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鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
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沈黙の街24

 爆発が起きたはずのギルド内は、奇妙な静寂に包まれていた。

 外から見れば、何の変化もない。広がる衝撃も、巻き上がる炎も、すべては内側の結界によって封じ込められていた。



 ――広間。そこにいた者たちは、確かに“終わり”を覚悟していた。



 アナスタシアもまた、硬く目を閉じたまま、祈るように立ち尽くしていた一人だった。けれど、爆風も、痛みも、何も感じない。



 ゆっくりと目を開ける。



 「……生きてる……?」



 恐る恐る呟いた声が、自分の耳に届く。

 見上げた天井は、変わらぬまま。周囲のテーブルや椅子さえ、爆発の痕跡をまるで留めていない。



 ふと、何かに気づいて上を仰ぐ。



 「……瓦礫が……止まってる……?」



 崩れ落ちるはずだった天井の破片が、空中で静止していた。まるで、何かの力に支えられているかのように。



 仲間たち――フローネの面々もまた、戸惑いながら周囲を見回していた。

 シルフィは肩で息をし、エイドは膝に手をついてじっと一点を見つめている。ロイも疲労の色はあるが、意識ははっきりしていた。



 「……あれは……」



 アナスタシアが声を漏らす。

 広間をぐるりと囲むように、淡く光る“結界”が貼られていた。

 その中心に、二つの人影が立っていた。



 ――リュアと、グレン。



 リュアは両手をわずかに前に差し出し、掌の先に浮かぶ光の術式を静かに維持していた。

 緊張を孕んだままの呼吸が、一度だけふっと抜ける。



 「……間に合ったね……」



 安堵の混じった声。けれどその顔には、張り詰めた気配の残滓が色濃く残っていた。

 隣に立つグレンは、鋭い視線で周囲を見回しながら低く呟く。



 「……ここからどうするか……だがな……」



 その声に、アナスタシアがはっと顔を上げる。



 「リュアさん! グレンさん!」



 声を張り上げながら、駆け寄る。

 アナスタシアが、驚きと心配をにじませながら声をかける。



 「……すごい結界ですね。爆発の前、魔力を奪われていたはずなのに……リュアさん、大丈夫なんですか?」



 リュアは小さく頷き、穏やかに微笑んだ。



 「少しは持っていかれたけど、まだ十分残ってるから。大丈夫だよ。ありがとう、気にかけてくれて」



 その言葉に、アナスタシアが思わず小さく息を呑み――そして、苦笑した。

 魔力を吸収され、今もなお結界術式を維持し続けているというのに、本人は涼しい顔をしている。



 ロイもまた、呆れたように微笑みながら肩をすくめる。

 やはりこの人は、規格外だ――そう言いたげな視線をリュアに向けながら。



 「ギルドの中にいたんだな……また助けられたよ」



 ロイが、深く息を吐きながら言う。

 リュアは頷きながら口を開いた。



 「レイから連絡があってね、ベイルがギルドを爆破するつもりだって。これまでの悪事の証拠を見つけた直後に連絡が届いてね……そのあとすぐ、結界が発動したのを感じて急いで広間に来たんだ。――間一髪だったね」


 「ベイルが……そんなことを……?」



 シルフィが小さくつぶやく。

 その声には信じられないという困惑がにじんでいた。



 「冒険者を……全員殺そうとしたのか……?」



 エイドの声には怒りが混ざっていた。

 握りしめた拳が、小さく震えている。

 アナスタシアは唇を結び、真剣な瞳でリュアに問う。



 「すべての証拠を隠滅して……逃走するつもりだったということですね?」



 その言葉に、リュアは短く頷いた。



 「……ミリアたちのことだから、きっとベイルの行方を追っていると思う。……だから、早く応援に行きたいのだけど……」



 そう言いながら、顔をわずかにしかめる。



 「グレン、入口の方の結界を一部解除するから、瓦礫、お願いしてもいい?」


 「ああ」



 グレンが頷く。

 リュアは集中し、入り口付近の結界の魔力を操作した。淡い光がふっと消え、結界の一部が解除される。



 次の瞬間――封じられていた瓦礫が、崩れ落ちてきた。

 だがそれと同時に、グレンが静かに右手を掲げる。



 闇が、広がった。



 地を這うような黒い魔力が湧き出し、まるで深淵が口を開けたかのように、崩れ落ちた瓦礫を次々と呑み込んでいく。



 その魔力には一切の暴走もなければ、無駄な動きもない。

 制御された“闇”が、崩れた石材を静かに呑み込んでいく。



 やがて瓦礫がすべて消え去り、通路の先がわずかに覗いた――

 だがその開口部には、銀白色の結界膜が淡く揺れていた。



 内側からの脱出を拒むように空間を覆うその結界は、聖属性の魔道具の力によって張り巡らされたもの。



 誰もが思わず息を呑み、その場で固まるように視線を向ける。

 淡く揺らめくその光の膜は、ただそこにあるだけで、外への道を拒絶する意志を示しているかのようだった。



 ロイが、じっとそれを見つめながら呟く。



 「……結界が、まだ残っているのか……」



 その言葉に、グレンが視線を上げる。



 「……魔力の吸収は、爆破に必要な魔力を集めるためのものだったんだろう。今はもう止まってるみたいだな」



 淡々とした説明に、アナスタシアが表情を引き締めたまま言葉を継ぐ。



 「ただ……この結界の強度……」



 その結界からは、誰も外へ逃がさないという強い意志が感じられた。

 ただの障壁ではない。内側にいる者を“閉じ込める”ための術式だった。



 リュアがわずかに眉を寄せ、グレンのほうを向く。



 「グレン、壊せそう……?」



 問いかけに、グレンは一歩前に出て、結界をじっと見つめる。そしてゆっくりと首を横に振った。



 「壊すだけなら、可能だ。だが――」



 低く落ち着いた声で、グレンは続けた。



 「その衝撃に、内部の人間が耐えられる保証はない。中から力をぶつければ、余波が内部に跳ね返る」



 その言葉に、リュアは短く息を吐き、肩を落とす。



 「……だよね」



 ふと、結界の術式を維持し続ける手を見つめる。



 「私も、この結界を維持してる間は動けないし……困ったな……」



 沈黙が落ちる。

 誰もが、それぞれに打開策を考えようと、口を閉ざしたまま思考を巡らせる。



 そんな中、アナスタシアが小さく手を上げ、「あの……」と声を発した。

 皆の視線が彼女に向く。



 「この結界が“聖属性”のものなら……同じ聖属性の力で、解除できるかもしれません。私に――試させてください」



 リュアが小さく目を見開いた。



 「でもアナスタシアも、あの結界に魔力を吸われていたはずだよね。無理はしないで。……いける?」



 その問いに、アナスタシアは力強く頷いた。



 「いけます!」



 そう言って振り返り、フローネの仲間たちに視線を送る。

 エイドが一歩踏み出して頷き、シルフィも小さく笑って見せた。ロイもまた、落ち着いた表情で頷きを返す。



 その様子を見届けて、リュアはほっとしたように微笑んだ。



 「ありがとう。お願いするね、アナスタシア」



 リュアは、黙ってその背中を見つめていた。  


 

 (あの魔力操作の精度……)



 わずかな揺らぎも逃さず、丁寧に術式へと力を浸透させていく動き。呼吸のリズムすら、術式に合わせているかのようだった。



 隣に立つグレンも、無言のままその様子をじっと見つめていた。

 真剣な視線に、どこか感嘆の色が滲んでいる。



 そんな中、ふと背後から声が届く。



 「やっぱりアナスタシアはすごいな。魔力を吸われたっていうのに、あんなにピンピンしてるし……」



 シルフィが、優しく微笑みながらぽつりと呟いた。

 その瞳は、まっすぐに仲間の背を見つめている。



 リュアはその声に反応し、静かにフローネのメンバーへと視線を向けた。

 彼らもまた、結界の前で奮闘するアナスタシアを、穏やかな眼差しで見守っていた。



 「俺らよりも頭ひとつ……いや、二つ三つ抜けてるよな」



 エイドがぽつりと続ける。

 苦笑まじりに頷いたシルフィが、やや照れたように言った。



 「うん……ちょっと悔しいけどね」



 その言葉を聞いて、リュアはほんのわずかに、誰にも気づかれないほど小さく息を詰めた。



 「だけど……」



 シルフィが少し真剣な口調で言葉を紡ぐ。



 「アナスタシアばかりに負担をかけたくないもん。私も、絶対に追いつくよ」



 ロイが、落ち着いた声で頷いた。



 「そうだな。でも焦りは禁物だ。無理に早く強くなろうとすれば、かえってアナスタシアを心配させる」


 「……あぁ」



 エイドが静かに応じる。



 「一歩ずつ、着実に進んでいこう」


 「うん! 私たちは、ずっと一緒だから――ちゃんと強くなるからね!」



 シルフィの言葉には、迷いのない力強さが込められていた。

 仲間への敬意と、自身の決意。それが、素直な思いとしてその場に広がる。



 リュアはそのやりとりを聞きながら、何度か瞬きをした。

 そして――そっと、柔らかな笑みを浮かべた。

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