沈黙の街12
ギルドを後にしたリュアとグレンは、街の一角にある宿屋へと足を運んだ。
指定していた待ち合わせ場所。入り口をくぐると、すぐにロビーのソファに見覚えのある三人の姿が目に入る。
ミリア、レイ、サーシャ――パーティ《ルセリア》の若き冒険者たち。
そのうちミリアが、二人の姿を見つけた途端、安堵したように立ち上がった。
「おかえりなさい。……大丈夫でした?」
その問いに、リュアは軽く頷く。
表情には感情の色が乏しい。だが、その静けさこそが、何かを物語っていた。
「部屋で話そう」
それだけを告げ、階段の方へと足を向ける。
全員が無言のまま、二階の一室へと移動した。
閉められた扉の内側、張り詰めた空気が漂っていた。
リュアは椅子に腰を下ろすと、ゆっくりと語り始める。
「支部長ベイルとの話、あまり良い内容ではないけど……要点だけ伝えるね」
その声は落ち着いていたが、冷たい刃のように芯が通っていた。
まず、クエストの難易度が実際より高い理由――それが「鍛錬」や「強さの選別」のためであり、支部長はそれを正当な手段と捉えているということ。
そして、死んだ冒険者たちへの悔いは一切なく、むしろ“当然の選別”であるかのように語っていたこと。
その一つひとつの言葉に、部屋の温度がゆっくりと下がっていくようだった。
「……人の命を、選別って……」
サーシャが、小さく震える声で呟いた。
胸の奥を締めつけるようなその一言に、誰もが返す言葉を失う。
「……それが“育成”のつもりか。……吐き気がする」
重く沈んだ空気の中で、静かにレイが呟いた。
その低い声音には、抑えきれない怒りと、冷えきった拒絶がにじんでいた。
しばしの沈黙のあと、グレンがふと口を開く。
「ひとつ、気になったことがある。……ギルドカウンターの下――人目につかない位置に、《隠し魔導具》が設置されてた」
その言葉に、三人が目を見開く。
「カウンターの下って……?」
ミリアが眉を寄せると、リュアも記憶を辿るように小さく頷いた。
「……受付の女性職員、手元に青い記録結晶を置いてた。あれは公開されてる記録用だけど――もう一つ、隠していたってことだね」
彼女の視線が鋭さを増す。
「カウンターの下に設置されていたのは、たぶん《監視用魔導具》。普通の受付用とは違う。報告内容や会話の中身を、“外部に流れないようにするため”の監視だと思う」
思わずミリアが言葉を失い、次の瞬間、不安げに問いかけた。
「じゃあ……職員の人たち、誰かに監視されてるってこと?」
リュアは真剣な表情で、力強く頷く。
「うん。たぶん……自分たちの仕事が、常に“誰かの目”に晒されてるって、そういう状態」
緊張が一段階深まり、部屋の空気がぴりりと冷える。
その中で、グレンがぽつりと呟く。
「……あの支部長のやり方を正当化しようとすれば、情報の漏洩が何よりも怖いはずだ」
低く、鋭いその言葉が落ちた瞬間、全員が一瞬、息を止めた。
まるで、氷を一かけ落としたように、場が静まり返る。
――その沈黙を破ったのは、レイだった。静かだが、確かな声音で言葉を紡ぐ。
「実は――街で聞いたんです。……数ヶ月前、“記録の改ざんを疑って本部に報告しようとした職員”が、急にいなくなったって……。しかも、その後の消息も不明で……噂では、“支部長の逆鱗に触れた”って話もある」
全員の視線がレイに向く。
「それを知ってる冒険者たちも、そのあと……みんな、何も言わなくなった。まるで口を閉ざすように……」
リュアが眉をひそめ、レイの言葉を静かに受け止めた。
沈黙の重みだけが、部屋の中心に残る。
張り詰めた空気の中、ふと、リュアが視線を上げる。
「――あと、さっき受付で、本部への報告記録を正式に依頼したけれども……」
その言い回しに、ミリアたちの表情がわずかに曇る。
受付で毅然と報告していたリュアの姿が、脳裏に蘇る。
だが、その続きに耳を傾けた彼らの胸に、不安の影が差した。
リュアはそのまま、少し声を落として続けた。
「でも……そのまま届くとは限らない。職員が監視されてるなら、内容を変えられてる可能性もある」
その一言に、レイが渋い顔をする。
「……もし、内部の誰かが報告内容を書き換えてたら……本部には“問題なし”って記録だけが届くかもしれない」
「そうなれば、こっちが何を訴えても、向こうは“記録では異常なし”としか見ない」
リュアは静かに頷いた。
すると、グレンが静かに口を開く。
「……支部長が提示した死亡率や達成率の“記録”も、な。……あれが本当に、信頼に足るものかは怪しい」
言葉の端に込められた冷ややかな鋭さが、真実を抉る。
その記録すらも、支部長の手で“整えられている”とすれば――すべてが、虚構の上に成り立っていることになる。
沈黙が落ちた室内で、ミリアが小さく息を吸い、決意を帯びた声で呟く。
「……本当に、そんな人が支部を動かしてるなら……やっぱり、止めなきゃだめだと思う」
その瞳には、恐れと、それを超える意志が宿っていた。
しばらくの間、誰も言葉を発さなかった。
それぞれが、この街のギルド支部に横たわる異常を改めて実感し、その重さに向き合っていた。
やがて、その静けさを破ったのは、レイだった。
「……それに、ひとつ気になることがあるんです」
言いながら、彼は視線をリュアへと向ける。
その眼差しは、いつになく鋭かった。
「なぜ、あの支部長は、あんなにあっさりと――危険な実態を、リュアさんに話したんでしょうか?」
問いかけられたリュアは、わずかに目を伏せる。
「……隠す気がなかった、というより……」
小さく、苦しげに呟いた。
「むしろ、“見せつけたかった”のかもしれない」
誰に? 何のために?
言葉にはされなかったが、その裏にある意図の存在が、全員の胸に重くのしかかった。
ベイルは、ただの傲慢な支部長ではない。
何かを“選び”、何かを“計る”ために、意図的に行動している――
その可能性が、じわじわと浮かび上がってきていた。
張りつめた空気の中で、リュアが静かに声を発した。
「……街の冒険者たちに、話を聞いてみようと思う」
その言葉に、ミリアが不安げに眉を寄せる。
「……でも、レイが言ってたよね。あの職員の話を知ってる人たち、みんな何も言わなくなったって……」
「うん。たぶん、誰かに聞かれたくないんだと思う」
リュアはゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「それでも、何かを感じてる人はいるはず。……ただ、“話せない”だけ」
その声音には、静かながらも揺るがない意思と、焦りが滲んでいた。
「このまま何も知らずにいたら……また誰かが、同じ目に遭うかもしれない。そうなる前に、少しでも手がかりを掴まないと」
グレンは何も言わず、わずかに視線を逸らしたまま、ゆっくりと頷いた。
短く、静かなその仕草が、無言の賛同を示していた。
そして、少し間を置き、リュアがぽつりと呟くように言った。
「それと……いなくなったっていう、あの職員のこと。何か手がかりが残ってないか、調べてみようか」
思いがけない提案に、レイが目を見開く。
「……でも、それって……数ヶ月も前のことなんですよね? いまさら何か、見つかるだろうか……」
「誰と最後に会っていたのか、どんな仕事を任されていたのか。ほんのわずかでも痕跡があれば、そこから何か見えるかもしれない」
リュアの言葉には、揺るがぬ意志が宿っていた。
サーシャが不安げに俯き、小さく呟く。
「……そんな、簡単に見つかるのかな……」
リュアは一瞬だけ、グレンに視線を送った。
彼は目を伏せたまま、静かに言葉を返す。
「……“消された”なら、なおさらだ。どこかに、痕が残ってる」
その声は低く、冷えた確信を孕んでいた。
重たい現実を突きつけるように、その場の空気をさらに重くする。
だが誰も、その言葉を否定しなかった。
それが、あの職員の身に起きた出来事の、本当の意味を物語っていたからだ。
重苦しい時間が過ぎた後、リュアがそっと顔を上げる。
「……受付の中に信頼できそうな人がいれば、話を聞けるかもしれない」
ミリアがすぐに反応した。
「でも……それって、見極めるのが難しいよ。誰が味方で、誰が監視側かなんて、今の状況じゃ全然わからない……」
「だから、慎重にいく。いきなり踏み込んだりはしない。まずは、目立たない範囲で、少しずつ確かめてみよう」
リュアの声には、冷静さと共に、確かな覚悟があった。
目の前の状況がいかに危ういものであっても、彼女の意思は揺るがなかった。




