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鍵と光の希望  作者: SUZU
3章:調律される日常
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調律される日常3



 六日目。



 朝の空気は澄み、草原には淡い霧が残っていた。 この日、リュアは三度目の挑戦に臨んでいた。



 水属性。



 初日は、基調を弱める感覚を掴みきれず、冷えに倒れた。

 二日目は、固定の一歩手前まで辿り着きながらも、わずかな乱れで崩れた。



 だが今回は違う。



 基調の揺らぎも、これまでよりはっきりと捉えられている。



 ――焦らない。

 ――削りすぎない。

 ――流し込む瞬間を、逃さない。



 魔力を巡らせる。

 風の基調を、丁寧に、しかし確実に弱めていく。



 やがて訪れる、ほんの一瞬の“空白”。

 そこへ、水の波長を重ねる。



 冷たい流れが、魔力路を満たす。



 拒絶はない。 反発も、暴走もない。



 揺れた魔力を、静かに整え――固定する。



 「……っ」



 全身に走る緊張。



 そして――



 強烈な冷えは、来なかった。



 代わりに、じわりとした感覚が、体の奥を撫でる。

 指先がわずかに冷える。



 だが、それは崩壊の兆しではない。

 澄んだ感覚が、体の内側に広がっていく。



 まるで、透明な水面が静かに張られたような、穏やかな安定。



 リュアは大きく息を吐いた。

 膝がわずかに震え、その場にふらりと座り込む。



 残る冷えと、ほんの少しのむくみ。



 それでも――



 その顔には、はっきりとした達成感が浮かんでいた。



 「……やった……!」



 震える声だったが、確かな喜びが滲んでいる。



 グレンは数歩離れた場所から、その魔力の流れを静かに見ていた。

 そして、短く告げる。



 「……成功だな」



 リュアが顔を上げる。

 グレンは続けた。



 「お前の風属性は、俺よりも基調が整っている。その状態からの再構成は難しかったはずだが……成功したな」



 評価は淡々としている。

 だが、その言葉の端には、確かな認める響きがあった。



 リュアは目を瞬かせ、そして、ぱっと笑顔を向ける。



 「うん!ありがとう!」



 その笑みは、誇らしく、まっすぐだった。



 風と水。



 二つの自然属性が、彼女の中で静かに共存していた。


***


 七日目。



 朝靄はすでに晴れ、空は澄み渡っていた。



 次の街は、もう半日も歩けば見えてくる距離だ。

 その前に――と、二人は草原の一角で足を止めた。



 「今日は、手合わせだね」



 リュアが軽く双剣を抜きながら言う。

 その目は楽しげで、同時に真剣だ。



 「今回は、自然魔法も使う」



 グレンもまた、静かに剣を構える。



 光と闇は使わない。



 リュアは風と水。

 グレンは火と風。



 新しく得た力を、実戦の中で確かめる。



 短く視線が交わり――次の瞬間、風が弾けた。



 先に踏み込んだのはリュアだった。

 風を足元にまとわせ、一気に間合いを詰める。



 だが、そこへ重なるように、グレンの風が加速する。



 速い。



 これまででも壁のようだった隙のなさに、さらに一段、速度が乗っている。



 剣と剣が打ち合わされる。

 火花の代わりに、風が鋭く鳴る。



 「……っ」



 リュアは軌道を変え、水の魔力を薄く展開した。

 地面に散らした水を、瞬時に滑らせる。



 わずかな足場の変化。

 予測をずらす一手。



 グレンの踏み込みが、ほんのわずかに遅れる。

 その隙に、リュアは横へ抜け、逆側から斬り込んだ。



 だが――



 重い剣が、正確にそれを受け止める。



 力任せではない。

 流れるような受け流し。



 水が岩に弾かれるように、リュアの剣は逸らされた。



 そのまま、火の魔力をまとった一撃が迫る。



 リュアは後退し、風で距離を取る。



 呼吸が荒い。

 速さも、圧も、隙のなさも―― やはり一枚上だ。



 数合の応酬の末、リュアの剣先が弾かれ、首元へ刃が止まった。



 勝敗は、明らかだった。



 「はぁ……また負けたー……」



 その場に座り込み、空を仰ぐリュア。

 悔しさはある。



 だが、それ以上に、どこか清々しい。

 グレンは剣を収め、静かに言った。



 「惜しかった。水の使い方も悪くない」


 「でも負けは負けだよ」



 リュアは苦笑しながら立ち上がる。

 そして、ふと首を傾げた。



 「ねえ、グレンって……攻撃よりも、防御の方が得意だよね」



 グレンが視線を向ける。



 「もちろん攻撃力も高いけど、 防御のときの魔力の流れ、すごくなめらかだし。剣術も、防御がすごくきれい」



 迷いがない。 無駄がない。

 相手を傷つけるためではなく、止めるための動き。



 グレンは一瞬だけ黙り、淡々と答えた。



 「……とにかく、逃げられればよかったからな」



 その声音は、過去を語るようでいて、どこか遠い。



 「魔物相手には、攻撃も必要だった。だが人相手なら、傷つけずに済むならその方がいい。だから、防ぐ方が多くなった」



 純粋な攻撃力も、彼の方が上だ。

 それでも、選んできたのは、防ぐ術。



 リュアは目をぱちぱちと瞬かせる。

 そして、ふっと苦笑を浮かべた。



 「……本当に、キミは……」



 その先は、言葉にならなかった。

 胸の奥に、温かい何かだけが残る。



 グレンはその意味を知らないまま、静かに風の止んだ草原を見渡していた。


***


 その日の夕暮れ。


 街の門をくぐった瞬間、外の草原とは違う空気が二人を包んだ。

 大きな都市ではないが、数日ぶりに人の気配がまとまっている場所だ。



 石畳と家並みを見ただけで、二人の足取りはわずかに軽くなった。



 「今日はもう遅いし、宿を取ろうか」



 リュアが軽く伸びをしながら言う。



 「クエストを確認するのは明日にしよう」



 グレンも頷く。



 連日の移動と訓練で、さすがに体には疲労が溜まっている。



 門をくぐり、石畳の通りを歩き始めたそのとき――

 リュアの胸元で、淡い光がにじんだ。



 服の内側に下げていた魔導印が、静かに反応している。



 「……あ」



 鎖を引き出し、白銀の楕円形の板を手のひらに乗せる。

 中心に刻まれた淡い文様が、ゆっくりと明滅していた。



 「ディアスからだ」



 少し嫌そうな声。何を言われるのか予想がつく。

 指先をかざすと、魔導印の上に半透明の情報プレートがふわりと浮かび上がる。



 そこに表示されたのは、いかにも彼らしい簡潔な私信だった。



 『おい、リュア。 なんでお前は水属性、グレンは風属性が魔導印に追加されてるんだ。報告書をよこせ』



 リュアはしばし無言でそれを見つめ、 「あー……」と、視線を逸らした。



 魔導印は、新たに習得した属性を自動的に登録する。

 それを見たディアスが、即座に反応してきたらしい。



 ため息を一つついてから、リュアは返信を書き込む。



 『グレンが考えたサブ属性の習得方法だから、報告書の書き方教えるついでにグレンから送ってもらうね!』



 送信。



 そして、何事もなかったかのように顔を上げる。



 「ということでグレン、宿に着いたら報告書の書き方教えるから」


 「……何が“ということで”なんだ。話を省くな」



 グレンが眉をひそめる。



 「ディアスがね、新しいサブ属性についての報告書を送れって言ってきた……」



 心底面倒くさそうに言う。



 「報告書?」


 「うん。サブ属性を習得する人って、かなり少ないでしょ? どういう条件で発動するか、研究者もずっと調べてるんだよ。 その研究材料としての報告書」



 グレンは少し考え、納得したように頷いた。



 「……なるほどな」



 「理論の細かいところまで理解してるの、グレンの方でしょ?だから――あとは任せた!」



 ぱん、と軽く両手を合わせるリュア。



 「まぁ……構わないが」



 そう答えると、リュアはぱっと表情を明るくした。



 「よろしくね!」



 そんなやり取りを交わしながら、二人は宿屋へと向かう。



 その夜。



 小さな机に向かい、グレンは魔導印を展開していた。

 


 理論の要点、習得までの過程、身体への影響。

 必要事項を簡潔に、だが漏れなくまとめていく。



 迷いはない。

 文章は整然としており、論理も無駄がない。



 その様子を、グレンの後ろからリュアが眺めていた。



 「……すご」



 思わず漏れる。



 「文章、きれいだね。私だったら途中で投げたくなるよ、これ」


 「事実を並べているだけだ」



 淡々とした返答。

 だが、魔導印に刻まれていく文面は、研究資料としてそのまま提出できるほど整っている。



 リュアは羨ましそうにため息をついた。

 事務仕事がどうにも苦手な自分との差を、まざまざと感じる。



 やがて、最後の一文が書き終えられた。



 「送信する」



 淡い光が瞬き、報告書はギルド本部へと転送される。

 グレンは魔導印を閉じ、静かに椅子から立ち上がった。



 「これでいいのか」


 「うん、これで十分。もし、 明日ディアスから追加質問が来たら……」



 そこで、グレンの動きがわずかに止まる。

 ほんの一瞬、眉が寄った。

 言葉の続きを察したらしい。



 リュアはにやりと笑う。



 「それも頼んだ」



 グレンはほんのわずかに肩を落とし



 「……わかった」



 と答えた。

 窓の外では、街の灯りが静かに揺れていた。







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