表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
48/72

沈黙の街15

 リュアはすぐさま駆け寄り、膝をついて青年の傷に目を走らせた。

 腕から胸にかけて深い裂傷が走り、土と血にまみれた服が濡れていた。



 だが、リュアの目はその下にあるもの――危険域に達しつつある出血量と、急激に落ちかけている意識の兆候を即座に見抜いていた。



 「《天癒〈セレスティア・ヒール〉》!」



 その声とともに、リュアの掌から放たれた光が青年の体を包み込む。

 淡い光が波紋のように広がり、傷口を覆っていく。血がぴたりと止まり、裂けた皮膚がふさがり、肉が徐々に元の形を取り戻していった。



 苦しげだった呼吸が落ち着き、青年の顔から苦悶の色が引いていく。しばらくすると、彼の身体は目に見えて軽さを取り戻していた。



 「……え?」  



 青年は自分の手を見下ろし、次いで腕や胸元をまじまじと見つめた。

 痛みは引き、動きに支障もない。まるで――何事もなかったかのように。

 信じられない、と言わんばかりに目を見開いていた。



 「……キミの仲間は、どこ?」



 リュアは柔らかな声でそう問いかけた。

 その瞳には、確かな決意の光が宿っている。

 青年ははっと我に返り、震える指で南の方角を差し示した。



 「南の旧道沿い……古い石橋の先の遺構に、地下階段があって……そこに、みんなが!」

 「迷宮の奥の方に行くと、クエスト票の記述よりも……はるかに強くて、多い量の魔物が現れて……!」



 その声は震え、言葉の端々には焦りと後悔が滲んでいた。



 「お願いだ! あいつらを助けてくれ! ……みんな、大事な幼馴染なんだ……! 誰ひとり、置いてきたくなかった……!」



 リュアは真っ直ぐに彼を見つめたまま、静かに頷いた。



 「大丈夫。必ず、助けるよ」



 その声は短く、けれど何よりも強く――青年の胸に染み渡るようだった。

 そのやり取りを横で聞いていたグレンに、リュアはそっと視線を送る。  

 グレンは何も言わずに頷き返す。



 「行こう」



 その一言に、青年は息を整えながら立ち上がり、足元を確かめるように一歩踏み出す。



 「……こっちです!」



 振り返った青年が、強くなった眼差しで道を指し示し、先導するように走り出した。

 その背を、リュアがすぐに追いかけ、グレンもまた、無言のまま足を踏み出した。

 ミリア、レイ、サーシャの三人も視線を交わし、わずかに頷くと、力強くその後を追った。



 空は晴れているのに、空気はどこか張りつめている。

 確かな足音が、広場を抜け、石畳の上を駆けていく。


***


 リュアたちは南の旧道を駆け抜け、道沿いにある古びた石橋へと辿り着いた。

 橋の先には、崩れかけた石造りの建物――旧魔導文明の遺構が、ひっそりと佇んでいた。



 中へ踏み込むと、空気は一変した。

 苔むした階段を下り、石造りの通路を進んでいくと、次第に肌を刺すような魔素が漂い始める。光も届かない闇の中、五人の足音だけが響いていた。



 やがて――その場所は、現れた。

 迷宮の奥、半壊した石の祭壇が残る小部屋。その中心で、一人の少女が、ひざをつきながら必死に結界を張っていた。



 年の頃は十七、八。若い術者の少女が張る結界は、淡く蒼白い光を放ちながら、ひび割れた床にかろうじて展開されていた。

 魔力の乱れと疲労の色が濃く、その姿には限界が近いことが明らかだった。



 その背後には、二人の仲間が倒れている。誰もが満身創痍で、意識の有無すら怪しい。荒い呼吸と呻き声が、かすかに響く。



 結界の外側では――鋭い牙と爪を持つ大型の魔物たちが、何体も蠢いていた。

 漆黒の体毛を逆立て、低く唸りながら、結界の周囲を執拗に叩き続けている。



 強靭な四肢と鋭い動き――熟練の冒険者でも油断できない気配が、空気を刺すように満ちていた。



 「っ……だめ……もう、持たない……っ!」



 聖術師の少女が、苦悶の声を漏らす。

 結界の揺らぎが激しくなり、魔力の流れが急激に不安定になり始めていた。



 ――崩れたら終わる。私が、守らなきゃ……でも、もう魔力が……



 視界がにじみ、意識がかすむ。それでも彼女は、必死に指先を震わせながら術式の制御を続けていた。



 誰かが来るかもしれない。あと少しだけ……あと少しだけでいいから……



 祈るような想いが胸を締めつける。けれど、限界はすぐそこまで迫っていた。



 そのとき――。



 「《天癒〈セレスティア・ヒール〉》!」



 凛とした声とともに、柔らかな光が部屋に満ちた。



 リュアが駆け込むと同時に、光の波が床を滑り、倒れた冒険者たちの身体を包み込んでいく。

 透き通るような光が、傷口をなぞるように滑り、ひび割れた骨や荒れた魔力の流れを静かに繋ぎ合わせていく。



 その光はただ淡く、穏やかに――乱れた命の輪郭を整える力があった。



 呻き声が和らぎ、顔色がゆっくりと戻っていく。

 聖術師の少女が目を見開いた。



 「っ……あなたは……!」



 身体が楽になり結界が一時的に安定する。何が起きたのかと、彼女が背後にいるリュアを見つめた。

 リュアはその前にしゃがみ込み、真っ直ぐにその瞳を見つめ返した。



 「よく頑張ったね。――あとは、私たちに任せて」



 その声は、静かで、そして温かかった。

 少女の瞳が、涙で滲んだ。



 「……っ……お願い、します……!」



 リュアはすでに双剣を抜いていた。



 「ミリアたちは冒険者達の避難を!」



 その声と同時に――魔力の限界を迎えていた聖術師の結界が、淡い光を散らして砕けた。

 展開されていた魔力の膜が霧のように消え失せる。



 咆哮が、空気を裂いた。

 漆黒の魔物たちが、一斉に襲いかかってくる。



 リュアは即座に前へ出た。

 風の魔力を纏った双剣が、空気を裂いて閃く。



 滑るように魔物の懐へ飛び込み、鋭い一閃がその胴を断ち切る。

 続く一体の突進を跳躍でかわし、空中で反転――交差した双剣が首筋を切り裂いた。



 切り裂かれた魔物は呻く間もなく崩れ落ちる。



 さらにもう一体が襲いかかる。



 リュアは低く沈み込んで回避しつつ、一太刀で足を裂くと、体勢を崩した敵に刃を走らせた。



 風の軌道が描かれ、倒れ伏す魔物たち。

 その圧倒的な速さと力に、周囲の魔物たちは徐々に動きを止め、様子をうかがうように距離を取った。



 「こっちに! 通路の奥へ!」



 ミリアの声が響く。

 彼女たちは冒険者たちへと駆け寄り、通路の安全な場所へと誘導を始めた。

 冒険者たちはすでに回復しており、自らの足でしっかりと立ち上がっている。



 ルセリアの三人は後方を見守りつつ、隊列が乱れないように目配せを交わし、冷静に誘導を続けていた。



 リュアはなおも魔物の群れを前に立ちはだかり、風を纏い続けている。

 空気がうねり、足元の魔力が揺れ動く――それは、さらなる大技の兆しだった。



 だが、そのとき。



 「風だと、ここではやりにくい」



 グレンがリュアの背に立ち、低く静かに告げた。



 「闇魔法で一気に片付ける」



 リュアは一瞬だけ肩越しに彼を見やり、頷く。

 そして数歩、後方へと跳び退いた。



 「《深淵葬〈アビス・レクイエム〉》」



 重々しい詠唱と共に、空間が黒く塗りつぶされる。

 闇の奔流が床を満たし、壁を伝い、天井から滴るように降り注ぐ。

 まるで世界そのものが、深淵に呑まれていくかのようだった。



 魔物たちは咆哮を上げる暇もなく、その波に呑まれる。

 鋭い肢体が闇に裂かれ、魔素ごと浄化され、魔物の存在はひとつ、またひとつと霧散していく。



 やがて、静寂が戻る。



 リュアが静かに息を吐き、双剣を腰の鞘へと戻す。

 グレンは剣を肩に担ぎながら、周囲に気を配るように視線を走らせ――短く言った。



 「……終わったな」



 リュアも、無言で頷く。

 言葉など、もはや必要なかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ