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鍵と光の希望  作者: SUZU
3章:調律される日常
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調律される日常1

 レーンハルを出発した翌日から、二人の旅路は少し様子を変えていた。



 北へと延びる街道を歩きながら、昼は移動、夕方から野営。 その合間を縫って、リュアとグレンは交互に魔法の訓練を行うことにしていた。



 次の街までは、徒歩でおよそ一週間。 決して短くはないが、魔法の習得に使える時間としては、十分とは言えない。



 焚き火を挟んで腰を下ろしながら、リュアがぽつりとこぼす。



 「一週間で、新しい属性を身につけるのは……流石に厳しそうだね。空いてる日を見つけて、少しずつ訓練していくしかなさそう」



 現実的な判断だった。属性の習得は、才能よりも時間と反復がものを言う。



 リュア自身、それを身をもって知っている。



 だが、その言葉を聞いたグレンは、少し間を置いてから答えた。



 「……一つ、試してみたいことがある」



 リュアは小さく首を傾げ、グレンを見る。



 「試したいこと?」



 「あぁ。理論上は……可能なはずだ」



 それ以上は多くを語らなかった。

 ただ、どこか確信を含んだその声音に、リュアはそれ以上追及しなかった。

 そして――その“試み”は、ほどなくして結果として現れた。



 乾いた風が、草原を撫でていく。



 地面に膝をついたグレンは、荒く息を吐きながら、片手を下ろした。

 周囲には、まだ消えきらない風の名残が、淡く揺れている。



 リュアは、その光景を呆然と見つめていた。



 「……本当に……習得した……?」



 半ば無意識に漏れた声だった。



 グレンは短く息を整えながら、首を横に振る。



 「まさか、一発で成功するとはな……」



 その言葉通り、彼の表情に浮かんでいるのは達成感よりも困惑だった。

 闇がメイン属性であるグレンにとって、火に続いて身についた、二つ目のサブ属性――風。



 それを――たった一日で。



 リュアは一瞬言葉を失ったあと、

 思わず息を呑み――そして、目を輝かせた。



 「……グレン、どうやったのか、教えて?」



 グレンは、向けられた興味の強さにわずかに間を置き、視線を逸らして小さく息を吐いた。



 「……分かった」



 そう答えると、少し考えるように視線を落とした。



 「直接のきっかけは、《自然魔法応用論》にあった、たった一文だが……」



 彼は、記憶をなぞるように言葉を選ぶ。



 「――自然属性魔法は、それぞれ異なる“魔力基調”によって成り立つ。もし基調そのものを変換できるなら、魔法体系は拡張され得る」



 「基調……?」


 「魔力の波長の根本部分だ。サブ属性が身につかない最大の理由は、既存の属性の基調が、強く固定されているからだ。だから俺は――まず、それを弱めることを考えた」


 「弱める……?」


 「消すわけじゃない。属性そのものの癖を、一時的に薄くする。魔力を大量に循環させながら、揺らぎを読み取って……基調だけを、狙って減衰させる」



 淡々とした口調だったが、その内容は尋常ではない。



 「その瞬間に、新しい属性の波長を流し込む。本にあった自然属性の波長構造を参考にしながら……自分で再現してな」



 膨大な魔力量と、精密な魔力制御。

 そのどちらが欠けても、成り立たない。 リュアは、それを一瞬で理解した。



 「……そのあとは?」


 「混線した魔力路を、共存できる形に整える。ここが一番きつかった」



 その言葉に合わせるように、グレンはこめかみに手を当てる。



 「耳鳴りと、軽い眩暈があった。 ……この方法でもこれは付き物なんだな」



 まるで、ただの作業報告のような言い方だった。



 だが、今までの説明を聞き終えた瞬間、リュアの表情がぱっと明るくなった。



 「……そしたら、明日は私の番だね」



 期待を隠そうともしない声音だった。驚きはすでに消え、そこにあるのは純粋な興味と、前向きな高揚感だけだ。



 グレンは、その様子を一度だけ見てから、静かに頷いた。



 歩き出しながら、リュアはすぐに問いを重ねる。



 基調を弱める感覚は、どう捉えればいいのか。

 循環させる魔力の量は、どの程度を目安にするのか。

 新しい波長を流し込む“瞬間”を、どう見極めたのか。



 グレンは、その一つ一つに答えていった。

 理論の骨子も、注意すべき点も、すべて包み隠さず伝える。



 「……あとは、実際にやりながら調整するしかない。お前なら、問題なく辿り着けるはずだ」



 その言葉に、リュアは小さく笑った。



 「うん。ありがとう」



 野営に適した場所を見つけ、二人は自然と作業に取りかかる。

 焚き火の準備をしながら、荷を解きながら、話は続いた。


***


 出発してから二日目。



 この日は、リュアが水属性の習得に挑んでいた。



 前夜、グレンから聞いた理論と感覚。

 それを頭の中で何度も反芻しながら、彼女は静かに魔力を巡らせる。



 ――基調を弱める。

 ――揺らぎを捉える。

 ――そして、その隙間に、新しい波長を流し込む。



 やるべきことは分かっていた。 理解も、しているつもりだった。



 だが。



 魔力を流し込んだ瞬間、感覚がずれた。



 「……っ」



 体の内側から、冷たいものが一気に広がる。 水属性特有の反応――むくみと、芯まで染み込むような冷え。

 リュアはその場に膝をつき、息を詰めた。



 「……失敗、だね」



 自嘲気味にそう呟いた声は、わずかに震えていた。



 その様子を、少し離れた位置から見ていたグレンが歩み寄る。

 地面に膝をついたままのリュアを見下ろし、ふとを吐いた。



 「……お前の風の基調は、整いすぎている」



 淡々とした声音だった。



 「今までの努力の賜物だ。だが……その分、弱めるのには少し苦戦しそうだな」



 リュアは顔を上げ、黙ってグレンの言葉に耳を傾けた。



 「でも、感覚は悪くなかった。揺らぎの捉え方も、流し込むタイミングも、大きくは外していない。何度か試せば、いずれ形になるだろう」



 その言葉を聞いて、リュアは小さく息を吐いた。

 身体を襲う冷えに耐えながらも、どこかほっとしたように笑う。



 「そっか……それなら、また次だね」



 震える声の奥に、落胆はなかった。

 むしろ、次の挑戦を思い描いているような、前向きな響きだった。



 夜。 焚き火の前で、リュアは毛布にくるまり、身体を丸めて横になっていた。

 火のそばにいても、寒さが抜けきらない。



 「うう……寒い……」



 小さく漏れた声に、焚き火の向こうで本を読んでいたグレンが視線を上げる。レーンハルを出る前に購入したばかりの、分厚い本だ。



 一瞬だけ躊躇し、それから静かに声をかけた。



 「……大丈夫……か?」



 リュアは毛布の中から、少しだけ顔を出す。



 「大丈夫……一晩休めば、確実に治まるものだし……」



 そう言い切る声は弱っていたが、無理をしている様子ではなかった。



 グレンはその様子を確かめるように見つめてから、そっと魔力を動かす。

 火は出さない。

 ただ、空気そのものを温めるように。



 焚き火の熱とは違う、柔らかな温もりが、リュアの周囲を包み込んだ。



 「あ……」



 リュアの肩から、わずかに力が抜ける。



 「……ありがとう、グレン」


 「……いや」



 短く返し、グレンは再び本に視線を落とした。



 その様子を、リュアはぼんやりと眺める。

 火に照らされた横顔。

 ページをめくる指先。



 「ねぇ、グレン」


 「……なんだ」


 「グレンが本を読んでるときって、ほわほわしてるね」



 一拍、間が空いた。



 「……ほわほわ?」



 困惑したように眉を寄せ、グレンがこちらを見る。



 「うん。なんか、穏やかというか……のんびりしてるというか……そんな感じ」



 言葉を探すように、リュアは小さく笑った。 そして、うとうとと瞼を伏せながら、心の中で思う。



 ――きっと。 グレンが普通に育っていたなら、周りを自然と落ち着かせるような、そんな人だったんだろうな。



 そのまま、リュアの呼吸はゆっくりと整い、眠りに落ちていった。



 焚き火の前で、グレンはしばらく本を閉じたまま考えていた。



 「……穏やか……か」



 封印から目覚めてから。 確かに、何も気を張らずに過ごす時間は、少しずつ増えている。



 そのことに気づいた瞬間、胸の奥に、ほんのりと温かいものが残った。

 焚き火が、静かに音を立てて燃えていた。



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― 新着の感想 ―
グレンの新しい属性…今後の戦いで披露されるのが楽しみですね…
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