第10話 「夏が…始まる」
【某所・ファミレス】
夜のファミレス。雨音が窓を叩く中、向かい合う二人の瞳が鋭く交差する。
「……ミュン、もう時間ないのよ」
美香の声は低く、冷え切ったコーヒーのようだった。
「わかってるミュン……このままだとカナタのカナタが……ABUNAI!!!!!」
卓上のドリンクバーの炭酸が小さく弾ける中、ミュンは身を乗り出す。
「手術なんてさせねぇ。あいつ……私が好きだってのに、何勝手に“終わらせて”んのよ」
「物騒な言い方してるミュンけど、背に腹はかえられぬミュン……
カナタを“あっちの岸”に渡らせるわけにはいかないミュン!!」
テーブルの上には、カナタの病院予約ページが表示されたスマホ。
“手術開始時刻:午前10時”
──残り、あとわずか。
【病院・手術室】
冷たい白の照明。ゆっくりと意識が遠ざかっていく中、
手術台の上の彼方は、ふっと微笑んだ。
「これで……僕じゃなくて、“私”になれるんだね……」
身体が重く、まぶたが閉じる。
「さようなら……“彼方”……これからは、“カナタ”として生きるよ……!」
医師の声が遠ざかる。
「麻酔、確認。メス、お願いします」
切り離される、少年の身体。
選ばれる、新しい生き方。
【病院前】
ミュン「間に合ええええええええミュン!!!!」
空が白み始める早朝、ミュンは全力で駆けていた。背中のランドセルから羽根が飛び出している。
美香「カナターーーッ!! お前!! 出てこい!!話はまだ終わってねぇ!!」
病院の自動ドアが開く。
看護師「あら、ご家族の方ですか? 手術……無事に終わりましたよ」
ミュン&美香「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」」
ふたりはその場で崩れ落ちた。
ミュン「この……バカぁぁああああ!!! 取り返しつかないミュン~~~~~!!」
美香「バカバカバカ……っ!あたし、あいつに何て言えばいいのよ……!」
【翌日・公園】
朝の風が、木々を揺らしていた。蝉の声が遠くで響く。
ベンチに座っていたのは、
ゆるふわのロングヘアに、女子制服。
足を揃えて座る、どこからどう見ても一人の少女。
「ふふっ……なんか、風が気持ちいいや」
彼女の名は――カナタ。
もう、“彼方”ではない。
ミュン「気持ちいいじゃねーミュン!! お前マジでやっちまったミュン!!
どこまで本気なんだミュン!!! 夢オチじゃなかったミュン!!!」
カナタ「夢だったら良かったって、思う?」
ミュン「…………ミュン…………いや……思わないミュン」
美香「バカ…ほんっとバカ……あたし、言ったよな、“好き”って!」
立ち尽くす美香の目は、泣きそうだった。
カナタ「美香……ごめん。でも……私、もう決めたんだ」
まっすぐな瞳。迷いはない。
「西園寺くんが、ボクを“彼女”として好きになってくれるかどうか……
それだけが、今の夢なの」
美香「はぁ!? じゃああんた、もしフラれたらどうすんのよ!?!?」
カナタ「その時は……泣きながら、合コン行く!」
ミュン「元気すぎだろミュン!? 人生の重みどこ行ったミュン!?」
美香「はぁ~~~~~~……もういい。
……でもあたしは、あんたのこと、諦めてないから」
カナタ「うん。嬉しいよ、美香」
カナタの笑顔に、空の青が差し込む。
夏が、始まる――。




