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鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
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沈黙の街29

 (……魔力は、まだある……)



 アナスタシアは深く息を吸い込み、意識を内へと沈めた。 焦りの渦の中で、自分の中に残る魔力の感触を確かめる。



 ――その瞬間、ふと胸の奥に浮かんだ。



 あのとき、シルフィから魔力回復用のポーションを受け取ったこと。

 その小瓶を手にした瞬間の、温かな気配を。



 今は、フローネの仲間たちはここにいない。

 けれど――不思議と、心細くはなかった。



 (今もみんなが、背中を押してくれている……)



 その実感が胸に広がり、焦燥の波が静かに引いていく。

 ロイ、エイド、シルフィの顔が頭に浮かぶ。

 自然と、口元に小さな笑みが浮かんだ。



 (やっぱり私は、フローネのみんなが大好きなんだな)



 今日一日の出来事が脳裏をよぎる。



 もし、リュアさんたちが迷宮で助けてくれなかったら――。



 あのとき、命を落としていただろう。



 あの後も、ギルドの爆発によって今ここに生きていることさえ叶わなかったかもしれない。



 何回も命の危険にさらされた、たった一日。



 パーティのみんなが全員無事だったことが、改めて――本当に、嬉しかった。



 そして、今。



 生き延びることができたこの力を、私は――ベイルに罪を償わせるために使うことができる。



 「……これは、みんなが私に託してくれた力」



 アナスタシアはそっと目を閉じ、杖を握る手に力を込めた。



 心の中が、澄みわたっていく。

 魔力の流れがよりはっきりと感じ取れ、聖なる光が再び杖の先に集束する。



 まるで、みんなの想いがその光に乗っているようだった。



 揺るぎない意志が、魔力に重なっていく。

 意識の一点に集中を絞り、呪いの奔流へと光を放つ。



 杖の先が眩い閃光を放った。 白銀の輝きが奔流となり、黒い呪気を押し返していく。



 「……クソッ、やめろ……っ」



 ベイルの低い呻き声が漏れる。

 光に押される感覚に、彼の顔が歪む。

 焦燥と困惑――そのどちらともつかぬ色が、赤黒い靄の奥に浮かび上がっていた。



 「……まだ終わらない……俺は……っ」



 その唇が、かすかに震える。



 (こんなところで終わるはずがない……俺はまだ、あいつらの仇をとっていない……!)



 心の奥底で叫ぶ声にすがるように、魔力をかき集めようとする。

 だが、溢れ返る白銀の光の奔流が、その意志すら押し流していく。



 「やめろォォ……!」



 断末魔にも似た叫びが広間を揺らす。

 だが光は止まらない。聖なる波動が呪いを切り裂き、塵のように砕いていく。



 「う……ぐ、あああ……ッ!」



 ベイルの胸の中心――黒く埋め込まれた魔道具が激しく震え、ひび割れが走る。 聖なる光がその中へと流れ込み、呪いの根源を貫いた。



 (……負けた)



 ベイルの意識の奥底で、誰かの声が囁く。



 「俺は……どこで間違ってしまったのか……」



 その最後の言葉が霧のように消えると、魔道具は砕け、黒い光の破片が空中に散った。



 重く、鈍い音が響く。



 ベイルの体が、力を失ったように崩れ落ちた。 灰色の煙がふっと上がり、夜の空気に溶けていく。



 ――静寂が訪れる。



 闇と光のせめぎ合いが終わり、 夜の通りには、アナスタシアの聖杖だけが淡く輝いていた。



***



 やがて、その光もゆっくりと静まり、街を包む夜が本来の姿を取り戻していく。

 呪いの気配が消え去ったその場に、微かな風が吹き抜ける。



 リュアとグレンは倒れたベイルのそばへと静かに歩を進めていた。 呪いの気配は完全に途絶えていた。

 そこに横たわるのは、ただの“敗北者”ではなかった。



 グレンが表情を変えずに、ベイルの顔を見下ろす。



 「……あの時、ほんの少しでも、力を向ける先を違えていたら」



 低く落とすように、グレンが呟いた。



 「俺も――こうなっていたかもしれない」



 その声には怒りも同情もなかった。ただ、過去の自分に向けるような、静かな確信だけがある。



 リュアはその横顔をそっと見つめたのち、ゆっくりと目を伏せた。  



 「……復讐を選ばなかったグレンを、私は尊敬するよ」



 静かにそう呟いてから、倒れ伏したベイルの方へと視線を戻す。



 「私も……一度だけ、力を壊すことに使おうとしかけたことがある」



 わずかに自嘲を含んだ声が、夜気に溶けていく。



 「ほんの些細なきっかけで、ちょっとした思い違いで……進む道は、まるで違ってしまう。でも、それがどんな道でも――選んでいるのは、自分自身なんだ」



 静かな風が、ふたりの間を通り過ぎる。

 崩れかけた運命の先に立っていたのは、自分ではない誰かだった。



 「……行こう」



 リュアがそう言うと、グレンも小さく頷いた。 ふたりは背を向け、アナスタシアの方へと歩き出す。



***



 「ベイルを……倒した?」



 呟くようにそう口にしたのは、ミリアだった。  少し離れたところから倒れ伏したベイルを見え、ぽつりと漏れたその一言――。



 すると次の瞬間、ミリアとジークの身体から、ふっと黒い気配が抜け落ちるように消えていった。



 肌にまとわりついていた冷たい重みが消え、胸の奥にへばりついていた違和感が霧のように晴れていく。



 ジークが片眉を上げながら、ゆっくりと深呼吸をした。



 「……呪属性。あれは、かなり厄介だったな」



 肩の力を抜きながらそう呟く彼に、すかさずライナが声を上げた。



 「とにかく、呪いが消えてよかったぜ!」



 言いながら、ジークの背中を容赦なくバシバシと叩く。

 ジークは微かに眉をひそめつつも、特に文句は言わなかった。



 「もう、心配させて……」



 ノエルが歩み寄ってきて、ふっと眉を下げながらジークを見上げた。 そして、いつもより少しだけ柔らかい声で、はっきりと言葉を紡ぐ。



 「でも、あのとき庇ってくれて、ありがとね」



 ジークはわずかに目を細め、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

 その隣では、サーシャがミリアに向き直り、ほっとしたように微笑んでいた。



 「ミリアも、無事で良かった……庇ってくれてありがとう」



 柔らかな口調と眼差しに、ミリアは頬を緩め、いつもの元気な笑顔で応える。



 「えへへっ、平気平気! サーシャが無事でよかった!」



 そんな和やかなやり取りの中――ふとジークが、少し離れた場所で魔導印を操作しているレイの姿に気づいた。



 「……おい、レイ。何してるんだ?」



 声をかけられたレイは、目線はそのままに短く答える。



 「ギルド本部に連絡を取ってたんだが……さっき、すでに本部の職員がレーンハルに到着してるって返答があった。これから合流して、ベイルを引き渡すことになる」



 層いったレイをじっと見つめ、ジークがまじまじと問いかける。



 「……お前、本当に落ちこぼれだったのか?」



 それを聞いたレイは「えっ?」と目を見開いてジークの方を見る。

 ジークは首を傾げるようにして、静かに言葉を続けた。



 「戦闘中の判断もそうだが、今の戦闘後の後処理……どう見ても、落ちこぼれだった奴には見えないんだが」



 そのやり取りを聞いていたミリアとサーシャが、くすくすと笑いだした。



 「レイはねぇ、昔はすっごく怒りっぽくて、ずっとイライラしてたんだよ~」



 ミリアがあっけらかんと笑いながら暴露する。



 「せっかく人よりもいろんなことに気づけるのに、そのせいで台無しだったんだよね」



 サーシャもふふっと笑いながら同意を添える。



 「ば、馬鹿!! 昔のことはいいだろ!!」



 レイが顔を赤くして慌てて二人を制すが、ミリアとサーシャはさらに笑いをこらえるように肩を揺らした。



 「……仲いいんだな」



 そんな様子を見ていたライナが、腕を組んでにやりと笑う。

 ノエルが肩をすくめながら、柔らかく微笑んだ。



 「そうだね。それに……私たちも、今までちょっと驕ってた分、これからを見直さないとね」



 その言葉に、ジークが目を伏せ、ふっと息を吐く。 少しだけ眉を下げ、静かに笑みをこぼした。



 「あぁ……そうだな」



 その穏やかな空気が全体に広がった、まさにそのときだった。



 「――あの……!」



 通りの空気を震わせるように、やや大きめの声が響く。



 一斉に視線が声の主――アナスタシアへと向けられた。

 彼女の隣には、リュアとグレンの姿がある。



 アナスタシアの胸に渦巻くのは、選ばなければならない未来への問いだった。

 ――迷いを抱えた少女の問いが、いま、口を開こうとしていた。





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