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鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
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沈黙の街10

 一方、ミリアたちは標高のある岩場の山林地帯に足を踏み入れていた。



 木々の合間から岩肌がむき出しになり、足元には不安定な礫と熱を含んだ蒸気が漂う。

 あちこちに焦げ跡が残っており、この地がすでに魔物の縄張りであることを雄弁に物語っていた。



 リュアの判断でクエストを託されたミリアたちは、教えられた通りに慎重に前進していた。



 「……いた。三体、あの岩棚の奥」



 レイが低く告げ、風の気流を読むように目を細めて指差す。その先、うごめく赤い影が、熱気のゆらぎ越しに見えた。



 赤熱した鱗に覆われた二メートル級の爬虫獣マグマリザード

 火属性の魔力を体内に蓄え、熱波や噴炎で周囲を灼き尽くす。

 群れることで地熱を操り、侵入者を高熱の檻に閉じ込める習性を持つ。



 「まずは私が前に出る。サーシャ、周囲の熱、少しでも冷やしておいて」


 「う、うん。がんばる」



 ミリアが剣を抜き、深く息を吸い込んだ。



 「行くよ――!」



 地を蹴って跳び出した彼女の剣が、赤き鱗に打ち込まれる。

 刃が硬い表皮を裂き、衝撃にマグマリザードの巨体が大きく揺らいだ。

 獣が苦悶するように咆哮し、熱を帯びた足取りで後ずさる。



 直後、その口から放たれた熱波が辺りを焼き焦がしたが、それを冷気がすぐに覆う。



 「《霧凍結ミスト・フリーズ》!」



 サーシャの魔法が空気を一気に冷やし、熱気を拡散させる。

 水魔法の派生である“冷却”の応用――水を操る術者は、温度を下げて氷や霧として形を変えることもできるのだ。

 蒸気が白く立ち込め、敵の視界と動きを奪った。



 その隙に、レイが風をまとわせた矢を番え、正確に狙いを定める。



 「――今だ、ミリア、引いて!」


 「了解!」



 ミリアが下がるのと同時に、風の矢が唸りを上げて放たれた。――敵の喉元に命中し、体勢を崩させる。



 だが次の瞬間、ミリアの剣先に異常な熱が集まりはじめた。

 ――赤い光が脈打つように瞬き、柄を握るミリアの手がびくりと震える。



 「……っ、まずい、魔力が――暴れる!」



 抑えきれない火魔法が膨れ上がり、剣身が赤熱を超えて白く輝く。足元の岩がひび割れ、熱気が周囲を包み込んだ。



 爆発する――!



 「ミリア、伏せてっ!」



 咄嗟に叫んだのは、サーシャだった。

 杖を強く握り、瞬時に魔力を練り上げる。その動きは、迷いなく鋭い。



 「《緩衝水壁ダンプ・バリア》ッ!」



 水の障壁が一気に立ち上がる。魔力の暴走が限界に達した刹那、火と水が激突し、轟音とともに蒸気が吹き上がった。

 爆発こそ避けられたが、視界は一瞬で真っ白に包まれる。



 「……ッ!」



 蒸気の向こうで、ミリアが膝をつく音がした。呼吸が荒い。



 だが休む間もなく、蒸気の帳を割って影が迫る。

 一体のリザードが突進し、尾を振り抜いた。鋭い風圧が岩肌を裂き、破片が宙を舞う。



 「危ない!」



 レイが矢を放ち、尾の軌道を寸前で逸らす。裂けた岩はすんでのところでミリアの顔をかすめ、灼けた熱が頬に刺さるような痛みを走らせた。



 だがその刹那、もう一体が口を開き――白い霧を割って、紅蓮の炎がうねるように奔った。



 「サーシャ、お願い……!」



 ミリアの声が、焦燥に滲む。



 「うん!止めるよっ!」



 水の膜が火を削り、霧と火花が爆ぜ合う。その隙間に、ミリアは必死に立ち上がった。



 「あいつを倒して、立て直す」



 そう言ってレイが矢を番え、風魔力を滑らせるように集中させる。



 ――かすかに視界が開いたその隙間に、燃え立つ鱗が動く。

 狙いは一点。熱の脈動を読むように、矢が風を裂いて放たれた。



 「――沈めッ!」



 鋭い一射が、リザードの眼窩を貫いた。

 甲高い絶叫が響き、魔物はその場に崩れ落ちた。



 静寂が戻る。



 湿った地面に膝をついたミリアのもとへ、すぐにサーシャが駆け寄る。



 「だ、大丈夫……?」


 「うん……ありがと、サーシャ……ほんとに、助かった」



 その表情には、悔しさと安堵が宿っていた。



 「あと二体。焦らない……次!」



 自分を言い聞かすように声を出し、ミリアが立ち上がる。剣を握る手にはまだ熱の余韻が残っていたが、彼女の表情には、わずかな変化があった。



 胸の奥で、グレンの声が蘇る。

 あの訓練の朝、何度も指摘されたこと。

 魔力が膨らみすぎた構え、力が逃げる踏み込み、流れの切れた詠唱――



 思い出せ。繋げるんだ。剣と、魔力と、自分の呼吸を。

 額の汗を拭い、深く息を吸う。



 次に剣を構えたとき、ミリアの足元には無駄な力みがなかった。魔力の流れは静かで、しかし芯に熱を宿している。

 さきほどの暴発を引きずることなく、むしろ――それを経たからこその、落ち着いた構えだった。



 サーシャは集中を切らさず、熱源の周囲に氷の結晶を散布する。小さな氷片が地面に張りつき、リザードの脚をわずかに滑らせた。



 「――足止め完了!」


 「任せろ!」



 レイが遮蔽物を駆け抜けるようにして横から回り込み、矢を素早く三連で放つ。一矢ごとに風が生まれ、熱の隙間を縫って正確に魔物の要所を貫いた。



 動きの鈍ったリザードたちに対し、ミリアが前線へと踊り出る。



 ――詠唱と動作を、ひとつに。



 ミリアは跳躍しながら詠唱を走らせ、斬撃の軌道に合わせて火の魔力を滑らせる。



「《焔裂斬フレア・スラッシュ》!」



 力任せではない、芯に熱を宿した鋭い一閃が、魔物の肩口を切り裂く。爆ぜるような火花が散り、硬い鱗の下に届いた熱がリザードを後退させた。



 「いいぞ、ミリア!」



 レイの声が飛ぶ。そして続けて指示を飛ばした。



 「次、左の個体、押すぞ!」


 「了解!」



 ミリアは即座に応じる。



 合図とともに、再び魔力を練りながら剣を振るう。

 魔力はもはや暴走していない。剣先から放たれる熱は意図を持ち、制御された力として敵を穿つ。



 ミリアの動きに合わせて、サーシャとレイの支援が重なり、敵は次第に押し込まれていった。



 数分後、三体目の個体がうなりを上げて崩れ落ちたとき、岩場の空気はようやく静まり返った。

 熱を含んだ霧のような蒸気が立ち込める中、三人は武器を下ろし、互いに視線を交わす。



 「……これで、全部……?」



 ミリアが慎重にあたりを見渡す。

 レイが頷きつつ弓を肩に戻し、耳を澄ます。



 「反応はない。終わったな」


 「うん……ほんとに、終わった。みんな、おつかれ」



 緊張の糸がふっと緩み、ミリアが深く息を吐く。その顔には、恐怖と達成感、そして僅かな自信が混ざったような表情が浮かんでいた。



 「まだまだだけど……私たち、ちゃんと、やれたよね」



 その言葉に、レイが短く頷く。



 「連携は取れてた。あとは精度と、持久力の強化……だけど、今のは悪くない」


 「……うん。でも、ちゃんと守れたと思う。誰も、傷つけなかった」



 サーシャが少し震えながらも、確かな声で言った。

 その一言に、三人は自然と目を合わせる。そして、かすかに笑みを交わした。



 ――彼女たちは、確かに前へ進んでいる。

 危機を乗り越え、互いを支え合いながら掴んだこの小さな成功が、きっと次へと繋がっていく。



 このクエストの勝利は、ただの成果ではない。彼女たち自身にとって――新たな“自信の種”だった。



 そして同時に、思い至る。

 もし、ここに自分たちではなく、状況を知らされないまま他の冒険者が送られていたら――。



 経験も、備えも足りない誰かが、この熱に飲み込まれていたかもしれない。

 そうならずに済んだのだとしたら――この戦いにも、きっと意味があった。


***


 日が暮れかけた頃、リュアとグレン、そしてミリアたちルセリアの三人は、ほぼ同時にギルドの玄関前へと戻ってきた。

 建物の前には暖色の灯りがともり、街の喧騒も徐々に落ち着き始めている。



 先に気づいたのはミリアだった。



 「リュアさん!グレンさん!」



 駆け寄るように声をかけるミリアに、リュアは小さく手を挙げて応える。



 「お疲れさまでした! 依頼はどうでしたか?」


 「こっちは心配いらないよ。……そっちこそ、大丈夫だった?」



 リュアが問いかけると、ミリアは少し間を置いて、静かに頷いた。



 「はい……何とか。でも、今まで受けてきた依頼と比べて、明らかに手強かったです。マグマリザードは三体いて、火力も熱波の広がり方も、想像以上で……正直、危ない場面もありました」



 ミリアが口を引き結びながら言う。



 「“Cランク相当”って書かれていたけど、あの程度の情報じゃ対処できない冒険者もいたと思います」



 リュアは静かに頷く。



 「こっちも同じ。……ブラッドホーン・ベアが、繁殖期で群れを組んでいて、完全に連携して動いてた。あれはBランクとして出すべきじゃない」


 「でも、魔物そのものが異常というわけではないんですよね?」



 サーシャが少し不安そうに問いかけると、リュアはすぐに答えた。



 「うん。異常だったのは、魔物じゃなくて――クエストのランク設定のほう。どう見ても、意図的に低く見積もられてる」


 「……もし、指示を貰っていた私たちやリュアさんたちじゃなかったら、今回の依頼……誰かが怪我してたかもしれない」



 ミリアが悔しそうに言い、リュアは目を伏せて小さく息を吐いた。



 「私も、同じことを考えてた。……“何も知らない人が同じクエストを受けてたら、間違いなく危なかったと思う」



 そう言って、リュアはギルドの建物を見上げる。その奥で、何かが静かに歪んでいる――そんな予感があった。



 「このまま何もせずにいたら、次に向かった誰かが――」



 言いかけたミリアの言葉を、リュアが引き取った。



 「……調べてみるよ。依頼を受ける冒険者が、危険に晒されないようにね」



 そう言って、リュアはギルドの扉を見やった。

 そのとき、ギルドの扉が開き、先ほど応対してくれた女性職員が再び姿を現した。窓からリュアたちが戻ってきたのが見えたようだ。



 「お疲れさまです。支部長ベイルが、先ほど本部に戻られました。……面会をご希望とのことでしたが、いかがなさいますか?」



 リュアは一拍置いて頷いた。



 「ありがとう。すぐに向かいます」



 そう言ってから、彼女はもう一度ミリアたちの方へと視線を戻す。



 「続きは、あとで話そう。だけどその前に……」



 リュアはそっとミリアの頬に手をかざし、治癒魔法をかけた。ミリアの傷がみるみるとふさがっていく。



 「わあ!ありがとうございます!」



 とミリアがぱっと明るい笑顔でお礼を言う。そしてすぐに真剣な表情に戻り



 「お話……待ってますね……」



 続けてそう言うと、ふと、二人の目が合う。言葉よりも先に、確かな想いが交わされていた。



前回の沈黙の街9に少し加筆しました!

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