沈黙の街13
翌朝、リュアとグレン、ルセリアの三人は再びギルドを訪れた。
朝の受注時間帯、広間は多くの冒険者たちで賑わっていた。クエストボードの前では新たなクエストを確認する者、受付の列に並ぶ者、仲間と連絡を取り合う者……。
見た目だけなら、昨日と変わらない、日常の風景。
だが――
(……昨日より、少し静かな気がする)
賑やかさの中に、妙な違和感があった。
声の数が、少ない。足音や紙をめくる音ばかりが耳につく。
(会話がない……?)
リュアが周囲を見渡そうとした、そのとき。
隣に立つグレンが、低い声で囁いた。
「……監視の結晶、増えているな。天井に、新しいものが二つ」
リュアは目を動かさず、声を返した。
「手元の結晶は視覚、カウンター下は音声の記録結晶だった。……手元のは公開されているけど、両方受付の職員を監視するために使われているだろうね」
一拍置いて、グレンの視線が天井をなぞる。
「……だが、あれは違う。天井の結晶は、冒険者全体を見下ろす位置にある。魔力の感知範囲も広い。視覚も、音声も拾っている」
声の調子は淡々としていたが、その意味は明白だった。
「これはもう……“冒険者を監視するため”の配置だ」
リュアは微かに眉を寄せ、視線を前に戻した。
空気が張り詰めているのを、肌で感じる。
(……話せる状態じゃないかもしれない。でも、何もしないよりは――)
そう思いながら、リュアは壁際へと視線を向けた。
人の少ないその一角に、中堅らしき冒険者がひとり、クエストボードを見つめているのが目に入る。
わずかに迷いながらも、リュアは静かに歩を進めた。
「――ちょっと、時間あるかな?」
リュアは柔らかく声をかけた。表情は穏やかだが、その瞳には真剣な色が宿っている。
「最近のクエストで、何か“変”だって思ったこと、あったら教えてほしいんだけど」
声をかけられた男は、一瞬目を見開いた。
だが、すぐに視線を逸らし、口元を引き結ぶ。
「……すみません。自分、急ぎの依頼があるんで」
言い訳のように呟き、背を向けて足早に立ち去る。
その背中を見送りながら、リュアは小さく眉を曇らせた。
「……やっぱり、か」
その一方、ギルドの別の隅――受付から離れた机の近くでは、ミリアたち三人がさりげなく動いていた。
ミリアは、年の近い女性冒険者に向けて楽しげに話しかける。
「ねえ、この前の東のクエスト、大変だったって聞いたよ。なんか報告と内容、ちょっと違ってなかった?」
サーシャもにこやかに頷き、会話を後押しする。レイは少し離れた位置から、周囲の視線をさりげなく確認していた。
声をかけられた女性冒険者は、一瞬だけ微笑みを返す。
だがそのまま、ちらりと天井を見上げた。
視線が、天井に設置された監視結晶に留まる。
「……今は、やめといた方がいいよ」
誰にも聞こえないほどのかすれ声で、囁くように続けた。
「――“見られてる”から」
その一言に、ミリアの表情が僅かに硬くなる。
サーシャはすぐにその空気を察し、そっとリュアの方を見やって、小さく頷いた。
そして数分後、ギルドの隅――人通りの少ない場所で、全員が合流する。
声を潜め、情報を照合する。
ミリアが小声で言う。
「……やっぱり皆、何かを警戒してる感じだった。こっちが聞こうとすると、急に黙っちゃう」
リュアは頷きながら、真剣な表情で考える。
「誰かが監視されてるって、分かってるんだろうね。……ここで情報を引き出すのは、無理かもしれない」
その言葉に、レイが静かに口を開いた。
「受付の人に聞くとしても……朝はさすがに無理ですね。あの対応の量じゃ、話す余裕はない」
リュアは小さく頷く。
「うん。受付は、午後にでも……今は先に、“いなくなった職員”のこと。街の中で、足取りを探してみよう」
その提案に、全員が頷いた。
次なる行動へと、静かに足を踏み出す時だった。
***
ギルドでの調査を終えた一行は、二手に分かれて行動を開始した。
ミリアたち《ルセリア》の三人――ミリア、レイ、サーシャは、失踪した職員の手がかりを探すため、街中での聞き込みを開始していた。
「この辺りだと思う。噂に出てた“借家”って」
サーシャが地図を見ながら顔を上げ、小さな一軒家を示す。古びてはいるが、丁寧に手入れされた外観だった。
玄関先にいた中年の男性管理人に声をかけ、事情を説明すると、意外にもあっさりと話をしてくれた。
「もう何ヶ月も前になるけどな。あの人、いつの間にか、ぱったり姿を見せなくなったよ」
「何か、変わったことは……?」
ミリアの問いに、管理人は少し眉をひそめ、記憶を辿るようにして言葉を続けた。
「……姿を見なくなった頃、妙な格好のやつが来てな。黒いフード付きのローブを深く被ってて、顔もまるで見えなかった。無言のまま、すっと部屋に入っていったんだ」
「ギルドの人、じゃなかったんですか?」
レイが警戒するように尋ねると、管理人は首を振った。
「いや、違うな。ギルドの証も持ってなかったし、そもそも名乗りもしなかった。……声をかけようとしたんだが……あのとき、なんというか、全身が強張るような――妙な圧を感じて、身体が動かなかったんだ」
その顔には、今も思い出したように、かすかな怯えが浮かんでいた。
張り詰めたような沈黙が、三人の間に落ちる。
やがて、ミリアが小さく息を吐いて礼を言うと、三人はその場を後にした。
次に向かうのは、街の一角にある小さな道具屋。かつてその職員が頻繁に立ち寄っていたと聞いていた場所だった。
道具屋の店内は、昼下がりの柔らかな光に包まれていた。
カウンターの奥から顔を出したのは、年配の店主だった。ミリアたちの名乗りを聞くと、店主は少し驚いたような顔をしながらも、ぽつりぽつりと語り始めた。
「ああ、あの職員さんか。よく来てたよ。……彼は、妙な話をしててな」
「妙な話、というと?」
サーシャが軽く身を乗り出すと、店主は記憶を辿るようにゆっくりと話し出した。
「あの人、ギルドの納品物の数量や金額に、妙な食い違いがあるって言ってた。どうも、報酬が記録通りじゃないみたいで……」
「“改ざんされる前に、確かな証拠を外に保管しておきたい”ってな。で、“何かあったときのために”って言って、帳簿の一部をうちに預けていった」
言いながら、店主は店の奥に消えていき、やがて布に包まれた小冊子を持って戻ってきた。
「これだ。中身は見てない。……でも、あのときの表情は、冗談を言ってるような顔じゃなかった」
ミリアが受け取った帳簿を慎重に開くと、レイがすぐに魔導印を取り出し、リュアたちへ連絡を送った。
***
一方その頃、リュアとグレンは街の裏通りにある、ひっそりとした一軒の店を訪れていた。
そこは、かつてギルド職員だったという男が開いた“情報屋”――冒険者たちの間では、裏取りや帳簿の矛盾を確かめる相談先として、密かに知られていた。
店内は狭く、壁には古びた帳簿の断片やメモ書きが雑然と貼られている。
男は派手な柄のシャツに身を包み、どこか飄々とした雰囲気を漂わせていた。軽薄そうな笑みとは裏腹に、声には妙な重みがあった。
「ほう……Sランクのリュア・ゼフィラが、こんなところに足を運ぶとはな」
「――少し、足取りを追ってる人がいてね」
リュアは不敵な笑みを浮かべ、淡々と答える。
「ギルドの職員だった人。急に姿を消したって聞いて……何か知らないかと思って来たの」
男は肩をすくめながら椅子に腰を下ろした。
「なるほどね」
男は肩をすくめながら椅子に腰を下ろした。
「……その職員さんなら、何度か来てたよ。真面目な人だったな。こっちにある過去の報酬記録と、実際の支払いに差がないか、ずっと照らし合わせてた」
「報酬記録……正規の帳簿とは違うよね?」
リュアの問いに、男はふっと笑う。
「あぁ、俺のはあくまで“聞き取り”と“計算”からの推測だ。だけどな――長年この仕事やってりゃ、変な帳簿ってのは匂いでわかる」
男は、棚から数枚の紙片を抜き出し、リュアたちの前に並べる。
「ほら、これなんかおかしい。納品数に対して報酬が少なすぎる。達成率や難易度を考えても、割に合わねぇ。……何か、帳簿の“つじつま”だけ合わせてる匂いがする」
グレンが資料を見下ろし、低く呟く。
「……しかも、不自然なほど“効率的な運営”に見えるようになっているな」
「そいつは、ベイルが来てからだ。今の支部長は帳簿を外に出さねぇが、職員が何とか調べようとしてた……俺はそう見てる」
リュアは紙片を見つめたまま、静かに口を開く。
「……調べた結果、何か“知ってはいけないもの”を見たのかもしれない」
その言葉に、グレンも無言で頷いた。
リュアは静かに立ち上がると、感謝の言葉を口にして小さな袋を差し出す。
「……ありがとう。情報料だよ」
そのとき、リュアの魔導印が淡く光を放つ。
――レイからの合図だった。




