表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
56/72

沈黙の街23

 夜の街に、破裂するような轟音が響き渡った。



 ――ズンッ!!



 音のした方角に、六人の動きが一斉に止まる。



 ミリア、レイ、サーシャ。  

 ジーク、ライナ、ノエル。



 ギルドの裏の通りを駆けていた彼らは、息を呑み、空を染めた白い閃光の残滓に目を細めた。



 「……今の、ギルドの方角……」



 ミリアが静かに言い、レイも無言で頷く。

 誰もがすぐに悟った。あれは――ギルドが、爆発したのだと。



 六人の表情が、重く沈む。



 目に見える煙はない。だが、その音と振動が示す異常事態は明白だった。



 「……一度、ギルドへ戻るか?」



 ジークが鋭く提案する。だが、その声には迷いがあった。

 そのとき、レイが首を振る。



 「いや……ギルドにはリュアさんとグレンさんがいる。あの二人なら、何とかしてくれているはずだ」



 その言葉に、空気が少しだけ変わった。



 「うん……きっと、大丈夫」



 サーシャが力なく呟く。

 ライナは悔しそうに奥歯を噛みしめ、ノエルは沈黙したまま空を睨んでいた。



 そんな中、誰よりも早く動きを取り戻したのは、ミリアだった。



 「だから、私たちはこのままベイルを探そう」



 その目には、強い意志が宿っていた。



 「……逃がしてしまうのが、一番危険だよ……!」



 仲間たちは短く頷き、再び地を蹴る。

 彼らが走り出したその背には、あの爆音に負けないほどの焦りと覚悟があった。


***


 ルセリアとレグナムの六人は、あえてパーティを分けずに行動していた。



 それは、黒いフードの男の存在と、ベイルの背後に、どれほどの協力者や組織がいるか分からないという懸念からだった。



 何が起きても対応できるよう、戦力を分散させず、全員でまとまって動く。

 それが、今の彼らにとって最も安全な選択だった。



 だが――それだけではなかった。



 「……ベイルが受け取った魔道具、少しだけだけど……魔力の質、覚えてるよ」



 周囲に集中を向けながら続ける。



 「似た波長が残っていれば、私の魔力感知で追える。少しでも痕跡があれば、辿れるかもしれない」



 その言葉が、全員の決意を固めた。



 街の通りはすでに静まり返っていた。

 家々の灯りは落ち、店もすべて閉まっている。



 人通りなどとうに消え、夜風だけが冷たく吹き抜けていく。

 街全体が、あの爆音に沈黙していた。



 そんな中――ノエルがふいに立ち止まった。



 「……いた」



 彼女の指が、細い路地の奥を指す。

 路地裏。灯りの届かぬ、ひっそりとした小道。

 そこに、人の気配があった。



 黒いフードを被った、ひとつの影。

 背を向け、ゆっくりと歩いている。



 街の喧騒も、灯りも届かぬその場所。

 それは、まるで闇に紛れようとする逃亡者の姿だった。



 その背に、鋭い声が突き刺さる。



 「……ベイル。どこへ行くつもりだ」



 声の主はレイだった。

 冷えた夜気の中で、彼の瞳は一点を射抜くように光っている。



 ぴたり、とベイルの足が止まった。

 その肩が、わずかに揺れる。



 「ほう……俺のところまで辿り着いたか」



 ゆっくりと振り返ったその顔は、まだフードの影に隠れていた。



 だが、闇の中で確かに見えた――ぞっとするような、歪んだ笑みが。

 それは、何もかもを見下ろすような嘲笑だった。



 「……なんで、こんなことを……?」



 声を漏らしたのはサーシャだった。

 怒りと戸惑いが入り混じったまなざしで、彼女はまっすぐベイルを見つめる。



 ベイルは小さく鼻で笑い、静かに言葉を返す。



 「……なぜ、か。そんな言葉が出るあたり、お前たちはまだ“綺麗”な世界にいるんだな」



 歩みを止めたまま、ベイルはふっと笑い、低く呟いた。



 「……あの時、俺は信じていたんだ。ギルドも、仲間も、正義も……全部。


  だが、仲間を囮にされて、見殺しにされた。俺は……止めることも、何もできなかった。


  それでも――せめて、事実だけは残ると思っていた。だけど、報告はもみ消された。誰も、責任なんて取らなかったよ。


  “正義”を語る奴らが、どれだけ汚いか思い知ったさ。俺はただ、あいつの死を……無かったことにされたくなかった」



 言葉は静かだった。だが、その裏に滲む憎悪は濁流のように重い。

 ベイルは、フードの奥で微笑を深めた。



 「だから俺は、潰すと決めた。ギルドも、冒険者も、“綺麗な理想”もな」



 沈黙――



 だがそれは、言葉を失ったからではない。

 胸の奥に渦巻く怒りと困惑を、誰もが必死に抑えていたのだ。



 「そんなの……ただの八つ当たりじゃない……!」



 ミリアの声は震えていたが、その瞳には強い怒りが宿っていた。



 「壊されたからって、壊し返していいわけないよ……! 誰かの命を、想いを、こんな風に踏みにじって……!」



 低く唸るように続けたのはライナだった。



 「自分がされたことを、他の奴にやり返して……それで、あんたの何が救われるんだよ」



 拳を握りしめ、怒りに歯を食いしばっている。



 「被害者面してるけど、今のあんたは――加害者だ」



 ノエルの声は冷たく、鋭かった。

 瞳の奥には、怒りよりも深い拒絶が光っていた。



 そしてジークが、真正面からベイルを見据え、はっきりと告げる。



 「……どんな理由があろうと、お前のやったことは見過ごせない」



 その言葉は、まるで断罪の刃だった。

 背筋を伸ばしたまま、ジークは視線を逸らさずに立ち続ける。



 「……誰かを犠牲にして正しいって……そんなの、間違ってるよ……!」



 サーシャが俯きながら、震える声で言った。

 その声は小さいながらも、確かな意志を宿していた。



 そして最後に、一歩前に出たのは――レイだった。

 その瞳には、誰よりも強く、揺るぎない光があった。



 「……俺たちは、止めに来た。それだけだ」



 六人の視線が、一斉にベイルを射抜く。

 言葉ではない――その意志が、今ここにある“答え”だった。



 「いい顔だ。……ああ、そうだな。ここで幕を引こうか」



 その手が、ゆっくりと懐へと伸びる。

 次の瞬間、彼が取り出したのは、手の平ほどの黒い鉄塊だった。



 無骨で、何の装飾もない球体。



 ただ、見ているだけで、肌の奥に冷たいものが滲むような――そんな嫌な“気配”を放っている。



 ベイルはそれを高く掲げ、指先から魔力を注ぎ込んだ。



 ――じゅうっ……



 鉄塊が淡く赤黒く輝き、表面にひび割れのような魔紋が浮かび上がる。

 その瞬間――球体の隙間から、黒くて細長い“靄”がいくつも噴き出した。



 その靄は生きているかのようにゆらめき、夜の空気に溶け込みながらも、禍々しい存在感を放っていた。



 「っ……呪属性の、魔道具……!?」



 ノエルが、驚愕と共に声を上げる。



 ――呪属性。

 それは、魔法属性のひとつであり、聖属性や闇属性と同様、非常に稀有な存在だ。

 使い手自体が、極めて少ない上に、実用可能なレベルに達する者は、さらに限られている。



 呪属性を持つ者は、呪具を通して放つ靄により、触れた対象に“呪い”を刻む。



 魔法によって相殺することは可能だが、その成否は放った魔法の“魔力量”に大きく左右される。

 さらに、呪いの進行速度や威力も、呪具に込められた魔力の強さに比例する。



 軽いものであれば、身体が重くなる程度で済むが――

 強力な呪いは、命を削り取る刃となる。



 呪具そのものを破壊すれば、呪いは消滅する。

 だが、強力な呪具には聖属性の力が不可欠であり、それ以外の属性では解呪は極めて困難だ。



 理論上、弱い呪いであれば他属性でも解呪は可能とされている。

 ただし、それには莫大な魔力を注ぎ込む必要があり、効率は著しく悪い。



 「厄介だな……」



 レイが、目を細めて呟く。



 「……あぁ。ものすごい魔力量を感じる。触れたら……終わりだ」



 ジークの声は低く、冷静だったが、その表情は険しい。



 黒い靄は、ゆらゆらと辺りに広がり始めていた。

 意志を持つかのように漂うそれは、ただの魔力とはまるで異なる、得体の知れない重圧を纏っている。



 六人は即座に構えを取る。



 「……私とサーシャが、魔法で防御を固める」



 ノエルが即座に判断を下すと、隣のサーシャも小さく頷いた。



 「うん、前衛はみんなにお願いするよ。私たちが後方から支える」


 「おう! 任された! あんなの、近づけさせないからな!」



 ライナが戦斧を構え、頼もしく笑う。



 「……絶対に、負けない!」



 ミリアの叫びには、恐怖を振り払う強い意志が込められていた。



 ベイルは、そんな彼女たちの姿を見て――愉悦に染まった声で笑った。



 「クク……いいね。実に、いい。……どこまで持つかな……?」



 そして、球体を持つ手をわずかに掲げる。



 「折角手に入れた“新しい魔道具”だ。せいぜい――楽しませてくれよ」



 靄が、さらに濃く広がっていく。

 夜の路地に、呪いの幕が静かに降りようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ