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鍵と光の希望  作者: SUZU
1章:試練の証明
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試練の証明6

 証言と調査方針の整理を終え、リュアたちは証言を終えた若者たちとともに、集会舎の扉を開けて外へ出た。



 すでに空は淡い朱に染まり始め、村を囲む山々が長く影を落としていた。広場には柔らかな夕暮れの光が差し込み、風が静かに石畳を撫でていく。



 だがその穏やかな光景の中に、不意に緊張が走った。



 広場の向こう側に、数名の年配の村人たちが立ち並んでいた。

 先頭に立つのは、年配の男性――白髪を後ろに撫で付け、灰茶の上着を羽織った厳格な面持ちの人物だった。その男が、腕を組んだまま無言でリュアたちを見据える。

 ヴァンがわずかに顔をしかめる。



 「……父さん」



 男――前村長エルゴ・ローデンは、息子の言葉には答えず、静かに前に出る。そして、冷たい視線をそのままリュアたちへと向けた。



 「……村の問題は、村で解決します。ギルドの方には、お引き取り願いましょう」



 その一言に、空気が一瞬凍りつく。

 静寂のなか、リュアは目を細め、「やっぱり来たか」と言いたげに眉をわずかに曇らせた。

 カイルは眼鏡の縁に手を添え、静かに持ち上げる仕草を見せる。

 グレンは、何も言わず、まっすぐに前を見据えたままだ。

 そんな彼らの反応を見てもなお、エルゴは微動だにせず、続けて語り始めた。



 「……他所に頼らずとも、わしらはこれまでやってこられた。見下されようと、田舎だと笑われようと――自分たちの手で守ってこそ、村の誇りになるんじゃろうが」



 その語調には、揺るがぬ信念と、長年この村を支えてきた者としての矜持がにじんでいた。



 「ギルドが来れば、若い連中は“そっちが正しい”と思い込む。そうやって村の芯が崩れていくのが、わしは耐えられんのじゃ」



 彼の背後に控えていた数人の年配の村人たちが、口を挟むことはなかったが、その瞳に込められた頷きは、明らかな賛同の意思だった。



 そして視線は、今の村長――ヴァンへと向けられる。

 その視線はどこか批判的で、父としてではなく、“村を託した者”としての眼差しだった。



 一方で、遠巻きに見守っていた若者たちは、不安そうに視線を揺らしていた。村長の背中を見つめながらも、言葉にはできない葛藤がその表情に表れていた。



 そんな空気の中、ヴァンが静かに前へ出る。

 その眼差しには、父への敬意と、同時に新しい世代を導こうとする決意が宿っていた。



 「……この方たちは、私が正式に依頼した冒険者です。すでに何人もの村人が、異常な姿をした魔物を目撃している。これはもう、村だけで抱えられる問題ではありません」



 真っ直ぐな言葉。だが、エルゴの表情は微動だにしなかった。



 「昔、大雨で村が孤立したときもそうだった。道は崩れ、援助は届かん。けど、わしらは諦めんかった。(くわ)と縄だけで道を拓き、罠と煙で山の獣を追い払った。――誰一人、見捨てんかった」



 語り口は、まるでかつての英雄譚を振り返るようだった。だがその語尾は、今の事態を軽視するような響きを伴っていた。



 「魔物が出た? それがどうした。騒げば余計に不安を煽るだけじゃ。放っておけば、そのうち山に戻るわい」



 その言葉に、エルゴの背後にいた年配者たちが「そうだそうだ」と低く声を重ねる。

 空気が、次第に張り詰めていく。



 ギルド側――リュア、グレン、カイル。

 保守派――エルゴとその支持者。

 そして、その間に立つように、村長ヴァンと若者たちがいる。

 それは、過去と未来、信念と現実の狭間で揺れる、ひとつの村の断層だった。



 張り詰めた空気の中、リュアが一歩、前に出る。 その動きに、周囲の視線が自然と彼女に集まった。

 リュアは静かに前村長を見据えたまま、淡々と口を開く。



 「……なるほど。でも、だったら試してみる?」



 声はあくまで穏やかだった。だが、その奥には確かな意思があった。

 リュアは軽く顎を上げ、視線を村の外れ――南西の山裾の方角へと向ける。



 「南西の方。澱んだ魔力の気配がある。あれは、自然のものじゃない。たぶん、そこに“いる”と思う。私たちは、その気配に慣れてるし、戦う準備もできてる。けど……」



 再びエルゴに目を向け、声の調子を少しだけ低くする。



 「キミたちに、対処できる? このまま、若い子たちを向かわせるつもり?」



 一瞬、風が吹き抜けるように場が静まった。

 その沈黙の中で、リュアはさらに言葉を重ねる。



 「……“村は村で守る”。うん、それ自体は、悪い考えじゃないよ」

 「でも――」



 再び一歩踏み出し、真正面から前村長エルゴを見据える。

 その瞳は冷たくも熱くもなく、ただ真っ直ぐだった。



 「それが、実際に守れるだけの“力”があるってことと、同じだと思ってるなら――ちょっと甘いよ。気持ち”だけで魔物に勝てるなら、誰も苦労しない」

 「キミたちが守ろうとしてる“誇り”って、実力もないのに外からの手を払いのけること?

 それって、誇りじゃなくて……ただの意地じゃない?」



 村人たちが息を呑む気配が広がる。

 だがリュアは、視線をそらさず、柔らかく続けた。



 「――ねぇ。明日、南西の方に出てる気配の調査に行く予定なんだけど」

 「もし“村の力”で何とかできるって本気で思ってるなら……ついてきてもいいよ?」



 その言葉に、若者たちの間でざわめきが起きる。

 だがリュアの声は、そこで少しだけ和らぎ、表情にも柔らかな笑みが浮かんだ。



 「……でもさ」

 「誰だって、得意なことと不得意なことがあるよね? “自分たちだけで”全部を抱える必要なんて、ないんじゃないかな」

 「畑を守るのも、家族を支えるのも、日々の暮らしを築くのも――それが、キミたちの“強さ”だし、誇るべきことだよ」

 「だったら今は、“戦うための力”が必要な時。その部分は、私たちに任せてほしい」



 その言葉に応じるように、広場の村人たちがざわめきを返す。 若者たちの間に動揺と期待が入り交じった空気が流れ、いくつかの視線がリュアの背中に向けられた。

 その時、エルゴが目を細め、低く息を吐いた。



 「……やかましい」



 短く、吐き捨てるような声だった。

 そして、鋭い視線でリュアを睨みつける。



 「口先だけの正義を振りかざすな。村のことは村で決める。それだけは、忘れるなよ」



 そう言い残すと、エルゴはくるりと背を向けた。

 彼の後ろに控えていた年配の村人たちも、迷いなくそれに続く。

 その背中を見送りながら、リュアは肩をすくめて、小さく苦笑した。



 「……ま、こうなるよね」



 その声は、諦めでも勝利でもなく――ただ、静かな現実の受け止めだった。

 エルゴとその一団が立ち去ったあと、広場には、しばしの沈黙が落ちていた。

 だがその静けさを破るように、村長のヴァンが一歩前に出た。そして、深く頭を下げる。



 「……お騒がせして、申し訳ありません」



 落ち着いた口調だったが、その声にはかすかな決意が込められていた。



 「でも……父を説得するためにも、私自身が現状をちゃんと見たいと思っています。明日の調査、私も同行しても構いませんか? 魔物との戦闘は多少心得があります」



 リュアが返事をしようとした――その瞬間だった。



 「俺も!」



 鋭く、だがどこか緊張を孕んだ声が広場に響く。

 全員の視線が、その声の主に向けられた。



 そこに立っていたのは、十代後半と思しき若者――くすんだ銀鼠色の短髪が夕陽に淡く照らされ、どこか青みを帯びた陰影を作っている。



 彼は、先ほど最初に証言をしていた少年――ティオ・マレンだった。

 緊張の面持ちを浮かべつつも、その瞳は揺らがなかった。

 淡い藤紫の眼差しがまっすぐにリュアたちを捉えていた。



 「俺も、明日の調査に同行させてください!」



 その言葉に、村人たちの間で小さなどよめきが広がる。

 ヴァンがすぐに落ち着いた声で補足した。



 「彼は村の自警団に所属していて、何度も野盗や盗賊の対応にあたってきた者です。対人戦が中心ですが、冷静な判断力と行動力があり、村でも頼りにされている一人です」



 ティオが頷き、やや緊張した声で、けれどしっかりと続けた。



 「……さっきの話、聞いてて思いました。俺も、やれることをやってみなきゃって。“村の誇り”とか“意地”とか、そんなふうに割り切れるほど簡単じゃないのはわかってます。でも――」



 一拍の間。

 ティオは言葉を選ぶように息を整え、拳を小さく握る。



 「俺は、意地じゃなくて……本当の実力が欲しいんです。村を守る“力”ってものを、ちゃんと知りたい。だから、行かせてください!」



 その瞳には、揺るぎのない決意が宿っていた。

 リュアは、しばし彼を見つめたあと、ふっと柔らかく微笑んだ。



 「……問題ないよ。そのほうが、村の今後にとっても、いい方向に行きそうだね」



 そして、ごく自然に――けれどどこか安心させるように続ける。



 「何かあっても、私たちが守るから。安心して、ついてきて。君が踏み出したこの一歩が、きっと他のみんなの勇気にもなるから」



 ティオは静かに頷き、その表情からは少しだけ緊張がほどけていた。

 その様子に、広場に立っていた他の若者たちの表情にも変化が生まれた。

 小さな勇気が、ゆっくりと波紋のように広がっていく。

 ヴァンは改めて一礼すると、リュアたちに向かって歩を進めた。



 「ありがとうございます。それでは、今夜の宿へご案内いたします」



 落ち着いた口調とともに、彼は広場の奥に続く道を指し示した。

 空はすでに日が沈み、明日の始まりを静かに待ち受けていた。



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― 新着の感想 ―
一気に最新話まで読み進めました。 これぞファンタジーと思える重厚な雰囲気がすごく刺さりますね はたして証言のような魔物が現れるのか…… これからの展開がすごく楽しみです! とても面白くて読みやすい! …
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