口もないはずなのに、

 そいつが、俺の内側を覗き込んでいるのが分かる。


 『さあ、どうする。

  人として生きるか。

  それとも――』


 声が、俺の鼓膜ではなく、直接脳に刺さってくる。


 『本来の、おまえに戻るか?』


 ――本来の、俺。


 その言葉に、何かが、引っかかった。


 思い出しかけた記憶。

 幼い自分の手。

 燃える街。

 誰かの泣き声。


 「――夜斗!」


 強い声が、暗闇を叩いた。


 誰かの手が、俺の手を掴む。


 いろはだ。


 その瞬間、世界がぶつりと切り替わった。


 目の前には、慌てた顔をしたいろはと、

 真剣な目つきで俺を覗き込む蓮。


 「……戻ってこれた?」


「……ああ」


 息が、荒い。


 蓮は、ほんの一瞬だけ目を細めてから、

 すぐにいつもの軽い笑みを浮かべた。


 「ね。やっぱり、放っとけないでしょ」


 その言葉は、俺に向けて言ったのか、

 俺の中の“何か”に対して言ったのか。


 自分でも、よく分からなかった。


 ただひとつ、はっきりしているのは――


 (俺の中には、“俺じゃない何か”がいる)


 そしてそいつは、ずっと前から俺を見ていて、

 俺が“器”として満ちるのを待っていたのだ。


 その名も、まだ知らないまま。


 ただ、その影が最後にこう囁いた感触だけが、

 しつこく頭の奥に残っていた。


 『――愉しませてくれよ、夜斗』


 それは、まるで。


 これから始まる地獄絵図を、

 心から楽しみにしている観客のような、ぞっとする声音だった。


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