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怪異収束機関〈コンバージェンス〉 - 夜を視る少年  作者: Serizawa


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第3話 黒い影、その名はクロ

 首なし女との一件は、結果だけ見れば“何も起きなかった”で済まされる。


 その日、首なし女に囁かれた生徒はいなかった。

 いろはの配信は、「ガチで出る高校に潜入してみた!」というタイトルでそこそこバズったが、

 動画内では怪異は“雰囲気”程度にしか映っていない。


 コメント欄には、


『また疑似心霊かよw』

『加工上手い』

『でも最後のカメラ揺れ方ガチっぽい』


 みたいな文字が並んだだけだった。


 ――少なくとも、表向きは。


 「なあ夜斗、最近さ」


 数日後。昼休みの教室で、佐伯が唐突に話しかけてきた。


 「この学校、転校してくやつ多くない?」


「転校?」


「ほら、あそこの席のやつとかさ」


 佐伯が指さした先――窓際から二つ目の席。

 そこは、ぽっかりと空席になっていた。


 「こないだまで誰か座ってただろ。

  なんか、名前忘れたけどさ。

  昨日担任が『家庭の事情で転校しました』って言ってたし」


 俺は、一瞬、息を止めた。


 ――空席。


 ほんの一週間前まで、そこには確かに男子生徒が座っていた。

 俺とそれなりに話すやつで、

 給食のデザートを交換したりもした。


 名前は、篝総一。


 「そういえば、あいつどうしたんだろうな。

  ほら、あの――」


「篝だろ」


 先に名前を出すと、佐伯は「そう、それ!」と笑う。


 「お前、よく覚えてんな。

  俺、出席番号の前後くらいしか覚えられねーわ」


「……そうか」


 軽く返しながら、心の中で呟く。


 (また一人、いなくなった)


 篝総一は、“振り返った”やつだ。


 放課後の廊下で、俺はそれを見た。

 誰もいないはずの廊下の真ん中で、

 首なし女に囁かれた篝が、ゆっくりと振り返っていく背中を。


 それから、世界が少しだけ揺れた。

 目眩にも似た、不快な感覚。


 次に瞬きをしたときには、廊下には誰もいなかった。


 ――翌日。

 クラスの席は“最初から空席だった”みたいに扱われていた。


 (あのとき、俺が何かできたのか、とか考えても仕方ないけど)


 だからこそ、もう繰り返したくない。


 そう思って、俺はいろはと組むことにした。


 * * *


 夕暮れの校庭の隅。


 誰も使っていない古い倉庫の裏で、俺といろはは“実験”をしていた。


 「じゃあ、“あれ”呼んでみて?」


「呼ぶって、お前簡単に言うな」


 俺は、倉庫の壁に背中を預けて目を閉じる。

 周囲に散らばる、夕暮れの影。

 そこに紛れてうごめく、薄暗い“なにか”。


 この学校には、首なし女だけじゃない。

 廊下の隅に溜まった黒い塊や、

 靴箱の下から覗く細い指や、

 理科室の標本に紛れた誰かの視線や。


 ――その中でも、俺に一番馴染んでいるもの。


 「…………」


 意識を、内側に向ける。


 どろり、と胸の奥から、闇が溢れてくる感覚。

 ずっと昔からそこにいたはずなのに、

 最近までそれを“自分のもの”とは認識していなかった。


 (おい。出番だぞ)


 心の中で呼びかけると、


 影が、応えた。


 「っ……!」


 胸の内側から、何かが飛び出す。

 俺の足もとに落ちた影が、ぐにゃりと形を変えた。


 地面に張りついた黒い染みが、

 生き物のように盛り上がり、脚を生やし、尾を生やし――


 やがて、猫のような、犬のような、

 それでいてどこか人間臭い輪郭を持つ“黒い獣”になった。


 「……おぉぉぉぉぉぉっ!?」


 いろはが、素で叫んだ。


 「ちょ、なにそれ! え、やば、かわ――

  じゃなくて、え、なにそれ!? 超やばいやつじゃん!」


「うるさい。でかい声出すな」


 黒い獣は、真っ黒な身体に、目だけが白く光っている。

 舌を出してあくびをし、退屈そうに尻尾を振った。


 「こいつが、“俺の中にいたやつ”」


「名前は?」


 いろはが、当然のように訊く。


 「……ない」


「じゃあ今決めよ。

  えっと、黒いから――クロ」


「安直すぎないか」


「いいじゃん。呼びやすいほうが愛着湧くし」


 いろはがしゃがんで、クロの頭を撫でようと手を伸ばす。


 クロは、するりとその手をかわした。

 代わりに俺の足に身体を擦りつけてくる。


 「……ツンデレ?」


「知らん」


 俺は、クロの頭を軽く小突く。


 「おい。あの首なし女、今どこにいる?」


 クロは、ぴくりと耳を動かした。

 次の瞬間、音もなく地面の影に溶ける。


 いろはが、ぽかんとそれを見送った。


 「……やば。

  瞬間移動?」


「多分、影の中ならどこでも行けるっぽい」


 クロが、怪異を“喰う”ところを、俺は一度だけ見たことがある。


 夜の公園。

 公衆トイレの前にたむろしていた、

 明らかに“人間じゃない”誰か。


 気づいたら、そいつはクロの腹の中にいた。


 ――そのとき以来、俺はクロが何なのかを深く考えないようにしていた。

 考え始めると、ろくな結論にならない気がして。


 いろはは、キラキラした目で俺を見る。


 「いいねぇ。

  “視える系男子”に“黒式神”とか、売れる要素しかないじゃん」


「人の人生をコンテンツ扱いするな」


「だって事実でしょ?

  私たちみたいな“視える側”の人間って、

  視えない人たちからすれば、最高のコンテンツなんだから」


 どこか自嘲めいた笑みを浮かべるいろは。


 「だったらせめて、自分で編集権握っとかなきゃ損じゃん」


「……そういう考え方もあるのか」


 クロが、地面からぬるりと姿を現した。

 尻尾を振り、俺の足もとに戻ってくる。


 「見つけた?」


 クロは、こくり、と首を縦に振った。


 次の瞬間――


 校舎の向こう側から、

 聞き慣れた“あの気配”が、はっきりと近づいてくるのが分かった。


 首なし女。


 さっきまで校門のほうにいたはずなのに、

 まるで何かに引き寄せられるように、この倉庫の裏へと向かってくる。


 「……どうする?」


 いろはの声が、わずかに震えた。


 「ここで、一度“ルール確認”しよう」


 俺は静かに息を吸う。


 クロは、俺の横に控えて、低く唸り声を上げていた。


 「首なし女は、“振り返ったやつ”を消す。

  じゃあ、そいつが“振り返る前に”手を出したら、どうなる?」


「どう、なるって……」


「怪異には、大体ルールがある。

  それを破ったとき、誰が罰を受けるか。

  ――それを、試す」


 いろはは、ごくりと喉を鳴らした。


 「え、もしかして今から――」


「首なし女を、喰う」


 俺の言葉に、クロの目がぎらりと輝いた。


 まるで、それをずっと待っていたかのように。

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