第9話 「ボクは決めたよ」
「ふふっ……ついに、やった……!」
放課後の自室。
カナタの指が、スマホのメール画面をじっと見つめていた。
《ご予約ありがとうございます:性別適合手術 日時:8月×日 午前10時》
「ボク……決めたんだ」
振り返ったその顔は、キラキラと輝く完全乙女モード。
「女の子として……西園寺くんと、生きていくって……!」
「テヘッ☆」
「テヘッじゃねーミュン!!!!」
後ろのモニターを覗いていたミュンが、椅子ごとひっくり返った。
「カナタ!? なにやってくれちゃってるミュン!?!?
どうしてそこまで暴走してるミュン!?!?!?
女子力がフルスロットル過ぎて、ブレーキ焼き切れてるミュン!!」
「だってもう、ボクの気持ちは止められないよ……」
カナタは窓辺に立ち、うっとりと夕日に目を細める。
「西園寺くんの隣に立つには……ボク、このジャマなモノとお別れしなきゃ」
「ん?」
「おち◯ちん……ジャマ!」
「ジャマって言うなあああああああ!!!!」
ミュン、机にガンガン頭を打ちつける。
「おち◯ちんは大事ミュン! 粗末にするなミュン!!
草葉の陰どころか、股間の陰で泣いてるぞミュン!!」
「うるさいなぁ……もう料金も振り込んじゃったし、あとは切除するだけだよ?」
「さらっと怖いこと言うなミュン!!!!
完全に人生のフラグ立ってるミュン!!!」
「ボク……」
カナタは胸に手を当て、真剣な顔で言った。
「今の“僕”に、ウソをつかずに生きたいの。
もしこれが“勘違い”だったとしても、ボクの勘違いだから……後悔したくない!」
「うぐ……ま、まともな覚悟ミュン……!
言い方アレだけど、目が本気ミュン……!」
ミュンは、カナタの視線に押され、言葉を失った。
でも――
《カナタ、ついに母と話す》
その夜。
居間でテレビを見ていた母に、カナタは意を決して声をかけた。
「……お母さん、ちょっと、話があるの」
「ん? なぁに?」
振り返った母の顔に、カナタの手が震える。
(言えるわけない……でも、言わなきゃ……)
口の中が乾く。でも、唇が動く。
「……ボク、自分の性別のことで、悩んでて……」
「うん」
「ボク、男の子として生きるのが、辛い……」
「……」
「女の子として、西園寺くんの隣に――生きていきたいの」
沈黙が落ちる。
テレビの音だけが、遠くに聞こえる。
「……そっか」
母は、少しだけ微笑んだ。
「本気なんだね」
「……うん」
「だったら、ちゃんと向き合ってあげなきゃね。あんたの気持ちに」
涙が、自然にこぼれた。
「……ありがとう、お母さん……」
背後のキッチンで聞いていた父が、なぜか味噌汁をこぼしていた。
男らしくなりたいって……言ってなかったか???」