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鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
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沈黙の街30

 アナスタシアのもとへと、リュアとグレンが歩み寄っていく。

 ふたりの足取りは静かで、だが確かな重みがあった。



 「お疲れ様、アナスタシア」



 立ち止まったリュアが、穏やかに声をかける。



 「解呪の魔法で、魔道具を壊してくれて……ありがとう」



 グレンはすぐ後ろで無言のまま立っていた。

 だがその目は、確かにアナスタシアの方へと向けられていた。

 彼の沈黙には、言葉以上の何かが宿っているようだった。



 リュアはふと視線を落とし、小さく息を吐いた。



 「……もし、アナスタシアがいなかったら、ベイルは、殺すしかなかった」



 淡々とした声音に、ほんのわずかな痛みが滲む。



 「それで終わったように見えるかもしれない。けど――本当の意味で、終わりにはならなかったと思う」

 「誰かを失った人が、“なぜこんなことが起きたのか”って問い続けるたび、真実が闇に消えていく……それだけは避けたかった」



 アナスタシアは、真っすぐリュアを見つめていた。 その瞳に浮かぶのは、安堵と――少しの驚き。



 「今日一日、大変だったろうに……」



 リュアは再びアナスタシアへと顔を向け、微かに微笑んだ。



 「アナスタシアの気持ちの強さに、助けられたよ」



 アナスタシアは、ほんの一瞬言葉を失ったのち、首を横に振った。



 「いえ……そんな……」



 声が揺れる。だが、その声には迷いはなかった。



 「リュアさんとグレンさんが、私の力を温存させてくれて……そして、解呪の魔法を放つ“隙”を作ってくれたからです。それがなければ、私は……ただの役立たずでした」



 言葉を継いで、彼女はそっと胸に手を当てた。



 「それに……私だけじゃなくて、フローネのみんなが、私を送り出してくれたから」



 そこまで言ったところで、アナスタシアの表情がふと変わる。

 何かを思い出すように――あるいは、どこか遠くを見つめるように。

 ぼんやりとした瞳に、淡い戸惑いが浮かんでいた。



 「……アナスタシア?」



 その様子を見ていたリュアが、不思議そうに名を呼ぶ。

 すると、アナスタシアは小さく肩を揺らし、表情を引き締めると、夜の静寂を破るように声を上げた。



 「――あの……!」



 その声に、近くにいた者たちが一斉に振り返る。

 いくつもの視線が、彼女に集まる中――アナスタシアは胸に手を当てたまま、声量を整えるように小さく息を吸い込んだ。



 「……ひとつ、聞いてもいいですか?」



 その問いに、リュアは静かに頷いた。

 その顔には、真剣な眼差しが宿っている。



 「リュアさんは……どうして、一人で戦うことを選べたのですか?」 

 「その大きな力を使って……たった一人で、多くの人を助けるって、どうして決意できたんですか?」



 しばらくリュアは、何かを測るようにアナスタシアの瞳を見つめていた。

 やがて、ふっと眉を下げると、柔らかい微笑を浮かべる。



 「……その問いは、キミが本当は――Aランクの実力がある、ということに関係してるのかな?」



 予想外だったのか、アナスタシアは小さく目を見開いた。

 そしてすぐに、恥じらうようにうつむきながら、ゆっくりと頷く。



 Aランクの試験は、届きそうな者たちが、何度か挑戦を重ねるのが常だった。

 なんとか一回で合格する者もいれば、数年越しで辿り着く者もいる。



 けれど――アナスタシアの聖術師としての力は、そのどれとも違っていた。



 十七歳という若さで、稀少な聖属性を、驚くほど高い精度で使いこなしている。



 それは、ただ“希少”というだけの力ではなかった。



 聖属性は、本来極めて扱いの難しい魔法だ。

 それをここまで制御できるようになるには、血の滲むような研鑽が必要だったはずだ。



 何度も失敗して、くじけそうになったこともあるだろう。

 それでも立ち止まらず、黙々と積み重ねてきた時間――

 その軌跡が、今の彼女の力を形作っている。



 しかもアナスタシアの力は、ただの治癒に留まらない。

 高出力の聖結界、解呪の術式、それらを応用し、多機能に使いこなす術者など、冒険者の中でもごく限られている。



 間違いなく、Aランクに値する実力だった。



 「……おっしゃる通りです」



 アナスタシアは小さく息を整え、まっすぐリュアを見つめてから、静かに言った。



 「すでに何度か、ギルド本部からAランク昇格試験の通達も届いています。王国の医療機関や、結界管理局からの正式な打診も……」



 彼女は言葉を切り、わずかに視線を落とす。



 「分かっているんです。きっと、その道を選べば、今よりもっと多くの人を救えるのだと思います」    

 「……頭では、ちゃんと、分かってるんです。もちろん、できるなら、たくさんの人を助けていきたい」



 その声には、迷いと、誠実な決意が混ざっていた。



 「だけど……」



 胸元の杖をぎゅっと握りしめる。 長く揺れる銀髪が、静かな夜気にそっと揺れた。



 「……幼馴染のみんなと――ロイと、エイドと、シルフィと一緒に……ずっと冒険をしていたいんです」



 アナスタシアは、胸の前で杖をぎゅっと握りながら言葉を紡いだ。



 「私は、みんなを守りたい。そのために、聖属性の力を使いこなせるように頑張ってきました」



 その声には、迷いよりも、ずっと深い真剣さがあった。



 「打診をもらうたびに、三人とも私と一緒に冒険したいって言ってくれるんです。私がAランクになっても大丈夫なように、みんなも早くBランクに上がれるよう頑張るって……」



 アナスタシアはそこで小さく息を詰め、瞳を伏せた。



 「……でも、それも、私が焦らせてしまっているだけなのかもしれません。負担をかけているような気がして」



 ギルドの制度では、パーティの安全性を確保するため、通常は一ランク差までしか正式なパーティとして活動できない。



 もしそれ以上の差でクエストを共にする場合は、”指導者と被指導者の関係”としてギルドに登録し、安全が認められた場合に限り、共同任務が許可される――。



 かつて、リュアと《ルセリア》の三人が共にクエストを受けられたのは、“指導者と指導を受ける者”という扱いで、ギルドから安全性の承認が下りたからだ。



 そして、ディアスがグレンを冒険者登録する際、Sランクであるリュアとパーティを組むために、Aランクとして登録したのだった。



 アナスタシアはそっと胸元に触れながら話を続けた。



 「……焦らせてしまって、それで三人に何かあったら、私は……」



 言葉が震えた。 そして、わずかに肩を落とし、苦しげに言葉を紡いだ。。



 「みんなと一緒にいたいから、多くの人を助ける道を拒むなんて……こんな、わがままを言ってはいけない……ですよね」



 その言葉に、リュアはふっと息を吐いた。

 しっかりとアナスタシアの瞳を見つめたまま、少しの沈黙を置く。



 「……私はね」



 リュアはそう前置きすると、ふっと口元を緩め、片手を腰に当てた。 そして、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。



 「私が“そうしたいから”、ソロの冒険者になることを選んだだけだよ」



 あまりにあっさりと――けれど自信に満ちた声音だった。

 その言葉に、アナスタシアは思わずリュアの方を見た。



 「……え?」と小さく声が漏れる。



 意味を測りかねたように、戸惑いの色がその瞳に浮かんだ。



 少し離れたところで話を聞いていた《レグナム》の面々も、同じようにきょとんとした表情を見せている。



 一方、《ルセリア》の三人は――どこか懐かしむように、くすりと笑った。



 「……リュアさんらしいね」



 ミリアが小さく呟くと、サーシャが頷き、レイは口元に穏やかな笑みを浮かべた。



 リュアはそんな様子を意に介さず、さらりと続ける。



 「それが一番多くの人を守れると思ったし、守りたいと思ったから――自分が進みたい道をそのまま選んだだけ」



 その声には、迷いのない真っ直ぐさがあった。

 そして、少しだけ眉を下げた笑みを浮かべながら、



 「まぁ……いろんな土地を訪ねて、”冒険する”って意味では、一人だと少し寂しいと思うこともあったけどね」



 と付け加えるように言い、ちらりとグレンを見た。

 グレンは無表情のまま、ほんのわずかに視線を返す。



 その一瞬のやり取りに、言葉にならないものが通う。

 リュアは再びアナスタシアの方へと向き直った。



 「それは、人に言われたことでも、義務感でもなく、私が“そうしたい”と思ったからこの道を選んだ」



 その言葉は静かで――けれど、どこまでも確かな響きを持っていた。  



 「アナスタシア……」



 リュアは優しく名を呼び、問いかけるように続けた。



 「キミが本当に進みたい道は、どれ?」



 アナスタシアは、はっと息を呑んだ。 驚きと戸惑い――その両方の色が、揺れる瞳の奥に浮かんでいた。



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