沈黙の街32
夜明け前――。
リュアとグレンは、ギルド本部の職員と合流し、ベイルの身柄を正式に引き渡した。
あわせて、リュアたちが発見した帳簿も職員の手に渡る。
ベイルは拘束されたまま、静かに連行されていった。
その目からは、もはや怒りも憎しみも消えていたが、彼の過去に積み重ねた数々の不正と罪は、これからすべて明るみに出され、法の下で裁かれることになるだろう。
ギルドの建物自体は、すでに爆発により崩壊していた。 だが――あのとき展開されていた結界が、皮肉にも外部への衝撃を抑える役割を果たしたことで、周囲の建物や街の住民に大きな被害は出なかった。
次の日から本部の職員たちは、市内の空いている建物を利用し、地元に残る職員たちと協力して仮設のギルド機能を整え始めた。混乱は続くものの、最低限の業務は再開できるようになっている。
そして、現在このレーンハルに滞在していた冒険者たち――
リュアとグレンの《アークノクス》や《ルセリア》の三人、手が回らない部分は――アナスタシアたち《フローネ》の三つのパーティが力を貸し、それぞれがクエストや対応業務を分担していた。
さらに、ジークたち《レグナム》のように、もともとレーンハルを拠点として活動していた冒険者たちも少なからず残っており、人手としては十分な戦力が確保されていた。
――そうして、あの日から一週間が経過した。
朝日が街を照らし始めた頃、レーンハルの北出口には、リュア、グレン、そしてルセリアのパーティが集まっていた。
行き先は違えど、またどこかで交わる日を信じて――それぞれの道へ向かう、ささやかな別れの朝だった。
「リュアさんっ……お別れ、寂しいです!!」
駆け寄ってきたミリアが、勢いよくリュアに飛びついた。 リュアは少しよろけながらも、しっかりと受け止め、優しくその頭を撫でる。
「私も寂しいよ。でも、冒険者を続けていたら、また会えるから」
そう言って、リュアはいつものように、まっすぐな笑顔を浮かべる。
「そのときは、みんなのもっと成長した姿を見せてね」
「もちろんですっ!」
ミリアが力強く頷き、その隣でサーシャも笑顔を浮かべながら言葉を添えた。
「私も……もっともっと強くなります!」
少し後ろにいたレイが、落ち着いた足取りでグレンに近づき、礼儀正しく一礼する。
「グレンさんも、お世話になりました」
そう言ってから、ちらりとリュアを見やり、少し茶化すような口調を続ける。
「リュアさんの隣って……なかなか大変で、振り回されるかもしれませんが」
「ちょっと? レイ?」
リュアが口元に笑みを浮かべながら、じとっと視線を向けると、レイは「ははっ……」と肩をすくめて苦笑した。
「でも……本当に強くて、まっすぐで。きっと、面白い冒険が待ってますよ」
そう締めくくるレイの表情は穏やかで、どこか羨望も混じっていた。
「そうだな……振り回されるのは勘弁だが……」
グレンは、かつて《ルセリア》の訓練に付き合った日のことを思い出し、わずかに顔をしかめた。 だがその顔には、ほんの少し、悪くない記憶としての柔らかさが滲んでいた。
――アナスタシアたち《フローネ》のパーティは、次の行き先をまだ決めていなかったため、しばらくの間このレーンハルに残り、クエストを受けながら鍛錬を続けるつもりだという。
一方、ジークたち《レグナム》は、いずれ拠点を移す予定ではあるものの、今はまず自分たちを鍛え直したいと語った。
これまでの本拠であるこの街に対し、クエストに限らず恩返しをしていきたい――そう口にした彼らの瞳には、どこか以前よりも澄んだ決意の光が宿っている。
ベイルの件に関わったことで、それぞれが自身と向き合い、精神面で一歩前に進むことができた。
だからこそ、これからはより多くの人を助けられる冒険者になりたい。
そんな思いを胸に、彼らもまた、それぞれの道を歩み始めていた。
「……みんな、またね」
リュアが軽やかに手を振った。その笑顔には、“また必ず会おう”という願いが込められている。 隣のグレンも静かに、《ルセリア》の三人に目を向け、ゆっくりと頷いた。
「またです!!」
ミリアが元気よく手を振り返す。
「また、会えるのを楽しみにしてます!」
サーシャが柔らかく微笑みながら続け、
「また会いましょう」
レイも静かにそう言って、リュアとグレンの背を見送った。
やがて、ふたりの姿が街道の向こうに小さくなっていき、やがて見えなくなる。
その背を最後まで見届けてから、ミリアはぱっとサーシャとレイの方へ向き直り、両手を胸の前で握りしめる。
「リュアさんとグレンさんから教わったこと、もっとできるように頑張るぞ!」
瞳を輝かせて言うミリアに、サーシャが口元に手を添えてくすっと笑う。
「ふふ……そうだね」
レイも視線をやや上に向けながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「もうミリアの火の玉がこっちに飛んでこなくなるといいなぁ……」
「なっ!? き、きっともう大丈夫だよ! ……きっと!!」
あたふたと弁解するミリアに、サーシャとレイが思わず吹き出す。
「そしたら、私たちも行こっか!」
ミリアのその一言を合図に、三人はそれぞれの足で新たな一歩を踏み出した。
朝の光が差し込む街道に、彼ら《ルセリア》の足音が重なってゆく。
***
陽が高く昇り始めた頃、リュアとグレンは街を離れ、北へと続く街道を歩いていた。
レーンハルの外には、穏やかな平野が広がっている。踏みしめる道は比較的よく整備されており、乾いた砂地に時折、草むらや岩が顔を覗かせていた。
二人の足取りはゆるやかで、緊張感というよりは、次の旅への始まりにふさわしい静かな空気が漂っていた。
「……グレンが冒険者になって、初めての街としては、なかなか濃かったなぁ……」
リュアが肩の力を抜くようにして、ははっと笑いながらこぼす。
グレンは隣で数歩分黙って歩いていたが、ふと視線を遠くに向け、少しだけ考えるような間を置いてから口を開いた。
「今まで想像でしかなかった……人の感情や考えが、間近に見れて新鮮だった……」
その言葉に、リュアは静かにグレンの顔を見やる。そして、どこか優しい光をその瞳に宿しながら、ふっと微笑んだ。
グレンはそんな彼女の視線に気づきながらも、目を逸らすように小さくため息をつき、ぽつりと呟く。
「……あとお前、元気すぎるだろ」
呆れとも、呟きともつかないその声に、リュアは一瞬目を丸くして――それから、堪えきれないように吹き出した。
「はははっ……!!」
リュアが笑っているのをよそに、グレンはどこか諦めたような顔でわずかに首を振る。その表情の裏には、レーンハルでの出来事が思い返されていた。
……何も考えていないようで、誰よりも先のことを見据え、時に予測不可能な行動を取る彼女。突飛で、理解し難く、そして――どこまでも真っ直ぐだ。
初めは戸惑い、距離の取り方にさえ迷っていた。だが、それでも。
自分の常識では測れないその在り方が、今のグレンには、悪くない刺激に思えていた。
そんな空気のまま、しばらく二人で歩いた後――
「……これから、グレンと気ままに旅しようと思ってたけど……」
リュアが、ふっと息を吐くように言葉を落とす。
前を見たままの顔はどこか落ち着いていて、それでいて、わずかな緊張感がにじんでいた。
「そうは、いかなそうだね」
グレンはその言葉を受けて、少しだけ空を見上げた。そして、淡々とした口調で続ける。
「そもそも……あの規模の封印が解けたんだ。この世界に、何か影響は少なからずあるだろう」
「……それもそうか」
リュアは苦笑いを浮かべて、グレンの方へ視線を向けた。
「……私も、このままじゃいけないな。もっと……力をつけないと」
そう言った彼女の表情は真剣そのもので、内にある決意がにじみ出ていた。
その瞳の奥には――かつてグリーダ村で遭遇した、異形の存在“影喰”の姿が浮かんでいた。
そして……レーンハルで遭遇した、あの黒衣の男。
言葉にするにはまだ、整理のつかない不安と疑念。それでも、確かに繋がっているという予感が、リュアの胸の奥を静かに叩いていた。
そんな彼女の様子に気づいたのか、グレンは前を向いたまま、視線だけをリュアの方へ向けた。




