第4話 怪異収束機関〈コンバージェンス〉
首なし女との“実験”は、予想外の結果をもたらした。
倉庫の裏に姿を現した首なし女は、
いつものように背後から囁きを仕掛ける前に、クロに飛びかかられた。
影そのものが獣になったような黒い塊が、
首なし女の胴体に食らいつく。
「ッ……!」
声にならない悲鳴。
血の気のない制服が、あっけなく影の奥に引きずり込まれていく。
断面から零れた黒い液体が、地面に染み込んで消えた。
それだけだった。
首なし女は、跡形もなく消えた。
翌日。
“首なし女の噂”は、まだ学校に残っていた。
だが、その内容は微妙に変化していた。
・廊下に“いたような気がする”女の話
・でも、最近はあまり聞かないね、という程度の弱い噂
何より、“消えた生徒”は、それ以上増えなかった。
(……ルールを破った罰は、あいつ自身が受けたってことか)
怪異が、自分のルールを守らなかった。
その結果、より強い“別の何か”に喰われて消えた。
そう整理した瞬間――
「――へぇ。面白いことしてるね」
そんな声が、頭の上から降ってきた。
放課後の教室。
いろはと一緒に動画の編集方針を話していた俺たちの元に、
知らない男子がひょいっと顔を出した。
黒いパーカーに、ラフな制服の着崩し。
柔らかそうな黒髪と、人懐っこそうな笑顔。
けれど、その目だけは、笑っていなかった。
「初めまして。黒羽蓮、って言います。
――怪異収束機関〈コンバージェンス〉所属」
「怪異、収束……?」
聞き慣れない単語に、俺といろはは同時に眉をひそめた。
蓮と名乗った男は、ひょいと教壇に腰を乗せる。
「簡単に言うと、
“怪異を、世界にバレないように片付けるお仕事”ってとこかな」
軽く言って、
彼は胸ポケットから何かの身分証明書らしきカードを取り出した。
そこには、確かに“怪異収束機関”のロゴと、名前が印刷されている。
「最近、この学校の“怪異の偏り方”がちょっとおかしくてね。
調べてたら――
君たちのことが、引っかかってきた」
蓮の視線が、俺といろはのあいだを往復する。
「首なし女を“消した”の、君たちでしょ」
心臓が、一瞬止まった気がした。
いろはも、表情を固くしている。
「……なんの話だか」
しらばっくれてみるが、蓮は肩を竦めるだけ。
「誤魔化さなくていいって。
うちの方でも、首なし女のログ、ちゃんと追ってるからさ」
「ログ?」
「怪異がこの世に“干渉”した痕跡。
噂話、SNSの書き込み、監視カメラのノイズ、
消えた人間の戸籍情報――そういうの、まとめてログって呼んでるんだ」
蓮は、スマホを操作して、俺たちに画面を見せる。
そこには、学校の見取り図とともに、
赤い点がぽつぽつと表示されていた。
「これが、首なし女が出現した座標。
ここ数ヶ月で、かなり活発になってたんだけど――」
蓮の指が、画面上の一点に触れる。
「ここ。倉庫の裏のこの場所で、
ログがぷつっと途切れてる」
まさに、俺といろはとクロが“喰った”場所だった。
「で、そのあとから、急に別のログが増え始めた。
“黒い獣を見た”とか、“影が動いた”とかね」
蓮の視線が、俺の足もとに落ちる。
クロは、机の影に潜んでいた。
その存在に気づいているのは、俺といろはだけ――だと思っていた。
「……視えてるのか?」
「うん、まぁ。
うちの仕事柄ね」
蓮は、苦笑交じりに頭をかく。
「でさ、霧島夜斗くん」
いきなりフルネームを呼ばれて、肩が跳ねる。
「君、ちょっと“普通じゃない”よね」
「……」
否定できなかった。
蓮は、そんな俺の反応を見て、ふっと目を細める。
「脅しに来たわけじゃないよ。
ただ――このまま野良で怪異喰いしてると、そのうちやばいことになるから」
「やばいこと?」
「怪異ってさ、一個消せばそれで終わり、ってもんじゃないんだ。
ルールを破って喰ってしまったら、その“帳尻合わせ”が、どこかに来る」
蓮は、黒板にチョークで簡単な図を書く。
円で囲まれた「世界」、
その中に小さな黒い点で描かれた「怪異」。
「世界は、ある程度“怪異の量”が決まってる。
ひとつを強引に消したら、そのぶんどこか別の場所で、
もっとヤバいのが生まれる。
――そういうふうに、バランス取ろうとするんだ」
聞いていて、背筋が冷たくなった。
「じゃあ、俺たちは――」
「君たちが悪いわけじゃない。
ただ、“やり方”を間違ってるだけ」
蓮は、振り返って笑う。
「そこで提案。
うちに来ない?」
「うち?」
「怪異収束機関〈コンバージェンス〉。
怪異を“消す”んじゃなくて、“収束させる”場所」
コンバージェンス。
収束。
耳慣れない単語が、妙にしっくりと胸に落ちた。
「怪異のルールを利用して、被害を最小限に抑えつつ、
世界全体のバランスを取る。
そういう仕事をしてる。
――君の力は、たぶん、そのためにある」
「そのために、って……」
生まれた意味、みたいに言うな。
俺は口を噤む。
いろはが、心配そうに俺を見上げていた。
「夜斗くん。行ってみよ?
私も、ちょっと興味あるし」
「お前まで乗り気になるな」
「だって、どうせこのままでも“巻き込まれ体質”なんだから。
だったら、ちゃんとした知識と人脈持っといたほうが得じゃん?」
いろはの割り切った言い方に、思わず吹き出しそうになる。
(……確かに)
怪異は勝手に寄ってくる。
首なし女だって、俺を見つけて距離を詰めてきた。
だったら。
「話だけ、聞く」
俺がそう言うと、蓮は満足げに頷いた。
「OK。
じゃ、今から連れてくね」
「え、今?」
「怪異関係は、後回しにするとだいたい手遅れになるからさ」
そう言って、蓮はくるりと踵を返した。
教室のドアの向こう――廊下の先に、薄暗い影が幾重にも重なって見える。
俺たちが歩き出したその先に、
世界の裏側が口を開けて待っているような気がした。




