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鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
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沈黙の街33

 そんな彼女の様子に気づいたのか、グレンは前を向いたまま、視線だけをリュアの方へ向けて言った。



 「……お前の魔力操作は、理論値に近い状態までコントロールできてる」



 唐突な指摘に、リュアはきょとんとしてグレンの顔を見た。だが彼は特に表情も変えず、視線を前へ戻して言葉を続ける。



 「風属性に関しては……これ以上、精度を上げる余地は、あまり残ってないだろう」


 「……へぇ。グレンにそう言ってもらえるのは嬉しいけど……」



 リュアは感心したように小さく頷き、次の瞬間には腕を組んで考え込むような仕草を見せた。



 「そうなると……出力を上げるか、別の属性を習得するか、だよねぇ……」



 最強の冒険者とも称される彼女の魔力量と出力は、すでに常人とは比べ物にならない領域にある。となれば、自然と選択肢は――新たな属性の習得へと思考が傾いていく。



 しかし、その道のりが容易ではないことも、リュアは身をもって知っていた。



 風属性を得るまでに費やした、気の遠くなるような修練の日々。魔力を何百回、何千回と放出し続け、ただただ属性の“感覚”が身体に馴染むのを待つ、地道で苦痛を伴う作業。



 ただ流すだけでは済まない。



 疲労は着実に蓄積し、やがて身体の均衡が崩れていく。

 頭痛、吐き気、慢性的な眠気。思考は鈍り、集中力が途切れる。



 属性によって症状も異なり、火なら微熱と火照り、風は耳鳴りや関節痛。水はむくみや冷え、土は平衡感覚の乱れや重だるさ。



 ――どれほどの時間と労力を注ぎ込んでも、新たな属性が現れるとは限らない。



 リュアは口元に手を添えて小さく首をかしげた。

 ほんのわずかに眉を寄せたその横顔は、どこか子どもっぽくもあり、真剣に“どうしようかな”と考えている様子がにじみ出ていた。



 そんな彼女の横で、グレンがふと思い出したように口を開いた。



 「……本屋で買った《自然魔法応用論》。違う属性を組み合わせて使う魔法についての本だが……」



 言いながら、彼はリュアの方へちらりと視線を向ける。



 「恐らく――再現可能だ」



 その一言に、リュアの表情がぱっと明るくなった。



 「え……すごい……! やってみたい!!」



 胸に湧き上がった興奮のまま、小走りに前へ出て、リュアは勢いよくグレンの前に回り込んだ。



 真正面から顔を向け、瞳を輝かせながら訴えるように言う。

 その勢いに、グレンは思わず足を止めた。



 「……落ち着け。あくまで“自然魔法”の応用だ」



 言い含めるように前提を置いてから、淡々と続ける。



 「これを試すなら……俺もお前も、新しい属性を身につける必要がある」



 自然魔法は、火・水・風・土の四属性。 聖・呪・光・闇はそれとは別に、“概念魔法”として区別されている。



 リュアは光と風、グレンは闇と火―― 必要な組み合わせを揃えるには、別の自然属性を得なければならなかった。



 だが、そんな説明に、リュアは少しも気圧される様子がなかった。



 「そんなに面白そうなことがあるなら……やるっきゃないでしょ」



 唇の端を、不敵に吊り上げて笑う。

 そして、くるりと踵を返すと、何事もなかったようにグレンの隣へ戻り、歩き出した。



 「うーん……そうすると、私が新しく身につけるなら――水かなぁ」



 楽しそうに空を仰ぎながら、指先を顎に添える。



 「確か……風と水で、放電現象が起こせるって、前に話してたよね?」


 「ああ」



 グレンは即座に頷いた。



 「雷は身近な自然現象だ。イメージもしやすい。 魔法は、術式の構成だけじゃない……現象を思い描く力も要るからな。比較的、身につけやすいと思っていい」



 「ほかには、どんな組み合わせがあるの?」



 グレンは少しだけ視線を遠くに向け、淡々と、思い出すように口を開いた。



 「基本は……自然現象の再構成だ。

 火と風なら、熱流の渦。

 水と土なら、液状化。

 風と水なら、放電現象――雷の模倣」



 そこまで聞いて、リュアは小さく頷いた。



 「それ以外にも――



 火と土なら、地面を溶かして流す……マグマのような状態を作ることもできる。


 火と水なら、急激に蒸気を発生させて、爆ぜるような膨張を起こせる。


 風と土は、砂塵を刃のように扱うことも可能だ」



 淡々と語られるその内容を、リュアは思わず目を見開きながら聞いていた。



 「それぞれの属性の魔力操作精度。それを組み合わせる術式の理解度。そして――現象を思い描くためのイメージ。この三つが揃えば、理論上は……自然現象の大半を再現できる」



 「なるほど……」



 リュアは小さく唸るようにつぶやき、視線を空へと巡らせる。



 「ってことは……風と水って、雷だけじゃなくて……濃霧とか、豪雨みたいな天候も、意図的に起こせたりするのかな?」


 「そうだ」



 グレンは短く肯定した



 リュアは、しばらく空を見上げたあと、どこか弾むように、ふっと笑った。



 「グレンはどうするか、もう決めてるの?」



 その問いに、グレンは少し間を置いてから答えた。



 「俺は……土か、風で迷っていた」


 「え、土……?ってことは……マグマ系の魔法?」



 少し意外そうに、リュアが目を瞬かせる。



 「ああ」


 短く頷き、続ける。



 「土単体での防御力も高い。二人で動くなら、何かと便利だと思った。だが……魔物をそれで倒すとなると――」



 言葉が途中で止まり、二人とも自然と想像してしまう。

 溶けた地面に沈んでいく魔物の姿。 熱と泥に呑み込まれ、身動きも取れずに消えていく光景。



 「……流石に、グロいね」



 ぽつりと、リュアが呟いた。



 「……そうなんだ」



 どこか渋い顔のまま、グレンも短く返す。

 そして、ほとんど同時に、二人とも軽く肩をすくめた。



 やがて、グレンが静かに結論を出す。



 「……やはり、風にしておく」



 わずかな迷いを振り払うように、言い切った。



 「単純な火力の強化として分かりやすいし、応用の幅も広い。防御なら……闇魔法でも、ある程度は補える」


 「だね」



 リュアは素直に頷いてから、少しだけ笑う。



 「風魔法って、動きを補う術も多いし……グレン、今でも十分に速いのに、それが加わったら……さらに厄介になるなぁ」



 冗談めかした口調ではあったが、そこにはからかいとも賞賛とも違う、純粋な実感がこもっていた。



 グレンは、その言葉に小さく息を吐いて間を置いてから、ふと、声のトーンが変わる。



 「……それと、もう一つ考えていることがある」



 リュアは、咄嗟に真顔になってグレンを見る。



 「なに?」


 「この自然属性の複合魔法……」



 わずかに言葉を選びながら、続ける。



 「一人じゃなくても、再現できる可能性がある」



 その言葉に、リュアは目を瞬かせ、ぱっと顔を輝かせた。



 「それって……私とグレンの魔法を、合わせて打てるってこと?」



 期待がそのまま声に乗っていた。



 「そうだ」



 グレンは短く頷く。



 「魔力の出力も、単純に二人分になる。威力そのものは……かなりのものになるはずだ」



 そこで、彼は一度言葉を切り、わずかに視線を落とした。



 「だが……あくまで、俺の仮説に過ぎない。実現できるかどうかは分からないし……難易度も、今までの魔力操作とは比べものにならないだろう」



 その現実的な言葉に、リュアはしばし呆然とした後、ぽつりと零す。



 「……グレンが、考えたの?」



 グレンは顎に手を当てながら、少し考えるように視線を泳がせる。



 「本には、複数の属性魔法を掛け合わせる理論と、術式の考え方は丁寧に書かれていた。……直接の言及はなかったが、この理論なら……二人の魔法を重ねることも、可能なんじゃないか、と……思ってな」



 一拍置いて、リュアの顔がぱっとほころぶ。



 「じゃあ……それも、やってみようよ! 私と、グレンで!!」



 弾む声でそう言いながら、子どものようにはしゃぐ。



 「おい……」



 グレンは少し引き気味に眉をひそめる。



 「さっきも言ったが、まだ仮説の段階だ。うまくいくかは分からないし……二人の魔力の質も、術式も、タイミングも合わせなきゃならないんだぞ」



 リュアは一瞬きょとんとした顔をしてから、すぐに言い返した。



 「さっきも言ったけど――」



 にっと笑い、胸の前で拳を手の平に当てる。



 「そんなに面白そうなことがあるなら……やるっきゃない!!」



 今度は先ほどよりも、余裕と自信のこもった声だった。



 「グレンだって……思いついたからには、試してみたいでしょ?」



 いたずらっぽく目を細めてそう言われ、グレンはわずかに視線を逸らす。



 「……まぁ」



 しぶしぶのように、だが本音を隠しきれない様子で答える。



 「可能性があるなら……試してはみたいが……」



 その返事を聞いた瞬間、リュアは満足そうに笑った。



 「じゃあ、決まりだね!」



 そして、少し真面目な顔になって続ける。



 「次の街まで、まだしばらくかかるし……訓練する側と、野営の見張りをする側、私とグレンで交代しながらやっていこうか」



 言った直後、少しだけげっそりした表情を浮かべて肩を落とす。



 「多分……新しい属性の訓練をした直後は、しばらく動けなくなるだろうからね……」


 「……そうだな」


 「見張りは一人で十分だし、その間に、私はグレンが買ったあの本で……理論とか、術式の確認しておくよ」



 グレンは静かに頷き、それを肯定する。



 「次の街に着いたら……クエストを受けながら、しばらく自分たちの力を伸ばしていこう」



 一歩先を見つめるような声で、そう言ってから――



 「強くなったら、その分……守れるものも、増えるから」



 そう口にして、ふっと柔らかく微笑んだ。

 グレンはその横顔を一瞬だけ見つめ―― そして、何も言わずに、また前を向いた。



 誰かと一緒に力を伸ばす。 強くなって、そして――誰かを守る。

 それは、今までのグレンにはなかった、不思議な感覚だった。



 だがその空気は、決して、悪くはないと……思えた。



 影喰。 封印が解けたことによる影響。

 この先、何が待っているのかは、まだ分からない。



 それでも歩みを止めず、 確実に――自分たちの力を磨いていく。



 すべては、いつか何かが起きても――

 二人で、その一歩を踏み出せるように。





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