表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍵と光の希望  作者: SUZU
3章:調律される日常
73/74

調律される日常6

 「グレンにぃもリズも難しい話してる!」

 「私たちには理解するの難しそうですね……」



 横から話についていけず暇になったレミスとセリスが少し不満そうに声をかけてきた。

 リズが苦笑いをしながら「ごめんごめん」と謝る。



 「この本の内容も気になりますが……その前に、他の本も見てみましょうか」



 《自然魔法応用論》の本をグレンに返しながら提案する。グレンは頷き他の分野の本棚へ向かった。

 そして、歴史の棚、封印術の棚と回ってそれぞれの分野で一冊の本を選んで持ち歩いた。

 その後ろを三人がついていく。



 「グレンにぃ、いろんな本読むんだね」

 「どれも難しそう……ほんとに本が好きなんですね」



 レミスとセリスが、グレンがどんな本を選ぶのかと興味津々になりながらも、図書館なので小声で話していた。

 グレンは歩きながら、二人の方に一瞬顔を向ける。

 そしてすぐ前を向き話し出す。



 「……知らないことが減るのは、悪くないからな」



 背表紙を指で追って本を探しながらグレンは続ける。



 「新しい知識が、自分を守ることだってある」



 読書は、自分が最も落ち着くことであり、そして孤独の中を生きていくために必須だったこと。

 あまりにも身に沁みついていたせいなのか、自然に口に出てきたことにグレン自身も少し驚いていた。



 「新しい知識が」

 「自分を守る……」



 レミスとセリスがお互い目を合わせて目をぱちぱちさせて呟いた。



 「そうだね。二人とも今からたくさん本を読んでおくと、自分を守ってくれるし、大事な人を守れることだってあるよ」 



 リズが、二人の目線に合わせるように少し腰を落として、やわらかく言葉を続けた。

 レミスとセリスは、何か腑に落ちたような、嬉しそうな表情を浮かべ



 「私たちも……」

 「本を読んでみましょうか」



 と呟く。



 「今度、二人が読みやすい本を紹介してあげるね」



 リズが微笑みながら伝えた。



 グレンは三人の言葉を聞きながら、続いては心理学の本の棚のほうに目を向ける。

 気になる本を取って中身を確認して戻すという動作を何回か繰り返し、読む本を厳選していた。



 「心理学ですか?」



 リズは、様々な分野の本に手を伸ばしていくグレンの様子を見ながら、次は何を選ぶのだろうと、静かな興味を向けていた。

 だが、次に返ってきた言葉は、リズの予想とは少し違っていた。



 「俺は今まで、全く人と関わる機会が無かったからな」


 「……全く?」


 「あぁ……」



 リズの穏やかで、どこか安心できる空気に引かれるように、グレンは言葉を続けた。



 「物心着いた頃には……誰も俺に声をかける人はいなかった」



 それは、グレンにとっては遠い過去の話だった。

 だからこそ、淡々と、感情を交えずに語られる。



 「え……?」

 「ずっと……?」



 レミスとセリスは言葉を失ったように、しばらくグレンを見つめていた。



 「あぁ……最近まで、まともに人と話したことが無い」



 その話を聞いて、リズは口元に手を当てて少し考えるような仕草をする。



 「人と話すのは苦手なのかと思っていましたが、関わる機会が少なかったと聞いて……少し驚きました。こうして自然に話されているので……」


 「……手探りではあるがな」



 グレンは手に取った本をめくりながら答えた。そして一瞬手を止めて



 「だが……これで不自然じゃないのかは、まだ確信が持てない」



 と伝える。リズはわずかに目を細め、その言葉を静かに受け止めた。



 「あ、だからかな……?」



 不意にレミスが何かに気づいたように、いつものように元気のある声を発した。

 それにつられるように、三人ともレミスの方に目を向ける。








 「グレンにぃ、あんまり笑わないなって、好きな本に囲まれているのに!」








 それは、レミスの中で生まれた純粋な感想を素直に口に出しただけだった。

 リズは苦笑いを浮かべ



 「レミス……そういう人もいるんだよ。気持ちがあっても、顔に出にくい人もいるから」



 と、やわらかく言葉を添えた。セリスも横でうんうん、と頷いている。



 しかし、そのリズの言葉はグレンの耳には入っていなかった。その後の会話も耳に入らない。








 ――いきなり、グレンの視界が歪んだ。








 焦点が合わない。








 指先が冷たくなり、呼吸が浅くなる。

 うまく空気が入ってこない。








 笑うってなんだ?

 もちろん知識としては知っている。

 人が笑っている様子も見たこともある。








 だが……意識したことも無かった。








 俺は笑い方を知らない。

 方法がわからない。








 どんな時に人は笑いたくなるのか。







 楽しい時、嬉しい時に人は笑う。








 楽しいってなんだ?

 嬉しいってなんだ?







 わからない。

 ……やはり俺は、普通に人と関われないのか?




 




 人と話すときは、常にリュアがいた。

 あいつが会話をつないでくれるから、俺は話せていただけだ。








 俺自身が直接人と関われるようになったわけじゃない。







 俺は……違う。

 いや、違わない。

 結局、俺は――


 






 周囲の音が遠くなる。






 手に持ってた本がドサっと床に落ちた。

 その音でグレンは、はっと意識が戻り、リズたちはグレンの様子がおかしい事に気づいた。



 「グレンさん……大丈夫ですか?」



 リズは心配するように声をかける。



 その横で、レミスはやってしまった、というように顔を強張らせた。



 言葉が出ない。



 先ほどの自分の発言が、グレンを傷つけた、そう感じたのだ。

 セリスはレミスに寄り添いながら、心配そうにグレンを見ている。



 だがグレンは、どう返事をして、どう会話を続けていいのかがわからなかった。

 呼吸もなかなか整わない。



 返事をしないと、三人を心配させてしまう気がする。



 そう思えば思うほど、頭が回らない。それどころか思考がぐちゃぐちゃに、冷静さとは真反対の方向の方向に行ってしまう。



 「……すまない」



 絞り出した一言は、それだけだった。

 ダメだと思いながらも、足が勝手に動いていた。



 気づけば、その場を離れていた。



 リズが呼び止めようとするも、その声は届かず図書館を後にした。


***


 そのころ、リュアは宿屋の机で《自然魔法応用論》を読んでいた。

 理解はできたが、まだ完全には身についていない。



 しばらくして、ふぅ……と一息つく。

 本を置いて軽く伸びをし、そのままベッドに仰向けになって天井をぼんやりと眺めた。



 「うーん……これは、なかなか大変だ……」



 複合魔法を行うのに必要な知識があまりにも複雑で膨大で、思わず口から零れ落ちていた。



 新しい魔法への挑戦に対する好奇心があるのは間違いない。



 だが、この本を初めて読んだときに感じた、グレンの足を引っ張りたくない気持ちと、確かに感じるグレンとの実力差。

 自分よりも上がいる事への喜び。



 そして――その裏で、少しずつ積み上がっていく焦り。



 焦りは禁物と心の中で何度も繰り返す。

 焦ってもいいことはない。ただ、自分の妨げになるだけ。



 落ち着いて、少しずつ積み上げていく。今までもそうしていた。



 そう自分に言い聞かせて深く深呼吸をする。



 「……よし」



 もう一度本に向かおうと、上半身を起こしたその時、誰かが扉をノックした。

 誰だろうと首をかしげてから、リュアは扉へ向かう。



 「はーい」


 「リズです。リュアさん、お休みのところすみません」



 リュアは少し驚きながらも扉を開く。

 そこには、普段の穏やかさが消え、わずかな焦りを滲ませたリズが立っていた。



 「どうしたの?リズ」



 その問いにリズは一呼吸置き答えた。



 「グレンさんが……いなくなりました」



 そして図書館で起こった出来事をリュアに伝える。レミスとセリスはあのあと、リズが家まで送った。



 「そっか……そんなことが……」



 リュアは目を伏せながら表情を曇らせる。



 「グレンなら大丈夫だと思ってしまって……ついていってあげれば良かったな」



 そして、小さく息を吐きながら、申し訳なさを滲ませてそう呟いた。



 グレンは本当になんでもそつなくこなしてしまう。

 それが当たり前になっていたが、彼はまだ、人と関わり始めてから、封印が解けて今の時代で過ごすようになってから、一カ月ちょっとしか経っていない。



 そんな状態で、仕事に関係ない日常会話があふれるこの環境に対応しろというのは、グレンにとって酷な話だっただろう。



 「今日初めて会った俺から見ても、人と関わったことがないとは思えないくらい自然に見えましたから……無理もないと思います」


 


 そう言って、リズは手に持っていた紙袋を差し出した。



 「これはグレンさんが選んでいた本です。きっと帰ったら読みたいと思うので、預かっていてもらっていいですか?」



 リュアはそれを受け取り



 「ありがとう、リズ」



 と礼を言って部屋の机に置いた。



 「……すみません。きっとグレンさんは傷ついただろうに……うまく声をかけてあげられなかった……」



  リズはぎゅっと手を握りしめ、悔しさと後悔が入り混じった、やりきれない表情を浮かべる。



 「リズが気に病む事じゃない」



 リュアは首を振りながら答え外へ出た。

 表情を引き締め、目を閉じる。



 意識を切り替えるように集中し、魔力探知を広げた。

 周囲の風が、リュアの魔力に応じるようにふわりと流れた。



 グレンの性格を考えると、そのままこの村を出ていくとは考えにくい。



 きっと近くにいるはずだ。



 しばらく静寂が流れたあと、リュアはゆっくり目を開いた。

 心配そうに見ていたリズに優しく声をかける。



 「大丈夫。グレンの魔力の気配はまだ近くにあるよ」



 安心したように、ふっと息を吐いた。



 「……俺も、探しに――」



 その言葉にリュアは首を振った。



 「リズはレミスとセリスをお願い。二人ともきっとすごく気にしちゃっているから」


 「……そうですね。俺は二人のそばで待ってます」


 「ありがとう、リズ。グレンのことは私に任せて」



 リュアはそう言って、にっと安心させるような屈託のない笑顔を見せた。



 そして二人は宿を後にし、それぞれの行き先へと歩き出した。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ