表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
55/72

沈黙の街22

 しかし――そこには、何も書かれていなかった。



 「……白紙じゃない。これは何かの“仕掛け”だね」



 小さくつぶやきながら、リュアは紙の端に視線を移す。何気なく触れた指先に、わずかな違和感が伝わった。



 「……この折り目……?」



 慎重に紙を持ち直し、明かりの下で角度を変える。

 ほんの僅かに、斜め方向に複数の折り線が走っているのが分かった。

 折り目は整然と交差しており、意図的なもののようにも見える。



 「グレン、これ……」



 隣にいるグレンに視線を向けると、彼は軽く頷いて手を差し出した。



 「貸してみろ」



 リュアが紙を渡すと、グレンは無言のまま広げ、そして一度、ふわりと手元で紙を持ち上げた。



 「折り線の配置が、規則的だ。……これは、“図形”になるように計算されている」



 彼は素早く指を動かし、紙を二、三度折り返す。やがて、折り込まれた線が交差し、ひとつの簡素な矢印のような形が浮かび上がった。



 リュアがその形に目を凝らす。



 「……これは、棚の配置図?」



 「おそらくな。――この形は、部屋の奥の棚列と一致する。……そして、ここにだけ印がついている」



 グレンが指差したのは、折り込まれた端にできた小さな三角の出っ張り。

 全体が矢印を形作るようになっており、その先端が棚の一つを示しているように見える。



  「……あの棚、だね」



 リュアが示された方向に視線をやると、そこには他と同じように見える棚があった。

 ただ、その表面にだけ、わずかに埃の薄い箇所が見受けられる。



 「行こう」



 グレンの一言に、リュアは頷き、ふたりは無言でその棚へと向かった。



 棚には、他と変わらぬ体裁で帳簿や報告書が収められている。

 リュアが一冊を取り出して確認するが、内容はごく普通の予算報告書だった。



 しかし――



 リュアは棚の奥に手を伸ばし、底を軽く叩いた。



 「……感触が違う」



 彼女は奥の板に指をかけ、そのまま静かに引いた。



 ――カコン。



 奥の板がわずかに浮き、隙間ができた。



 中には、通常の帳簿よりも一回り小さな革張りの記録帳が収められている。

 埃一つないその表紙には、タイトルも日付も記されていなかった。



 リュアは慎重にそれを手に取り、そっと胸元へと引き寄せた。

 その様子を見届けていたグレンが、低くつぶやいた。



 「……隠し棚、か」



 「間違いない。ベイル本人が、ここに隠したんだ」



 リュアの声は低く、確信に満ちていた。

 そして、手にした記録帳をそっと開いた。

 革張りの表紙は静かな軋みを立て、重みを孕んだ中身が姿を現す。



 グレンも無言のまま、隣から視線を落とし、記録帳の中身を静かに読み取っていく。

 リュアが指先で慎重にページをめくるたび、過去の記録が露わになっていく。



 「これは……」



 リュアの声に、わずかに震えが混じった。



 帳簿には、表の記録とは明らかに異なる内容が記されていた。

 例えば、支部長室でベイルに渡されたクエストの記録で、「死傷者ゼロ」と報告されていたにもかかわらず、この帳簿には――



 《クエスト:魔獣掃討(街道沿い)/参加者12名/生存者5名》



 と、生々しい数字が残されていた。しかも、日付とクエスト名は一致している。

 これはつまり、表の記録が改ざんされていることを意味していた。



 「……こっちも見て」



 リュアが次のページを開くと、今度は報酬に関する内部のやりとりが綴られていた。



 《納品:高等回復薬×14 → 支払:Cランク基準(通常単価の80%に抑制)》

 《理由:精神面において不安定と判断/“選別対象”に移行》



 「……選別、対象……」



 思わずつぶやいたリュアの声に、グレンが視線を向ける。

 リュアの目は細くなり、その表情にかすかな怒りの色が浮かびはじめていた。



 さらに読み進めていくと、こうした報酬操作の理由や方針が、ベイルの言葉で明確に記されていた。



 《装備不備や補給不足によって任務遂行に支障を来す者は“適応力不足”とみなすべし。淘汰の一環》

 《不満を表明した者=精神耐性に難/報酬記録から除外対象とする》




 「……まるで、実験か何かみたいに……」



 リュアの手が、ページを捲る動きを止める。その拳がわずかに震えていた。

 さらに奥の数ページには、別の記録が挟まれていた。そこには、ある職員に関する記述があった。




 《K職員:報酬整合性に関する疑念を本部へ報告する旨の発言あり》

 《翌週、黒衣の男と接触済。口封じ完了》



 リュアは記録帳を閉じ、静かに息を吐いた。

 グレンも思わず目を細める。表情に乏しい彼ですら、その顔にわずかな険しさを浮かべていた。



 「ギルド内のやりとりで、矛盾が出ないように記録は残していると思ってたけど……これは、想像以上だね」



 その声には、感情を抑えきれない怒気が滲んでいた。

 グレンが彼女と視線を交わすと、リュアはまっすぐに言った。



 「……とにかく、この帳簿があれば、ベイルを捕まえることができる」



 その決意のこもった声に、グレンも静かに頷いた。



 そのとき――リュアの魔導印が微かに震えた。

 小さな光が浮かび、緊急通信の符号が表示される。発信者は――レイ。



 《緊急:ベイルがギルドを爆破する意図あり。黒フードの男から魔道具を受け取った。会話の詳細をレグナムが確認》



 「……っ!」



 リュアは息を呑み、顔を上げた。そして、すぐに隣のグレンを振り返る。



 「ベイルがこのギルドを爆破するって! レイから……!」



 グレンの目つきが鋭くなり、すぐに扉の方へと視線を移した。



 だがその瞬間――



 空気の流れが変わった。



 「……結界の反応……?」



 リュアの視線が宙を彷徨う。彼女の魔力感知が、ギルド全体を覆うような大規模な結界の存在を捉えていた。



 「広範囲……この建物全体を包んでる……!」



 すぐにグレンが記録室の出入り口に向かい、慎重に扉を開いた。



 「……廊下にも結界が何か所も貼られてるみたいだ」



 その言葉と同時に、ふたりの体を異変が襲う。

 リュアの眉がぴくりと動いた。



 「……これは……」


 「魔力が……結界に奪われてる」



 グレンが低く告げたその言葉に、リュアはすぐさま頷いた。



 「しかも、かなりの量……。これだけの広さに結界を張って、内部の魔力を吸収してるってことは――」



 言葉を継がずとも、ふたりに同じ予感が走る。

 これは、ただの封鎖ではない。



 「広間に急ごう!」



 リュアは風の魔力を集中させ、扉を塞ぐ結界へ向けて鋭く放つ。強い風の一撃が結界を一瞬で貫き、扉の向こうへと風が駆け抜けた。



 それを合図に、ふたりは記録室を飛び出した。

 広間には、多くの冒険者が――何も知らぬまま、取り残されている。


***


 ――同時刻、ギルド広間。



 そこは冒険者たちの歓談と笑い声に包まれていた。

 盛り上がりはすでに最高潮に達し、酒杯が次々と交わされるたび、騒がしさも熱気も増していく。



 卓の上には豪華な料理が並び、演奏者の奏でる軽快な旋律が広間の空気を一層賑やかにしていた。



 その一角――壁際に陣取ったフローネの面々だけは、浮かれた雰囲気から距離を置いていた。



 「……支部長、祝賀会には参加しないつもりか……?」



 ロイが低く呟き、グラスを軽く揺らす。

 彼の視線は、広間を見渡すように動きながらも、出入り口の方へとたびたび戻っていた。



 「緊急の呼び出しが入ってるわけでもないのに、まだ姿を見せないって……」



 シルフィは落ち着かない様子で細く息を吐く。



 「一体……何を企んでるんだろう……」


 「……祝賀会だって、奴の企画だっただろ」



 エイドの声には、かすかな警戒が混じっていた。

 壁にもたれたまま腕を組み、彼は周囲の喧騒とは無関係に、空気の微細な変化を探るように目を細めている。



 アナスタシアは、じっと広間を見渡していた。

 冒険者たちの笑顔。職員の談笑。そこに不自然さはない――けれど、彼女の表情には冴えない影が差していた。



 その時――



 ふと、空気が微かにざわめいた。

 アナスタシアの瞳が、はっと大きく開かれる。



 「……っ、これは……!」



 彼女の中に宿る聖属性の魔力が、異質な気配を捉えていた。



 その直後、泥酔した様子の冒険者が、ふらりと扉の方へと歩いていく。  



 「あぁー……ちょっと、外の空気でも……」



 よろよろとした足取りのまま、扉に手をかけて開けようとした瞬間――



 「いてっ!!」



 突然、彼の額が“何か”にぶつかった。

 ぐしゃっと額を押さえながら、その場でふらつく。



 「な、なんだ……? 今の……?」



 冒険者は扉の向こうに手を伸ばし、そのまま戸惑いながら押し当てる。

 そこには、透明な壁のような“何か”が存在していた。



 彼は酔ったまま、押したり叩いたりしてみるが、それは動く気配すらなかった。



 「……聖属性の大規模結界……!?」



 アナスタシアが声を震わせる。

  広間の外側に、強い聖属性の結界が展開されていたのだ。



 その強度、範囲、精度――すべてが異常だった。ギルドという大規模な建築全体を覆うには、並の術者では到底扱えない魔力量が必要だ。



 彼女は急いで扉に駆け寄ろうとしたが、そのとき――



 「……あれ……?」

 「う、動け……な……い……?」



 広間の至る所で、異変が始まっていた。



 立ち上がろうとした冒険者がふらつき、椅子に手をついたまま崩れ落ちる。

 別の者は、その場に座り込んで荒い息を吐いていた。

 ひとり、またひとり――広間の冒険者たちが、次々と力を失っていく。



 「なっ……?!」



 アナスタシアは立ち止まり、周囲を見渡した。

 ロイがかろうじて立っていたが、苦しげに額を押さえている。

 エイドは片膝をつき、シルフィは机に手をついて、必死に倒れまいとしていた。



 「魔力が……吸われてる……!」



 ロイの声がかすれた。彼の体からも、確かに魔力の流出が起きていた。

 それはまるで、広間そのものが魔力を吸収しているかのような、異様な感覚だった。



 冒険者たちの中には、床に倒れたまま苦しげに呻く者もいる。

 職員の一部は、すでに意識を失っていた。



 「魔力を奪って、結界で俺らを閉じ込めて……」



 エイドが歯を食いしばりながら言う。



 「一体、何をする気だ……」


 「もし……魔力が切れたら……」



 シルフィが、顔を上げてアナスタシアを見た。



 「何か起こっても……どうしようもないよ……!」



 豪華に飾られた祝賀会の広間。

 その景色は今や、悪夢のように沈黙し、荒れ果てた空気へと塗り替えられていた。



 アナスタシアは唇を噛み、そして――怒りを滲ませた声でつぶやいた。



 「ベイル……どうしてこんなことを……!」



 その瞬間――




 ――ズンッ!!




 視界が白く染まり、広間は激しい閃光と衝撃に包まれた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ